調査開始
灰色の空に低く霧が漂い始めていた。
「この辺りだ。最後に行方不明者が目撃された場所は」
前を歩くバルドが斧を担ぎながら振り返る。革の胸当てと厚手の布服が彼の逞しい体躯にフィットしている。濃い髭の奥で黄色い瞳が鋭く光っていた。
「なるほど……。やはり霧が濃いのですね」
ユリウスは足を止め、視線を巡らせた。木々の間から湧き出すように漂う白い靄。それは沼地の忌まわしい記憶を呼び覚ます。
「ただの天候じゃねえって噂だ。夜になるともっと濃くなるらしい。中じゃ灯りもほとんど通らなくなるってさ」
ユリウスは眉をひそめる。
(魔術阻害の霧。まさか、あの沼地や魔道具と同じ性質か?だとすれば、僕を狙っている可能性もある……?)
内心で危惧を深めながらも表情には出さず、ユリウスは歩を進めた。金髪が霧に濡れ、青い瞳が静かに輝く。
「ユリウス、顔色が悪いが大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。ただ、気を抜かないように心がけているだけです」
「さすが英雄様だな。……けど、気を張りすぎて疲れるなよ」
冗談めかしたバルドの声も、霧の中では妙に低く響いた。鉱山の壁に彫り込まれた人工のトンネルが現れる。
坑道跡の入口が見えてきたとき、ユリウスは剣の柄にそっと触れた。金属の感触が魔力と共鳴する。
「この中で人が消えたのですか?」
「ああ。痕跡は残っちゃいるが、引きずられた跡と妙な獣の足跡だけだった」
「獣……。しかし、ただの獣ではないようですね」
霧の向こうから、不気味な声が響いた。呻きとも唸りともつかない音。二人は視線を交わし、剣と斧を構える。
坑道の空気が重くなる。白い霧は濃さを増し、肌を刺すようにまとわりついてきた。
「来るぞ」
バルドが戦斧を構えた瞬間、呻き声が響く。霧が渦を巻き、奥から巨大な影が浮かび上がる。
「人が……!」
ユリウスが駆け寄ると、数人のドワーフと獣人が倒れていた。黒紫の痕が全身を走り、四肢が震えている。
「毒……っ。神経を麻痺させてる!」
ユリウスは集中して魔力を込め、即座に解毒を始める。淡い緑光が手のひらから広がり、瘴気を浄化していく。
――ずるり。
霧の奥から触手が伸び、人質の一人を巻き取った。鱗と毛皮が絡まった不気味な形状。ユリウスは瞬時に駆け出し、剣を振り下ろすが、触手がそれを弾く。
「下がってろ!!」
バルドが咆哮と共に斧を叩きつけ、肉を裂く。衝撃波が坑道の壁にヒビを入れた。斧が赤熱し、炎の粉塵が舞う。
「させるかぁッ!」
バルドが体当たりの勢いで薙ぎ払い、壁に叩きつける。だがすぐに別の触手が蠢き始めた。
「ユリウス!まだか!」
「もう少し……っ!」
その瞬間、キメラが耳障りな鳴き声を上げ、霧の奥へと後退を始めた。触手を切り捨て、逃走に徹する動き。
「待て……!」
ユリウスが立ち上がるが、足を掴む手が震えながら彼を引き止めた。
「助けて……」
ユリウスは息を呑み、振り返る。魔術阻害の影響でまだ解毒できていない者が何人もいる。
「……くそっ」
追撃を断ち切り、治療に集中するしかなかった。
バルドが霧の奥を睨み、低く唸る。
「逃げ足の早い奴だ……」
ユリウスの眼差しは鋭く、剣を強く握りしめた。
「ひとまずこの人達を街に運びましょう」
二人は負傷者を支えながら坑道を後にした。背後の霧が再び深く、静かに包み込んでいく。




