ダミアン・クローディエ
数日後。ユリウスは学院内を歩いていると、様々な視線を感じ始めた。
「あれが……」
「王笏を発見した……」
「古代魔術を……」
「ドラゴンを単独で倒したという話も……」
有る事無い事小声の噂が耳に入る。以前は単なる魔法オタク扱いだったのに今は違った視線が注がれている。
「おい!」
廊下の角から現れたのは見知らぬ男子生徒だった。
「ユリウス・クラウディールだな? 私はベインズ子爵家の……」
彼が言い終わる前に別の声が割り込む。
「こいつになんか用か?」
ザナヴァスが悠然と立っていた。彼の黒い毛並みが威圧感を放っている。
「い、いや……ただ挨拶を……」
「ほう?」ザナヴァスの目が細くなる。
「じゃあ今後ユリウスに近づく時は俺を通してもらおうか?」
男子生徒は怯えたように逃げ去った。
「ありがとうございます。ザナヴァス先輩」
ユリウスが感謝する。
「気にすんな」
ザナヴァスが肩をすくめた。
「今後ああいう連中が増えそうだからな……」
***
その日の剣術基礎訓練。初めてのヴァルデールとアストライアの合同授業だった。
「おい!」
派手な装飾の制服を着た黒獅子男獣人が前に出る。アストライアの第三王子 ダミアン・クローディエだ。
「貴様がユリウス・クラウディールか?」
彼は嘲笑うように言った。
「ふん……思ったより華奢だな」
エドガーとコンラッドが前に出ようとしたがユリウスが制した。
「はい……こんにちはダミアン様」
ユリウスは普通に挨拶した。
ダミアンの目が丸くなった。
「……なんだと?」
彼は顔を赤くする。
「王笏の功績者だからと調子に乗るなよ! 我々獅子王家の威光を知らんのか!」
「ええと……すみません」
ユリウスは素直に謝った。
「でも学院では身分の上下はあまり関係ないのでは……」
「なっ……!?」
ダミアンの顔が歪む。
「貴様……!」
その時ヘルマン教師が間に割って入った。
「授業を始めるぞ!」
***
午後の模擬戦では不穏な空気が流れていた。コンラッドがダミアンと対戦することになったのだ。
「どうした?もう終わりか?」
ダミアンの攻撃にコンラッドが防戦一方で押されている。
「これでおしまいだ!」
ダミアンの一撃でコンラッドが倒れた。しかしダミアンは止まらない。
「おい!まだ終わっていないだろう?」
彼は倒れたコンラッドに近づく。
「もう十分だ!やめろ!」
エドガーが叫ぶ。
ユリウスが静かに前に出た。
「もう試合は終わったと思います」
「何?」
ダミアンが睨む。
「貴様が文句を言うのか?」
「はい」
ユリウスは真っ直ぐに彼を見た。
「もう十分です。彼は立ち上がる力も残っていません」
「ふざけるな!」
ダミアンが怒りで震える。
「ならば貴様が代わりに相手をしろ!」
「お望みとあらば」
ユリウスが訓練用の剣を取った。
***
闘技場の中心で二人が向かい合う。
「降参は受け付けんぞ」
ダミアンが牙を見せた。
「貴様のような小僧が王笏を見つけた程度でいい気になるなよ!」
「別になってませんが」
ユリウスは冷静に応じる。
「でも僕も簡単に負けませんよ」
「舐めるな!」
ダミアンが突進する!
広場にに緊張が走る。二人の間に流れる空気が刃物のように研ぎ澄まされた。
「行くぞ!」
ダミアンが吠えながら地を蹴った。巨体が弾丸のようにユリウスに襲いかかる。
「!」
ユリウスは左にステップし、ダミアンの横薙ぎを紙一重で回避。黒い制服の袖が僅かに裂けた。
「逃げるばかりか!」
ダミアンが怒号と共に連続斬りを繰り出す。上段、中段、下段と変化をつけて襲いかかる。
ユリウスは微動だにしない——いや、正確には最小限の動作で全てをかわしていた。右へ一歩、左へ一歩、時折半身になって流れるような回避。
「なぜ当たらん!」
ダミアンの額に汗が滲む。彼の攻撃は単調ではなく、意表を突く軌道やフェイントを織り交ぜていた。普通の一年生なら五秒と持たないはずだった。
「この……!」
彼は飛び上がり上空から斬りかかる。獣人の筋力を活かした高さと勢い。
ユリウスは静かに構えを直し——
ガッ!
