安らぎをくれる人
決闘から一週間が経過した。アストライア王国の学生たちは当初こそ反感を露わにしていたが、徐々に変化が見られるようになった。特に上級生たちの中には、「あの小さなヴァルデールの生徒があそこまでやるとは」と認める声も増えている。公の場では依然として互いを見下す態度は残るものの、以前のような公然とした差別や侮辱は影を潜めていた。
ユリウスはといえば、毎日のようにこっそりラザフォード家のダンジョンに通っていた。エドワードの許可を得て奥深くにある宝物庫に足を運び、古代の巻物や宝石箱の解呪・解読を試みていた。
「この魔術式は……」
壁に刻まれた奇妙な文様を眺めながら、ユリウスは熱心にノートを取り続ける。時折魔力の流れを感じ取り、複雑に絡み合った封印を少しずつ解きほぐしていく。
「古代魔術……本当に素晴らしいですね!」
彼の目は好奇心に輝いていた。
***
一方のエドワードは日増しに忙しさを増していた。領地運営の仕事だけでなく、王宮からの指示や他の貴族との調整など、次々と課題が積み重なっていく。執務室で徹夜することも珍しくなく、顔色が日に日に悪くなっていた。
「若様……」
老執事のラルフが心配そうに声をかける。
「もう三日もろくに休んでおられません。このままではお体を壊してしまいます」
エドワードはペンを置き、ため息をついた。
「わかっている。だが今は立て込んでいるんだ」
執事たちは額を寄せ合った。
「このままでは若様が倒れてしまう」
「あのユリウス様なら……何とかしてくださるかもしれぬ」
「そうだな、一度相談してみよう」
老執事長の提案で、彼らはユリウスに協力を仰ぐことにした。
***
夕方、ユリウスがラザフォード邸を訪れると老執事たちが深々と頭を下げた。
「ユリウス様……どうか若様をお救いください」
ユリウスはすぐに事情を察し、「任せてください」と微笑んだ。
翌日、作業を早めに切り上げたユリウスは森の中にある大きな巨木の下でエドワードを待っていた。
「ユリウス……急に呼び出してどうしたんだ?」
疲れた様子のエドワードが現れる。ユリウスはにっこり笑うと、柔らかい芝生を指差した。
「こちらへどうぞ。少しだけ休憩しましょう」
エドワードが困惑した表情で近づくと、突然ユリウスはその場に腰を下ろし、ポンポンと自分の膝を叩いた。
「ここにどうぞ」
「え……?」
「遠慮なさらないでください」
ユリウスの真剣な眼差しに、エドワードは少し頬を赤らめながらも、言われるままに膝枕を借りることにした。
風が優しく木々を揺らす中、ユリウスはそっと口を開いた。
♪ 小鳥が歌えば 森も踊る ♪
♪ 陽の光さえ 瞬き忘れる ♪
彼の透明な歌声が森に溶け込んでいく。不思議なことに、その声に導かれるように森の小動物たちが集まり始めた。
リスが枝の上から覗き込み、小鳥たちがさえずりに応えるように囀り始める。鹿が静かに歩み寄り、エドワードの近くまで来て草を食べ始めた。
「これは……」
エドワードの目が丸くなる。こんな光景は生まれて初めてだった。
ユリウスは歌い続けながらも、エドワードの髪を優しく撫でた。
「あまり無理なさらないでください。あなたが倒れてしまっては意味がありませんよ」
エドワードは目を閉じた。疲れが一気に押し寄せる。しばらくして小さな寝息が聞こえ始めた。
ユリウスは嬉しそうに微笑んだ。
「おやすみなさい……エドワードさん」
彼の歌声が夕暮れの森に溶け込んでいく。その周りには平和な時間が広がっていた。やがて小鳥たちの囀りが止み、森が静寂に包まれる頃—
エドワードはゆっくりと目を開けた。頭がすっきりしている。こんなに深い休息を得たのは久しぶりだった。
「起きましたか?」
ユリウスの穏やかな声が耳に心地よい。
「ああ……ありがとう」
照れくさそうに体を起こすエドワードの顔に、久しぶりの安らかな笑みが浮かんでいた。
「また……いつでも呼んでくれ」
「はい!」
ユリウスの笑顔が夕陽に照らされて、まるで祝福の光のようだった。ラザフォード邸に戻る二人の後ろ姿を、森の精霊たちが優しく見守っていた。




