謁見
「ラザフォード家のご到着です」
衛兵の声と共に巨大な扉が開かれると、そこには荘厳な謁見の間が広がっていた。天井から吊るされた水晶のシャンデリアが七色の光を放ち、磨き上げられた大理石の床に映り込む。
「カリディウス国王陛下」
ドラガンドを先頭にエドワード、ザナヴァス、そして最後尾にユリウスが続く。国王の玉座へ続く赤い絨毯を一歩一歩踏みしめる。
「よく来たな、ラザフォード卿」
玉座に座るカリディウス王が重々しく口を開く。四十代後半の獅子王は筋骨隆々とした体躯に威厳ある風格を纏っている。
「国王陛下にお目にかかれまして光栄です」
ドラガンドが深々と一礼する。
「本日は陛下のご期待に添うべく、重大な報告と献上品を持参いたしました」
「報告か」
カリディウス王の目に鋭い光が走る。
「申してみよ」
「こちらにございます」
ドラガンドが手を挙げると、エドワードが木箱を恭しく差し出す。その箱には厳重な封印が施されていた。
「何だ?」
カリディウス王が不審そうに尋ねる。
「ご存じかと存じますが」
エドワードが静かに箱を開けると—
「これが我が家の宝物庫から発見された王笏にございます」
「何だと!?」
謁見の間に衝撃が走る。家臣たちのざわめきが広がった。
「あれは……まさか本当に王笏なのか?」
「そんなバカな……」
「かの大戦時に失われたはずでは?」
カリディウス王も目を見開いている。
「信じられぬ……」
「失礼ながら」
大臣らしき家臣が進み出る。
「それは偽物ではありませんか? 王笏は歴史の闇に消えたもの。突然現れるなどあり得ません」
別の家臣も続く。
「そうだ! このような重大な品が突如発見されるなど……何か裏があるのではないか?」
「黙れ!」
ドラガンドが一喝する。
「この王笏には偽造不可能な刻印がある!」
ユリウスが小さな声で呟く。
「その刻印……確かに特殊な魔術紋様が施されています。解呪の過程で確認しました」
カリディウス王が立ち上がる。
「見せてみよ」
エドワードが王笏を捧げるように差し出す。カリディウス王は慎重に手に取ると、その重みと質感を確かめた。
「間違いない……」
王の声が震える。
「これは確かに王笏だ。我が祖先の言葉に記された特徴と一致する」
「よくぞ見つけた」
カリディウス王の表情が緩む。
「これぞ我が王家の至宝。長き時を超えて戻ってきたか」
謁見の間には驚嘆の声が広がる。
「信じられん……」
「伝説の王笏が……」
「これぞ神の奇跡か」
「ラザフォード卿よ」
カリディウス王が真剣な眼差しを向ける。
「この偉業に見合う報酬を与えることを約束する。我が王家の恩人として扱おう」
ドラガンドが再び深々と頭を下げる。
「恐縮に存じます」
そして彼は意味ありげに続ける。
「実はもう一つご報告が」
「何だ?」
「この王笏の発見には」
ドラガンドが振り返る。
「ユリウス・クラウディールの協力が不可欠でした」
ユリウスが驚いて一歩前に出る。
「えっ!? ぼ……私は畏れ多くも何も……」
「謙遜するな」ドラガンドが笑う。
「お前の知識と魔術なくして王笏の解呪は成し得なかったのだ」
カリディウス王が眉を上げる。
「クラウディール……準男爵家出身の若者がか……」
カリディウス王が玉座から身を乗り出す。その金色の瞳に好奇心と警戒心が入り混じる。
「この少年が王笏の発見と解呪に関わったと?」
謁見の間に漂う空気が一変する。高位貴族たちの視線が一斉にユリウスに集中する。多くの目が好奇と疑念に満ちているが、一部からは明らかな敵意すら感じる。
「はい」
ドラガンドが堂々と応える。
「ユリウスの魔術に関する知識は非凡です。彼なくしてこの発見はあり得ませんでした」
ユリウスは居心地悪そうに俯いた。しかし内心では……
(王笏の構造解読は本当に面白かったなぁ。あれだけ複雑な封印式は百年に一度出会えるかどうか……)
「ユリウス」