刃が交差する音。空中のダミアンの一撃を真正面から受け止めた。
「ぐっ!?」
ユリウスの細腕で自分の全体重を支える一撃が止められたことにダミアンは驚愕した。
着地したダミアンは怒りに燃えていた。王笏発見者とはいえ、貴族の次男坊。自分より下の存在に傷ひとつ負わせられないなど許せなかった。
彼は唾を吐く。
「小僧!貴様の剣は避けるだけか!?」
「必要であれば攻めもしますよ」
ユリウスの声は変わらず静かだった。それがダミアンの神経を逆撫でした。
「ならば喰らえ!」
ダミアンが砂を蹴り上げる。ユリウスの視界を奪う卑怯な一手。
ユリウスが一瞬目を細めた。その隙にダミアンが突進——
「もらった!」
黒獅子の牙が光る。
バチン!
金属音が響いた。ユリウスの剣がダミアンの剣を弾き飛ばしていた。
「何!?」
ダミアンの目が見開かれる。砂が目に入ったはずなのに、どうして?
「まぁ目眩ましは効きます」
ユリウスが淡々と答えた。「でも僕は相手の気配で動けるので」
「そんな……!」
ユリウスが滑るように前に出る。ダミアンが慌てて後退しようとした瞬間—
ドン!
鈍い衝撃音。ユリウスの柄頭がダミアンの鳩尾に命中していた。
「ぐっ……!」
巨体がよろめく。ユリウスは更に踏み込み—
キーン!
白銀の刃がダミアンの首筋に突きつけられた。
「終わりです」
ユリウスの瞳が真っ直ぐに黒獅子を見据えた。
「……信じられない」
エドガーが唖然と呟く。コンラッドも目を見開いたまま固まっていた。
周囲の生徒たちも声を失っていた。あの傲慢な王子が、人間の一年生に完敗したのだ。
ダミアンの顔が歪んだ。屈辱に震える拳を握りしめる。
しかし首筋の冷たい感触は消えない。
「……まだだ」
彼が歯を食いしばる。
「まだ終わってないぞ!」
「そこまでだ!」
突然の大声に二人が振り向く。ヘルマン教師が鋭い眼光で立っていた。
「模擬戦の範囲を超えている。両者とも引け」
「邪魔をするな!」
ダミアンが吼える。
「俺はまだ—」
「ダミアン殿下」
ヘルマンの声が低く重い。
「公式決闘でない限り、これ以上の私闘は認められません」
ダミアンの顔が悔しそうに歪んだ。ユリウスがそっと剣を引いた。
騒ぎの後、闘技場は異様な静けさに包まれていた。ダミアンは屈辱に震えながら仲間の元へ去った。コンラッドとエドガーがユリウスに駆け寄る。
「ユリウス!大丈夫か!?」
「お前……一体どこであんな技を……」
ユリウスは汗一つかいていなかった。
「師匠に教わりました」
彼は師スレイルの厳しい顔を思い出す。
その日の夕方には学院中に噂が広がっていた。人間の一年生が獅子王子を打ち負かしたと。
「おい見たか?」「あの小柄な奴があの王子様を!」「魔法だけじゃなく剣術も凄いのか!」
興奮した囁きが廊下に溢れていた。
「凄いね……ユリウス」
トリスタンは自室に逃げ込んできたユリウスを迎えた。
「噂は聞いたよ」
「ちょっとやり過ぎましたね」
ユリウスがため息をつく。
「明日から変な目で見られそうです……」
「むしろ尊敬の眼差しさ」
トリスタンが笑った。
「でも気をつけたほうがいい。ダミアン殿下は諦めないだろうから」
***
同時刻。アストライアの寮では不穏な空気が流れていた。
「あの……殿下?」
従者が恐る恐る声をかける。
ダミアンは鏡の前に立っていた。首筋に赤い痕が残っている。
彼は突然振り返り、
「あの小僧を潰す」
低い声で命じた。「正式な決闘を申し込む。だがそれまでに……アイツの弱点を探せ」
従者は冷や汗をかきながら頷いた。
「仰せの通りに……殿下」
ダミアンは苛立ちと屈辱に拳を握りしめた。
「ユリウス・クラウディール!絶対に許さんぞ!」
彼の怒号が響き渡った。




