学院長
学院の正門を抜けると、ユリウスの姿が人々の目に留まった。それだけならいつも通りの反応だ。だが今回は違った。
「おい……あれ……」
「嘘だろ……ドラゴン?」
校庭で訓練中の学生たちが手を止める。寮の窓からも顔が覗く。
ユリウスは肩に乗せた二匹の小さなドラゴンとともに、いつもの優雅な歩調で歩いていた。
「おかえりなさい、ユリウス」
廊下の向こうからトリスタンが声をかけてくる。だが彼の笑顔は徐々に凍りついた。
「……え?」
トリスタンの目が何度もユリウスと肩の物体を行き来する。「な……何それ?」
「ああ!」
ユリウスが嬉しそうに手を叩く。
「ドラゴンです!使い魔として登録しようと思ってます」
「……嘘でしょ」
トリスタンは言葉を失った。
「まずい……これは大問題だ」
トリスタンが額を押さえる。
「すぐに報告しないと……」
「あれ?」
ユリウスが首を傾げる。
「使い魔の許可って確かありましたよね?」
「通常の使い魔ならね……でもドラゴンとなると話は別だよ!」
ユリウスはキョトンとしている。その肩でリュミナが「またか」という表情を浮かべた。
***
「イグナツィオ先生いますかー?」
教員室の扉を開けると、数人の教師が筆記用具を落とした。
「な……なんだその生物は!」
歴史教師が叫ぶ。
ワニ男のイグナツィオが椅子からゆっくり立ち上がる。彼の鋭い目が一瞬だけ見開かれた。
「クラウディール君」
彼の声は平静を装っている。「説明を」
「煤翼竜……ドラゴンです!」
ユリウスの答えに教員室が騒然となる。イグナツィオは眼鏡を押し上げて咳払いした。
「正式名は何だ?」
「リュミナ=カーボとヴォルカ=スモルドです」
「なるほど」イグナツィオが机に両手を組む。
「真名を知っているのだな、ではまず契約書を確認させてもらおうか」
「持っていません!」
教員室の空気が凍りつく。
「……クラウディール君」
イグナツィオが珍しく声を震わせる。
「君は一体何をしでかした?」
「面白い生物を見つけたので連れ帰りました!今後定期的に素材も提供してもらう予定です!」
リュミナとヴォルカが恐怖でブルッと震える
教員たちが顔を見合わせる。誰もが困惑していた。
「これは私の判断を超える案件だ、学院長に伺うしかない」
「学院長?」
「アルセリオ・ヴァン殿だ」
イグナツィオが厳かに言う。
「学園の最高権限者にして……魔術史上最高峰の賢者だ」
廊下を歩きながらユリウスは興味深そうに呟いた。
「学院長ですか……どんな方なんでしょう?」
「偉大な人物だ」
イグナツィオが答える。
「君のように規格外の行動を取ることなど想像もつかないような……」
「それは楽しみですね!」
イグナツィオはため息をついた。この少年を前にすると、自分の価値観が揺らぐ。
「とりあえず……」
彼は教員たちを振り返る。
「他の教師は授業に戻れ。これは私と学院長で対応する」
「でもあのドラゴンは……」
「今は静かにしていろ」
イグナツィオの声は氷のように冷たかった。
「学生たちの不安を煽るな」
階段を登りながらイグナツィオが囁く。
「クラウディール君」
「はい?」
「君には魔術師としての才能がある……だが」
ユリウスが小首を傾げる。「ですが?」
「我々の想像を超える才能は時に災いを招く」
イグナツィオは真剣な表情だ。
「覚えておくといい」
ユリウスはニコリと笑った。
「覚えました!」
その純粋な笑顔にイグナツィオは苦笑するしかなかった。長い階段の先に待ち受ける学院長室。そこには伝説の賢者が待っている。ユリウス・クラウディールにとって、さらなる冒険が始まろうとしていた。
***
大きな樫の扉を開けると、そこに座っていたのは威厳に満ちた老人だった。
「お入り」
アルセリオ・ヴァンの声が静かに響く。
「待っていたよ」
部屋の奥からユリウスを見つめる深紅の瞳。その存在だけで部屋の空気が変わった。
「学院長殿」
イグナツィオが一礼する。「こちらは……」
「ユリウス・クラウディール君」
学院長が遮った。
「彼のことはよく知っているよ」
ユリウスが目を丸くする。「僕のことを?」
「『遠見の鳥』を通じてね」
アルセリオが指を鳴らす。窓辺に止まっていた青い鳥が羽ばたいた。
「全てを見ていたわけではないが……君の行動は目立つからね」
ユリウスが笑う。「やっぱり見ていましたか」
「驚かないのだね」
「ええ」ユリウスが肩をすくめる。
「何者かの魔力の痕跡を感じていましたから」
イグナツィオが眉を寄せる。
「学院長……彼はそんなことまで気づいていたのですか?」
「才能ある若者の多くは敏感だ」
アルセリオが頷く。
「だが君のように平然と受け入れる者は珍しい」
「さて」学院長が杖を床に突く。
「ドラゴンのことだが……特別に許可しよう」
「ありがとうございます!」
ユリウスが目を輝かせる。
「ただし」アルセリオの目が鋭くなる。
「面倒は見るように。生徒たちに危害を加えたら即時退学だ」
「承知しました!」
イグナツィオが溜息をつく。「甘すぎます学院長」
「縛ったところで彼は抜け出すだろう」学院長が苦笑する。「ならば自由にさせた方が安全だ」
「クラウディール君」アルセリオが問いかける。「君は何故ここに来た?何を目指している?」
ユリウスは少し考え込む。「最初は魔術や魔法の知識を深めたいと思いました」
「そして今はどうだ?」
「今は……」ユリウスが微笑む。「トリスタンさんたちのような皆さんと交流し、色んな話を聞きたいです!」
学院長の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。「いい答えだ」
「学問だけでなく友情を求める……それが学院の精神だ」アルセリオが立ち上がる。「今後も精進しなさい」
イグナツィオが小声で呟く。「全く……規格外の生徒だ」
「だが興味深い」学院長が指を組む。「彼の行く末を見届けたいと思わせる何かがある」
学院長室を出て廊下を歩く二人。イグナツィオがボソリと言う。
「君の父上は苦労するだろうな」
「父上が?」
「ドラゴン使いの息子を持つ親の気持ちを考えたことがあるか?」
ユリウスが楽しそうに笑う。「考えてないです!」
イグナツィオは天を仰いだ。「本当に君には驚かされるばかりだ……」
廊下の窓から見える空は青く澄んでいた。ユリウスの未来はまだ見えない。だが少なくとも今は、その青空のように自由だった。