カリディウス王の声が鋭く響く。
「お主が王笏の封印を解いたと申すか?」
ユリウスは一瞬躊躇ったが、思わず本音がこぼれる。
「は、はい。あの封印術式は非常に興味深かいものでした。特に第三層の時間反転機構と第五層の空間固定術の組み合わせが複雑な呪いを……」
「なっ!?」
ドラガンドが思わず肘で彼をつついた。
「おいユリウス、今は学者談義をしている時ではないぞ」
エドワードが小声で制する。
カリディウス王の眉が僅かに上がる。
「ふむ……ただの世辞でなく本当に知識があるようだな」
「ですが」
大臣の一人が進み出る。
「このような重要な発見が平民に近い準男爵家の若者によって成されたなど……」
「怪しいと思われますな」
別の貴族が口を挟む。
「あるいは……何らかの陰謀かもしれません」
謁見の間が再びざわめく。
「静まれ」
カリディウス王が一喝すると室内が静寂に包まれた。
「ラザフォード卿」
王の目が真剣さを増す。
「此奴はは本当に信頼できるのか?」
ドラガンドが力強く頷く。
「彼は我が家の客人であり、真摯な研究者です。何より……」
彼は誇らしげに付け加えた。
「私の息子二人よりも遥かに知恵と勇気があります」
「ほう」
カリディウス王の口元に笑みが浮かぶ。
「ラザフォード卿、余はお主の誠実さを疑っておらぬ」
王は立ち上がり階段を降りてくると、ユリウスの前で足を止めた。
「しかし政治とは常に最悪の想定から始まるもの」
王はユリウスの瞳を覗き込んだ。獣のような眼光が少年の心を見透かそうとする。
「ユリウス」
低い声で囁くように問いかける。
「もしや……そなたの知識は王笏以上の価値があるのではないか?」
ユリウスの背筋に冷たいものが走る。
「そなたの才能を隠しておくことは不可能だろう」
カリディウス王が続ける。
「今ここで余に忠誠を誓えば良い報酬を約束しよう。無論、ラザフォード家の利益にもなる」
謁見の間全体が緊張に包まれる。貴族たちの視線がさらに鋭さを増した。
「どうだ? そなたの本当の目的は何なのだ?」
ユリウスは静かに呼吸を整える。そして—
「僕の……私の目的は」
彼の声が不自然なほど落ち着いていた。
「ただ……古い魔術の謎を解き明かしたいだけです」
カリディウス王がじっと彼を見つめる。
「そのために王国を混乱させるかもしれないとしてもか?」
ユリウスは迷わず頷いた。
「私の好奇心は止まりません」
「面白い」
カリディウス王が突然笑い出す。
「このような野心を持った若者がいるとは……学院の教育は素晴らしいな」
しかし次の瞬間、王の表情が厳しくなる。
「だが忘れるな」
低く重い声で告げる。
「王笏は我が王家の象徴。それを巡る争いは王国の存亡に関わる」
「そなたの力は危険な武器にもなり得る。それをどう扱うかは……よく考えることだ」
彼はユリウスの肩に手を置いた。
「しかし今日のところは礼を述べよう。王笏の復活は余の統治に大きな力となる」
カリディウス王は再び玉座に戻りながら宣言した。
「ラザフォード家には特別な恩賞を与えよう。そしてユリウス・クラウディール……そなたにも名誉ある地位を考える」
謁見の間が再びざわめく中、ユリウスは深々と頭を下げた。
***
謁見後、一行は王宮を後にした。白獅子亭への帰り道、ドラガンドの歩調は心なしか早くなっている。
「はっはっは! 忙しくなるぞ!」
彼の顔は溢れんばかりの喜びで満ちていた。
「これでラザフォード家の未来は約束されたも同然! 国王陛下からの恩賞がどれほどのものになるか……想像するだけで胸が躍る!」
一方、エドワードは複雑な表情だった。
「確かに……」
彼は静かに呟く。
「我が家の地位向上には大きな助けになるでしょう。しかし……」
ユリウスの存在。王笏の発見者の立場。そしてカリディウス王の関心。
「この一件は簡単には片付かないかもしれません」
ザナヴァスは単純に喜んでいた。
