マイペース
翌朝、ユリウスは軽い足取りで学院の北塔に向かっていた。
「トリスタンさんとの約束だ~♪」
昨日までの重責と緊張から解放され、純粋に知識欲に満ちた少年の表情だった。
「お待たせしました!」
扉を開けると、既にトリスタンが広い閲覧スペースで文献を整理していた。巨大な図書館には新しく解放された区画が追加されており、古い羊皮紙とインクの香りが漂っている。
「あっ! ようやく帰って来ましたね、ユリウス!」
トリスタンが優しい笑顔を向けた。彼の白黒の毛並みが朝日を受けて柔らかく輝いている。
「ごめんなさい予定よりも遅くなってしまって……」
「いえいえ! ダンジョン攻略お疲れ様です、既に枯れたダンジョンとの事でしたが成果はありましたか?」
「はい! とても興味深い物を見つけました!」
ユリウスは目を輝かせた。
「古代ドワーフ王国時代の封印機構で、時空間干渉型の術式が使われていたんです!」
「それは凄いですね!」
「しかも多層式でそれぞれの層に異なる術式が組み込まれているのがまた素晴らしくて……」
「ええ……!?そんな高度な封印を誰が作ったのでしょう……」
「まだ詳細はわかってないのですが過去の大賢者の可能性もあって……」
トリスタンの笑顔が僅かに曇る。
(古代ドワーフ文明……?封印……?)
彼の胸に不安がよぎったが深く突っ込まないことにする。
「ではザナヴァスも喜んでいたでしょう、彼も一緒に帰って来たんですか?」
「いえ、王都でわかれました」
ユリウスはあっさりと言った。
「僕だけ先に学院に戻りました」
トリスタンは考えるのをやめた
***
トリスタンはいくつかの古文書を持ってきた。
「ではせっかくなので今日は古代ドワーフ王国の文献を探してみましょうか」
彼らは薄暗い書架の間を歩きながら会話を続ける。
「古代ドワーフ王国といえば……」
トリスタンが指さした。
「この『古代技術全集』によると、彼らは高度な鉱山採掘技術を持っていたそうです」
「鉱脈探査装置と掘削用の魔導機械を開発したんですよね」
ユリウスが即答する。
「彼らの道具は現代の魔法工学にも大きな影響を与えています。例えばこの巻物には—」
彼は古い羊皮紙を広げた。
「ドワーフ製の掘削魔法陣が記載されています。見てください、この複合魔法陣の構成」
「すごい……」
トリスタンが感心する。
「こんな複雑なものをよく覚えていますね」
ユリウスは照れ臭そうに笑う。
「だって面白いじゃないですか! 多属性同時操作と魔力増幅の仕組みが独特で—」
***
「ところで」
トリスタンがふと思い出したように尋ねる。
「あのダンジョンでは他に何か特別なものは見つかりましたか?」
「ああ……」
ユリウスの表情が微妙に変わる。彼は慎重に言葉を選んだ。
「少し珍しいお宝を見つけました。ザナヴァスさんがとても喜んでいましたよ」
「へぇ! どんなお宝ですか?」
「うーん」
ユリウスは困った顔で考え込む。
「詳しくは言えないんですけど……歴史的に価値のあるもの、だと思います」
***
トリスタンは首を傾げたが深く追求しなかった。
(ユリウス君がここまで言いづらそうにするなんて……何かあったんだろう)
「まあいいです。今日は古代ドワーフの歴史について探りましょう。彼らがどのような社会を築いていたのか興味深いですし」
ユリウスの目が再び輝く。
「ドワーフ王国! 確かに面白いですね! 特に彼らの『石精霊術』についてもっと知りたいです!」
二人はさらに奥の方へと歩いていった。ユリウスは純粋な知識欲に駆られて様々な書物を開く。一方でトリスタンは相棒の様子を見守りながらも密かに思案していた。
(彼は本当に純粋だな……でもあのダンジョンでの出来事が何を意味するのかは気になる)
「ドワーフのお宝といえば……例えば古代金貨とかでしたら歴史が動いちゃいますね〜」
何気なく呟いた一言に
ピタッとユリウスの動きが止まる
ギギギギッとゆっくりトリスタンの方を振り向くと
「ヘーソウナンデスネ、ソレハタイヘンデスネ……」
急にカタコトで喋り始めた
「あっ……はい」
そう言ってトリスタンは再び歩き始めた。彼の背中には冷や汗がびっしょりとかいていた。
