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ドワーフの王国

「報告を聞こう」


ラザフォード家の当主ドラガンドは、その巨大な体躯を書斎の大きな革張りの椅子に沈めた。彼の周りには数枚の報告書が山積みになっている。普段は領地内外の視察で忙しい彼が邸内に留まるのは珍しいことだった。


「宝物庫の件ですが……」


若い秘書官が報告を始めた。


「ユリウス様による解呪が順調に進んでおります。現在の進捗率は約40%でございまして……」


「具体的な成果は?」


ドラガンドが低く唸るように尋ねる。


「はい」


秘書官が一枚の紙を差し出した。


「これまでに発見されたものだけでも国家レベルの財宝や歴史的遺物が含まれております。特に注目すべきは『ドワーフ金貨』でして……」


「やはりそれか」


ドラガンドの耳がぴくりと動いた。


「はい」


秘書官が資料を広げる。


「現在残っているものは非常に希少とされております」


ドラガンドの目が鋭く光る。


「それでどう使う?」


部屋の隅で控えていた老執事ダグナスがゆっくりと歩み出た。


「お許しくださいませ」


彼は深い声で言った。


「もし差し支えなければ申し上げたいことがございます」


ドラガンドは無言で先を促した。


「私の祖国であるドワーフ王国との交渉に利用されることをお勧めいたします」


「ほう……」


ドラガンドは腕を組んだ。


「ドワーフ王国との交渉か」


「はい」


ダグナスは丁寧に頭を下げた。


「我が国の鉄鋼資源と高度な鍛冶技術は他国に類を見ません。古代金貨は彼らにとって神聖なる遺物です、かつての戦争で失われてしまった宝なのです」


「その金貨があれば彼らも動くというわけか」


ダグナスの目に一瞬だけ個人的感情が浮かんだ。しかしすぐに平静を取り戻す。


「おっしゃる通りでございます」


ダグナスは丁寧に頷いた。


「金貨一枚でも彼らの態度は劇的に変わるでしょう。ましてや……」


彼は声を潜めた。


「今回の発見では少なくとも37枚の金貨が確認されております」


ドラガンドの太い眉が上がった。


「それは想定以上だな」


「さらに驚くべきことに」


秘書官が続けた。


「金貨にはドワーフ語で製造年月と持ち主の名が刻まれています。これらを解析すれば、ドワーフ王国の歴史を大きく書き換える可能性があります」


執務室に静寂が落ちる。ドラガンドは太い指で顎を撫でながら考え込んだ。


「なるほど……これは単なる商材ではないな」


ダグナスの目が僅かに潤んだ。


「私自身も元々はドワーフ王国の出身でございます。こうして祖国の宝に触れられる機会を与えていただき、感謝の念に堪えません」


「お前の気持ちは分かる」


ドラガンドの声は意外にも穏やかだった。


「だが我々は現実的な判断をせねばならん」


「ドワーフ王国との同盟交渉か……」


ドラガンドが独り言のように呟いた。


「それは我が国にとって大きな利益となるだろう」


秘書官が書類をめくった。


「調査によれば、ドワーフ王国の鉄鋼輸出は昨年度比で20%減少しております。彼らの市場独占に対する他国からの圧力が強まっているようです」


「それはこちらにとっては好機だな」


ドラガンドはにやりと笑った。


「彼らが孤立感を深めている時期に接触するというのは」


「ただ一つ懸念材料が」


秘書官が慎重に言った。


「アストライア王国も同じ情報を掴んでいるという噂があります」


ドラガンドの目に鋭い光が宿った。


「つまり彼らも動く可能性があるということか」


彼はゆっくりと立ち上がり、窓際へと歩いた。


「競争になるな」


***


そのとき扉がノックされた。


「入れ」


入ってきたのはまだ若々しい獣人の青年だった。黒い毛並みに整った顔立ち、しかしその瞳には決意が宿っている。ザナヴァス・ラザフォードの兄であり、ドラガンドの長男——エドワードだった。