「まあとにかく良かったじゃねぇか! これで俺たちも英雄だな!」
白獅子亭に戻ると、四人は食堂に集まった。
「さて」
ドラガンドが腕を組む。
「今後の対応を話し合うとしよう」
ユリウスがおずおずと手を挙げる。
「あの……僕は明日トリスタンさんとの約束があるので一度学院に戻らないといけません」
三人の視線が集まる。
「約束?」
エドワードが不思議そうに尋ねる。
「はい。今度新しい魔法学院の図書が解放されるそうで……一緒に調べ物をすることになってます」
「学院か」
ドラガンドが唸る。
「そういえばユリウスは学生だったな。忘れていたぞ!」
彼は豪快に笑った。
「ならば一旦別れるとしよう。陛下からの恩賞については後日改めて伝える」
***
その晩。
ユリウスが就寝した後、ラザフォード家の三名は応接間で密かな会話を交わしていた。
「息子たちよ」
ドラガンドの声が低く響く。
「我が家の今後を左右する重要な話がある」
エドワードとザナヴァスが居住まいを正す。
「ユリウスのことですね」
「そうだ」ドラガンドの表情が厳しくなる。
「彼の能力は想像以上だ。古代魔法への深い知識だけでなく……おそらく我々が知らない何かを秘めている」
ザナヴァスが首を傾げる。
「何かってなんだよ?」
「わからん」
ドラガンドが苦笑する。
「だが確かなことがある。彼を他家に奪われるわけにはいかん」
エドワードが慎重に言葉を選ぶ。
「つまり……取り込み計画を立てているということですか?」
ドラガンドが深く頷く。
「その通りだ」
「ユリウスのような特異な才能を持つ者を取り込む最善の方法は何か?」
ドラガンドが挑むように尋ねる。
最初に答えたのはザナヴァスだった。彼は明るい笑顔を見せた。
「仲間になるのが一番だろ! 俺たちが友達になれば問題ないんじゃないか?」
ドラガンドが満足げに頷く。
「いい答えだ、ザナヴァス。友情による結びつきは強固なものとなる。だが50点だ」
次にエドワードが口を開く。
「……長期的な縛りが必要であれば」
彼の声が一段と低くなる。
「愛情関係こそが最も強力な楔となり得るかと」
ドラガンドの目が輝いた。彼は深く頷く。
「エドワードの言うとおりだ!」
彼は立ち上がり息子たちの肩を叩いた。
「ユリウスは若い! そして独身! つまり……婚約者になれる可能性があるということだ!」
二階に聞こえない程度の大声で彼は言った。
「お前たちの中でどちらかがユリウスと婚約すれば……彼の才は永遠に我が家のものとなる!」
ザナヴァスは驚きつつも嬉しそうだった。
「えーっ!? 俺がユリウスと婚約!? まぁ別に悪い気はしないけどなぁ……」
一方エドワードは冷静な表情を崩さなかった。
「父上の仰る通りです。確かにそれが最良の策かもしれません」
ドラガンドは満足そうに二人を見渡した。
「いいか息子たち」
彼の目が獲物を狙うように鋭くなる。
「何としてでもユリウスの心を掴め。手段は問わぬ。友情でも愛情でも構わない。だが確実に彼を我が家に引き込め」
「これからユリウスを巡って大きく様々な奴等が動く、我々はその中で先をいっているが安心はできん」
「これはラザフォード家の未来の為に必要な事なのだ」
「決して外に漏れる事がないようくれぐれも注意するようにな」
「わかっていると思うがお前たちの使命は非常に重要なものだ」
「わかったか?」
ドラガンドの声が低く響く。
ザナヴァスがにっこりと笑う。
「任せてくれ!俺そういうの得意だから!」
エドワードは冷静に頷いた。
「全力を尽くします」
ドラガンドは二人の息子の肩を再び叩いた。
「よし! さすが我が息子たちだ!」
彼は大きな声で言った。
「今宵は良き夢を見るがいい! 明日から本格的に動き出すぞ!」
その夜、ラザフォード家の宿屋には重厚な静寂が訪れた。
ユリウスは何も知らないままベッドで幸せそうに眠っている……
そして新たな局面が始まろうとしていた。




