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魔術師殺しの霧

街に戻ると霧が晴れ、人質となっていたドワーフや獣人たちが一人、また一人と意識を取り戻す。ユリウスが最後の解毒魔法を施すと、弱々しく目を開けた青年に隣で泣き崩れていた母親が抱きついた。


「生きて……生きて帰ってきたんだねぇ……!」

涙混じりの叫びに周囲の家族たちも次々と声をあげ、ユリウスに感謝の言葉が押し寄せる。

「ユリウス様、本当に……!」

「どう礼を言っていいか……!」


小柄な子どもまでもがユリウスのローブの裾を握りしめ、目を潤ませながら「ありがとう」とつぶやいた。ユリウスは少し照れながらも、いつも通り柔らかく微笑む。

「いえ、僕は当然のことをしただけです。無事で、本当に良かった……」


その隣でバルドが胸を張り、わざとらしく咳払いをする。

「お、おい! 忘れんなよ? ユリウスがすげぇのは分かるが、俺だってちゃんと戦ったんだからな!」

場の空気が一瞬和らぎ、数人の村人が「もちろんだ、バルドさん!」「あんたも頼もしかった!」と声をかける。バルドは顔を赤くしながらも、にやけが止まらない。

「……へへっ、ま、俺にかかりゃこのくらい朝飯前だ」

と得意げに言うと、ユリウスが横目でクスリと笑った。


人々の歓声と感謝に包まれながら、二人は再び街の中心へと戻る。長老の館へ案内される途中も、感謝の声は絶えずに続いた。

「ユリウス様!」「バルドさん!」

名前を呼ばれるたびに、ユリウスは丁寧に頭を下げ、バルドは照れ隠しのように手を振る。――しかし、館の扉が目の前に迫るにつれて、二人の表情は引き締まっていく。これから報告するのは、喜びではなく、敵がまだ逃げているという現実だった。


長老の館に足を踏み入れると、分厚い石壁に囲まれた広間に厳めしい顔のドワーフたちが並んでいた。中央の椅子に座る白髭の長老が、二人を見据える。

「戻ったか、ユリウス殿……そしてバルド」

重々しい声が響く。広間の空気は人々の歓声で満ちていた街とは対照的に、張りつめた緊張感で支配されていた。ユリウスが一歩前に出て、深く頭を下げる。

「はい。人質の救出には成功しました。しかし……敵は、痺れ毒を残して逃走しました」

どよめきが走る。横でバルドが腕を組み、歯噛みしながら続けた。

「あと一歩だったんだがな。あの化け物……普通のキメラじゃねえ。霧まで使って魔術を阻害してきやがる。明らかに人間の技が混じってる」

長老たちの表情が険しくなる。

「やはり……」

白髭の長老がユリウスを見据える。

「そなたも気づいているのではないか、ユリウス殿。この霧……普通の自然現象ではあるまい」

ユリウスは言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

「長老……実は心当たりがあります。あの霧……学院近くの沼地で、同じ性質のものを見たことがあるのです」

「学院近くの沼地だと?」長老が目を細める。

「はい。そこは古来より『魔術を阻害する霧』が発生する土地として知られています。学院でも調査は進んでいますが、自然現象の範疇にすぎないとされ、利用できるようなものではなかった。――ところが、今回のキメラは、その性質を取り込んでいたのです」

重苦しい沈黙が広間を覆う。誰もが理解していた。自然の脅威が「ただ存在する」のと、「自在に操れる存在」となるのとでは意味がまるで違う。

「つまり……沼地の霧を模倣し、あるいはその要素を移植して作られた合成生物だと?」

「ええ」ユリウスは頷く。「本来なら動かせないはずの“霧”を、携行可能な兵器として造り出した……。魔術師にとって、これほど厄介なものはありません」


バルドが低く唸った。

「……ってことは、だ。わざわざそんなもん造ったのは……」

「対魔術師、つまり――僕を想定した備えである可能性が高い」

その言葉に、広間は一斉にざわめいた。長老の顔色も険しさを増す。


「自然の性質すら利用して、狙い撃つ……。敵は想像以上に執念深いな」

ユリウスは静かに頷き、拳を握りしめた。

「あの洞窟で、治癒の効果が普段より遅れたのもそのせいです。敵は僕の力量を分析し、対策を講じてきた……」


「しかし……一体何者がそんなものを造り出せるというのだ」長老が眉をひそめる。「通常の研究者では不可能な域ではないか」

ユリウスは少し考え込むように言った。

「こんなことが出来るようになるには血の滲むような研究が必要だったでしょう……とても残念な事です」


ユリウスは憂いを帯びた顔を見せた。


「先ずは残された人々を1人でも多く助けなければ」



ユリウスの言葉にバルドが頷く。

「そうだな!明日もがんばるか!」

ユリウスは再び小さく頷く。

「はい」


そして二人はそれぞれ部屋に戻る。

ユリウスはベッドに横になった。ユリウスの脳裏に浮かぶのは、魔術を阻害する霧を自在に操るキメラを造り出した人物である。どれほどの知識と情熱があれば、自然の理を超えた力を造り出すことが出来るのか。そしてなぜそれ程の技術を持っていて尚、こんな凶悪な兵器を作るのか。

ユリウスは溜息をついた。

「きっと、その者はその者なりの信念に基づいているのだろうけど……一度話してみたいな」

そんな事を呟きながらユリウスは眠りについた。

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