トリスタンの悩み
トリスタンはベッドに腰掛けながら小さく溜息をついた。彼の部屋の窓からは中庭が見え、ちょうど夕陽に照らされたユリウスが古い書物を熱心に読んでいる姿が見える。
「またやってるよ……」
彼の口元に苦笑が浮かんだ。同室になってから何度も同じ光景を見ている。最初は「なんて変わり者なんだ」と思ったものだが、今ではそれが当たり前の風景になっていた。
このところトリスタンは友人たちによく言われることがある。
「お前いいよなぁ〜、ユリウスと同じ部屋で」
「羨ましいぜ。あんな可愛い英雄様と四六時中一緒なんて」
確かにユリウスに対する評価は高い。対抗戦での活躍はもちろんのこと、普段の優しい振る舞いや学問への熱意、そして時折見せる子供のような笑顔に皆が惹かれている。特に女子学生たちの間では密かなファンクラブができているという噂も聞く。
(英雄様ねぇ……)
トリスタンにとってのユリウスは手のかかる弟のような存在だ。朝起きられない。食事を忘れる。夜更かしする。それなのに試験ではいつも上位。その矛盾が面白くてつい世話を焼いてしまう。
しかし彼の心境はこの前の対抗戦を境に微妙に変化していた。
代表戦当日。
「ユリウスは本当に僕でいいの?」と不安に駆られたトリスタンに対し、ユリウスは迷いなく答えた。
「トリスタンさんが適任です。だって……」
彼はトリスタンの手を優しく握った。
「トリスタンさんは本当はとても強いんです!」
その言葉と温もりがトリスタンの背中を押した。結果的に彼は見事アストライア王国の代表を打ち破ったのだ。
それ以来、トリスタンの中で何かが変わりつつあった。
(あの時は単なる励ましのつもりだったんだろうけど……)
トリスタンは窓辺に立ちながら考える。
「ユリウスは恩人だ」
しかし同時に—
「それだけじゃないんだよなぁ」
最近の彼は無意識のうちにユリウスを目で追ってしまう。特に夜中にこっそり抜け出すことがあっても黙認してしまう。その理由が友情なのか別の何かなのか自分でも分からない。
夕食時になり、トリスタンは机に向かって一心不乱に本を読むユリウスに声をかけた。
「ユリウス!夕飯行くよ」
「うーん……あと5分……」
「ダメ!栄養取らないと頭が働かないよ」
トリスタンは立ち上がり、本を取り上げる。するとユリウスは涙目になった。
「ひどいです〜。今日こそ古代文字の解読が……」
彼の反応にトリスタンは吹き出しそうになった。こんな子供っぽい一面も含めてユリウスの全てが愛おしいと思えるようになっていた。
「ほら行くよ。特別に今日はデザート奢ってあげるから」
「本当ですか!?」
「ただし、ちゃんと睡眠も取る事!」
並んで歩く二人。ユリウスは早くも食堂のメニューを想像して目を輝かせている。
(今はこのままでいい)
トリスタンは思った。
(焦る必要はない。この距離感が一番心地いいんだから)
しかし時折、もっと近づきたいという欲求が胸をくすぐる。いつか答えが出る日が来るかもしれない。
(その時は……どうするんだろうな)
夜風が二人の間を通り抜けていった。今はまだ、この関係のままで。それだけで十分幸せだとトリスタンは感じていた。




