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煤炎竜

「どういうつもりだ?」


宿に戻ったドラガンドの第一声は低く鋭かった。テーブルに肘をつき、厳しい目でユリウスを見つめている。


「あの挑戦を受けるなんて……勝算はあるのか?」


ユリウスは照れたように笑った。


「実は……ドラゴンと戦ったことは一度もないんです」


「何!?」


ドラガンドが立ち上がる。


「それでも受け入れるとは正気か?」


「でも師匠が言っていたんです」


ユリウスは真剣な表情になった。


「『お前ならドラゴンにも勝てる』と。師匠自身も若い頃にドラゴンを倒したことがあるそうです」


ユリウスが続ける。


「それに……」


彼は急に目を輝かせた。


「ドラゴンの血と鱗には強力な魔力があります。研究対象としては最高なんです!」


「ユリウス様」


控えていたダグナスが口を開いた。


「実は王は最初から交渉する気などなかったのです」


「どういう意味だ?」


ドラガンドが問う。


ダグナスは重々しく言った。


「山頂に住むドラゴンは二匹おります。しかも……」


「二匹!?」


ユリウスが興奮気味に声を上げた。


「落ち着け!」ドラガンドが叱責する。


「つまり罠ということだ」


ダグナスは続けた。


「『煤炎竜』と呼ばれ、炎のブレスを吐く凶暴な存在です、一匹は比較的小さな個体ですが、それでもどんな攻撃も弾く硬い鱗を持っています。もう一匹は滅多に姿を見せませんが、それよりも大きくて強い個体です」


「うぅ……同じ種かー……」


ユリウスが残念そうにつぶやく。


「問題はそこじゃない!」


ドラガンドが声を荒げた。


「ドラゴンが二匹いるという事は……」


「そう、王は貴方が死ぬことを期待している」


ダグナスが冷徹に言った。


「そして理由を付けて金貨だけを手に入れるつもりなのです」


***


部屋は重苦しい空気に包まれた。しかしユリウスは……


「なるほど!」


彼は突然立ち上がった。


「素晴らしい!」


「何?」ドラガンドが唖然とする。


「できれば違う種類が良かったのですが……まぁ贅沢は言えませんね」


ユリウスは荷物を手にした。


「時間がないので、早速行ってきます」


「待て!今から行くのか?」


ドラガンドが慌てて問う。


「はい!」


ユリウスの目は好奇心で輝いていた。


「ドラゴンの生態を直接観察できるチャンスなんて滅多にありませんから!」


彼はまるで遠足に行く子供のように準備を始めた。


「まずは鱗のサンプルと血液の採取を……」


「聞いていたのか?」


ドラガンドが額に手を当てる。「二匹いるんだぞ?しかも罠なんだぞ?」


「だからこそです!」


ユリウスが振り返る。


「二匹も同時に研究できるなんて夢のようです!」


「ダグナスさん、ドラゴンがいる山の詳細を教えてください」


ユリウスはドワーフ執事に近づいた。


ダグナスは驚きながらも地図を広げ、「この北西の山岳地帯で……」と説明を始めた。


説明を聞き終わると、ユリウスはドラガンドに一礼した。


「では行って参ります!」


そして風のように部屋を飛び出していった。


ドアが閉まると、部屋には静寂だけが残された。


「……行ったな」ドラガンドが呟く。


ダグナスも呆然と立ち尽くしていた。


「信じられません。普通なら恐怖で動けなくなるところを……」


「ユリウスらしいといえばらしいが……」


ドラガンドは深いため息をついた。


「しかし心配だ。いくら優秀でもドラゴン二匹は……」


「それに」


ダグナスが付け加えた。


「王はすでに勝利宣言の準備をしていると聞きました」


二人は窓の外を見つめた。ユリウスの姿はすでに小さくなっていた。彼は本当に英雄になるのか、それとも蛮勇で命を落とすのか……


ドラガンドは小さく祈りを捧げた。


「無事に帰ってくるといいが……」


***


ユリウスはすでに山に向かって走り出していた。その顔には恐怖の色はなく、ただ純粋な好奇心だけが輝いていた。


朝靄が漂う山の中腹。ユリウスは呼吸を整えながら、前方を凝視していた。足跡も匂いも感じられないのに、確かに何かが……迫っている。


「ふ〜ん……人間か」


頭上からの声に顔を上げると、巨大な灰色の影が空を覆っていた。風を切り裂く音と共に地面に降り立ったのは……


「我が名はリュミナ=カーボ。この山域を統べる『煤翼竜』なり」


ドラゴンが大きく息を吸い込むと、全身から淡い灰色の粒子が立ち上った。


「人間よ、即刻立ち去れ!さもなくば……」


「わぁぁ!」


ユリウスは両目を輝かせた。思わず拍手までしてしまう。


「本物のドラゴンだ!想像以上に大きい!鱗の構造は……えっと……」


彼は嬉々として手帳を取り出し、素早く何かを書き始めた。


「こ、こら!話を聞いているのか!」


リュミナは明らかに戸惑っていた。通常の人間なら恐怖で失神するところだ。


「見逃してやるのも吝かではないぞ。ただちに……」


その瞬間、ユリウスの指先から紫色の光が漏れ始めた。


「あっ」


リュミナの瞳孔が縮む。「お前……」


「『竜焔障壁』!」


咄嗟に灰色のブレスを吐き出すリュミナ。しかしそれはユリウスが放った紫色の光球によって爆散し、周囲の岩が砕け散った。


「ちょっ!?まだこちらは何もしていないだろう!」


「これは失礼」


ユリウスが頭を掻く。


「つい興奮してしまいました」


「くっ……人間風情が!」


リュミナは巨大な翼を広げ、急上昇した。


「こうなったら全力で……」


彼が再び口を開いた瞬間、ユリウスの姿は消えていた。


「な……!?」


「さて、ではとりあえず鱗を一枚」


冷たい声が背後から聞こえた瞬間、リュミナは激痛に襲われた。


「ギャアァァァ!」


慌てて振り向くと、ユリウスが片手で背中の鱗を剥がしていた。彼のもう片方の手には青く光る短剣が握られている。


「手元が狂うので大人しくして下さい!」


「やめろぉぉ!」


必死に身を捩るドラゴンに向けて、ユリウスは容赦なく強化した剣の峰打ちを叩き込んだ。


「ぐはっ……!」


地上に落下したリュミナは涙目で訴えた。


「お願い……もう許して……」


「あれ?意外と素直ですね」ユリウスが首を傾げる。


リュミナは震える声で話し始めた。


「実は……私は弱いんだ。ここにもう一匹……」


彼は地面に伏せた。


「ヴォルカという名の巨大な竜がいて、いつも私を虐げている」


「ほう」ユリウスの目が細くなる。


「私を倒すより……」


リュミナが懇願する。


「ヴォルカを懲らしめてくれ。私は喜んで従う!」


ユリウスはこっこりと笑った。


「それはいい提案です」


彼は懐から小さな瓶を取り出した。


「これから定期的に鱗と……血も採取させていただきますね」


ユリウスが微笑む。


「たまには爪も」


リュミナは青ざめた。「た、たまになら……」


「さあ、行きましょうか」


ユリウスが手を差し伸べる。


巨大な竜がためらいながらも人間の手を取る光景は奇妙で滑稽だった。


「ところで」


ユリウスが付け加えた。


「大きさを変えられるんですよね?」


リュミナは小さく頷いた。


「ああ……基本はな」


「じゃあ……」


ユリウスの目がキラリと光った。


「私の肩に乗れるぐらいまで縮めてもらえませんか?」


リュミナは恐怖に震えた。この人間は一体……?

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