午後になり二人は一旦休憩を入れることにした。図書館の窓際の席で温かいハーブティーを飲みながら談笑する。
「ユリウス、午後はどうされますか?」
トリスタンが尋ねる。
「もし可能なら武術訓練場に行きませんか?剣術部の方々に指導を受けさせてもらえるかも」
ユリウスが少し顔をしかめる。
「うーん……武術はあまり得意ではないんですけど……」
「でも少しはやっておくべきですよ!」
トリスタンが励ます。
「将来何があるかわかりませんからね」
ユリウスは苦笑しながら頷いた。
「わかりました、行ってみます」
こうして二人の一日が過ぎていった。既に貴族の間では王笏事件の噂が広がっていたがユリウス本人は全く気づいていなかった……
***
クラウディール家の屋敷。執務室でルーデアス・クラウディールは書類の束を眺めながら溜め息をついた。
「もう3日だぞ……」
彼の机には『ユリウス王都連絡待ち』と書かれた札が置かれている。
「いくらなんでも遅すぎる……」
ルーデアスは窓の外を見つめた。雲一つない青空が広がっているのに彼の気分は重かった。
彼は拳を握りしめた。
「あの子は一体何を考えているんだ?」
執務室の扉が静かに開いた。
「父上、失礼します」
フラナルが優雅な足取りで入ってくる。
「まだユリウスのことを心配されておられるのですか?」
ルーデアスが眉をひそめる。
「当然だろう。あれほどの大事だ。すぐにでも連絡があっておかしくない」
フラナルは微笑んだ。
「ユリウスのことですから……きっと素晴らしい発見をしたのでしょう。古代魔法に関する考察をまとめることに夢中になっているのではないかと」
「またそうやって甘やかす!」
ルーデアスが声を上げる。
「あの子が何をしているか分からない状態では対策も立てられん!」
ルーデアスの額に血管が浮かんだ。
「王笏だぞ? 国宝の発見を軽く考えすぎだ!」
***
そのとき再び扉が開き、ドナが入ってきた。
「お二人とも喧嘩はお止め下さい」
彼女の穏やかな声が執務室に響く。
「ユリウスの事なら大丈夫ですよ」
「またお前までそんな事を言うのか!」
ルーデアスが怒鳴る。
「ドナ! 星読みの結果はどうなっているんだ!?」
ドナは微笑んだ。
「今のところは……何も見えません」
二人が驚いた顔で彼女を見る。
「何も見えない……? それはどういう意味だ?」
「未来が定まっていないということです」
ドナは静かに言った。
「ユリウスは未知の領域に足を踏み入れているのでしょう。星々さえも彼の行動を予測できないくらいに」
ルーデアスは椅子に沈み込んだ。
「つまり……私たちは何も知らずにいるしかないというわけか……」
「それでも」
ドナが続けた。
「彼が無事であることは感じられます。そして楽しそうです」
***
夜。クラウディール家の一室で家族会議が始まった。
「いいか」
ルーデアスが切り出す。
「ラザフォード家との連携は必須だ」
フラナルが頷く。
「彼らがユリウスの保護者となっている以上、敵対するのは得策ではありません」
「しかし」
ルーデアスの声が低くなる。
「彼らの思惑も見極めなければならない」
「ユリウスを利用するつもりなら容赦しません」
フラナルの目が鋭く光る。
「お前まで物騒な事を……まずユリウスと連絡を取りたい……ドナ頼んだぞ」
「はい、お父様」
ルーデアスは机に突っ伏して頭を抱える
ユリウスに何かあったと言う気は全くしていない
どうせまた本に夢中になっているか
誰ぞと魔術談義をして忘れているのだろう。
彼の頭痛は暫く続きそうな予感があった。
***
休暇が終わり授業再開初日の朝。ユリウスの机に小さな包みが届いていた。
「これは……」
中を開けると見慣れた筆跡の手紙と小さな菓子袋が入っていた。
『私の可愛いユリウスへ
あなたが王都から帰ってこないこと心配しています。クラウディール家に帰るべきなのでは?
ドナより』
続いて父と兄からの追伸も添えられていた。
『早く帰宅し報告せよ ルーデアス』
『会いたいですよ フラナル』
ユリウスは固まった
「……報告忘れてた」
ほとぼりが冷めた頃にこっそり帰ろうと誓うユリウスだった。