「失礼します、父上」


エドワードは一歩前に出た。


「ユリウスが来ておりますので、念のためご報告を、と」


「そうか……ふむ、そうだな。久しく会っておらん、未来の息子の顔を見ておくか。呼んでくれ」


「……かしこまりました」


エドワードは何か言いかけて飲み込み、深く一礼して退室した。


数分後、ドアが再び開いた。ユリウスが少し緊張した様子で入ってくる。金髪がわずかに揺れていた。


「失礼します。お久しぶりです、ドラガンド様」


ドラガンドは立ち上がって握手を求めた。


「久しいな、ユリウスよ。息子たちはいつもお前の話を聞かせてくれる」


ユリウスは照れたように笑った。


「ありがとうございます」


「ちょうど良いところに来た。お前の解呪してくれた宝物庫の件で大事な話があってな」


ドラガンドは座るように促した。


「ドワーフ金貨の件だが……」


***


「なるほど……実は私からもお願いがありまして」


ユリウスが割り込んだ。


「次の解呪の前に、ドワーフ王国についてもっと学びたいのです」


「ほう?」


「あの金貨に刻まれた言葉が気になって」ユリウスの目が輝いた。


「古代ドワーフ語には独特の魔力構文があると聞いています。それを理解できれば宝物庫の解呪もさらに進むかもしれません」


ドラガンドは感心したように頷いた。


「なるほど。確かにそれは合理的だな」


ユリウスはさらに身を乗り出した。


「そして……もしよろしければドワーフ王国との交渉に同行させていただけませんか?」


執務室に静寂が流れる。


「面白い」


ドラガンドの口元に笑みが浮かんだ。


「お前のような天才魔術師が同行すれば、交渉もより円滑に進むかもしれん」


ダグナスが思わず声を上げた。


「ユリウス様のご同行となれば……これは素晴らしい提案でございます」


「決定だ」


ドラガンドは大きな手を叩いた。


「準備をせよ。3日後に旅立つ」


ユリウスは安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます!」


彼が去った後、ドラガンドは窓の外を見つめながら呟いた。


「あの少年を手放すわけにはいかんな」


ダグナスは静かに頷いた。


「優秀な若者でございます」


夕陽が執務室を赤く染めていく中、新たな陰謀と希望が交錯していた。


***


「準備はいいか?」


ドラガンドの低い声が響く。ユリウスは既に荷物をまとめ終え、目を輝かせていた。今回の旅は通常ならば馬車で2週間以上かかる道のりだが——


「はい!いつでも大丈夫です」


「ユリウスの加速魔法」ドラガンドが軽く笑みを浮かべる。


ユリウスは手を掲げた。


「『疾風』の術式に僕の改良を加えたものです」


「さあ、いきますよ!」


ユリウスの手から金色の光が溢れ出した。それは馬車を包み込み、周囲の景色を歪めていく。


「これは……」ドラガンドが感嘆の声を漏らす。


光の中から飛び出したのは——まるで時間が歪んだような高速の移動。馬車の揺れもなく、いつもの馬の走る速度とは比べ物にならないほど早く景色が流れゆく。


「これが加速魔法か……想像以上だ」


ユリウスは興奮気味に答えた。


「空間と時間の概念に干渉しているんです!改良して馬車にも使える様にしてみました。流石に空を飛ぶことは出来ませんが、馬への負担も殆どありません!」


***


途中で見えるのは溶岩が沸騰する川や、見たこともない触手を持つ生物。ユリウスの目が輝く。


「見てください!あれは溶岩魚です!」


ドラガンドは呆れたように首を振る。


「お前は本当に魔物や魔術のこととなると別人になるな」


「だって面白いじゃないですか!」


ユリウスは手を振りながら説明する。


「あの生物には高温耐性を持つ特殊な魔力が……」


***


やがて前方に巨大な洞窟が見えてきた。その入口にはドワーフの兵士たちが立っている。


「到着だな」ドラガンドが言う。


「ここがドワーフ王国バルザロックの入口か」


洞窟の中は驚くほど明るかった。松明ではなく、不思議な光石が至る所に埋め込まれている。一行はそのまま宿泊施設へと案内された。岩盤をくり抜いた巨大な部屋には暖かな灯りと豪華な寝具が備えられている。


「ここで謁見までお過ごしください」


案内役のドワーフが丁寧に言った。


「国王陛下への謁見は予定通り、明日の午後となります」


***


夕食後、ドラガンドはユリウスを自室に呼び寄せた。


「明日のことを話し合おう」

彼は机の上に羊皮紙を広げた。


「今回の交渉内容は覚えているな?」


ユリウスは頷いた。


「永続的な鉱山資源の優先取引と技術提供、ドワーフ独自魔術の開示……」


「そして対価はドワーフ金貨20枚」


ドラガンドが付け足す。


「これは破格の条件だ」


「彼らが最も欲しているのは金貨だと思います」


ユリウスが分析する。


「失われた祖国の証ですから」


「しかし我々にとっても得るものが大きい」ドラガンドの目が鋭くなった。


「あの金貨一枚で小国の国家予算を超えかねない価値がある。それを20枚も渡すとなれば……」


ユリウスが微笑む。「代わりに千年以上培われた技術を得られるわけですね」


「お前は本当に聡明だな」ドラガンドが感心したように言う。


「しかし一つ気になることがある」


「何でしょう?」


「ドワーフの魔術というのはどういうものなのだ?」


ユリウスは少し考えた後、答えた。「私が見る限り、ドワーフの魔術は鉱物や大地の精霊と密接に関係しています。おそらく自然そのものを操作する力を持っているのでしょう」


「興味深いな」ドラガンドが頷く。「お前であればその秘密を解き明かせるかもしれん」


「全力を尽くします」ユリウスの目が決意に満ちた。「魔術の探求は私の人生ですから」


***


二人は翌朝に向けて早めに休むことにした。ドラガンドは部屋を出て行き際、ユリウスの肩に手を置いた。


「明日は長い一日になる。しっかり休んでおけ」


ユリウスは頷いた。


「はい、おやすみなさいませ」


彼はベッドに横になりながら窓の外を見た。洞窟の天井には星のような光石が瞬いている。異世界に迷い込んだような気分だった。


***


洞窟の奥深くに位置する謁見の間は、まるで巨人の腹の中にいるような印象だった。天井まで届く巨大な柱が何本も立ち並び、床には緻密な金属細工が施されている。玉座には堂々たる姿のドワーフ王グラムバルドが腰掛けていた。


「アストライア王国代表として参ったドラガンド・ラザフォード」


ドラガンドが厳かな声で名乗る。


側近たちが口々に議論する中、ドラガンドは要求を述べた。


「我々はドワーフ王国と永続的な資源取引と技術交流を望んでいる。その対価として……」


「ふざけるな!」


太った側近が叫んだ。


「このような条件を受け入れられるはずがない!」


***


ドラガンドは冷静に手を挙げると、ユリウスに向かって頷いた。ユリウスは丁寧に布袋を取り出し、その中から一枚の金貨を取り出した。


「これが何なのか分かるか?」


部屋全体が息を呑むのが分かった。


「まさか……」


側近の一人が震える声で言う。


ユリウスは続けて言った。


「今回持参した古代ドワーフ金貨は全部で二十枚。大戦で失われたはずの宝です」


「嘘をつくのは止せ」


別の側近が怒鳴る。


「我々を騙そうとしても……」


「職人たちを呼べ」


グラムバルド王が突然命じた。


数分後、手に様々な道具を持ったドワーフの職人たちが現れ、金貨の検証を始めた。拡大鏡で観察し、細工の微細な部分まで確認していく。


「間違いありません」


職人の長が頭を下げた。


「これは本物です。刻印も重量も完璧に文献と一致しております」


「なんと……」


側近たちが青ざめた。


「金貨一枚で王座が変わると言われる伝説の金貨が……」


職人がさらに報告した。


「それどころか、この金貨はすべて異なる年代のものです。中には『黄金時代』のものまで……」


グラムバルド王はゆっくりと立ち上がった。その目は怒りと喜びの入り混じった複雑な感情に満ちていた。


「確かにこれは驚くべき品だ」


王の声が響く。


「だが……」


「単純な取引では面白くない」


グラムバルドが笑みを浮かべた。


「ドラガンド殿よ、お前たちの提案は確かに魅力的だが……」


彼は杖を床に突き立てた。


「我が国と取引を望むなら、真の価値を示してもらわねばならん」


「……と申しますと?」ドラガンドが問う。


「山頂の鉱山に住まうドラゴンの鱗を持ってくるのだ」


王の声に力が込められた。


「一筋の傷もない純粋な鱗をな」


部屋全体が凍りついた。ドラゴン……上級の存在であり、その血の一滴でさえ薬として価値のある生き物だ。


「ドラゴンですか!」


ユリウスの目が輝いた。


「それは素晴らしい!ドラゴンの鱗と言えば……」


彼は興奮気味に続けた。


「種族によっては一滴の血液でさえ希少価値を持つ存在が……!」


側近たちは困惑した表情を浮かべる。しかしグラムバルド王は笑った。


「どうだ?諦めるか?」


「倒しても良いのですか?」


ユリウスが唐突に尋ねた。


「それとも生かしたまま鱗を剥がすべきでしょうか?」


謁見の間に再び沈黙が訪れた。


「お前……」


グラムバルド王が驚いたようにユリウスを見つめる。


「もし倒すことができれば」


王は大声で笑い始めた。


「お前を我が国始まって以来の人間の英雄として迎えよう。だがそれは不可能だ」


彼はユリウスの肩に手を置いた。


「蛮勇か、それとも真なる英雄の器か……見極めさせてもらおう」


ドラガンドは複雑な表情を浮かべていたが、ユリウスの目には決意の色が宿っていた。彼にとってこれは単なる外交交渉ではなく、魔術師としての挑戦だった。


「分かりました」


ユリウスは静かに答えた。


「必ずや最高の鱗をお持ち帰りいたします」


グラムバルド王は満足げに頷いた。


「では待とう。三日後に再びここに来るがよい」


王が手を振ると、謁見は終了となった。しかしドラガンドとユリウスの本当の試練はこれから始まろうとしていた……

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