鉱山の異変
大通りを抜けた先、ユリウスが案内されたのは、大きな水車が軋む音と共に回る、石造りの宿屋だった。看板には「鉱夫の安らぎ亭」と刻まれ、その名に違わず、年季の入った外壁は煤と土に汚れながらも、どこか頑丈で安心感を与える佇まいだ。内部に足を踏み入れると、土埃と鉄と酒の混じった独特な香りが鼻をくすぐった。ロビーは広く、天井は高く開放的で、壁には無数の武具やツルハシが飾られ、ドワーフの工芸品である精巧な細工の小さな家具が置かれている。暖炉には赤々と火が燃え、そこに集うドワーフたちの顔を照らしていた。床には毛皮が敷かれ、粗末ではあるが居心地は悪くなさそうだ。
「ここがグラナ・ベルクで一番の宿だ。飯も酒も美味ぇぞ!」
バルドは胸を張って言い、カウンターの向こうにいる恰幅のいいドワーフの女将に声をかけた。
「おーい、最上階の部屋を頼む!」
「あいよ!バルドの客かい?特別に用意するよ!」
「ありがとうございます、そういえばバルドさん」
「な、なんだ?」
急に話しかけられたバルドがドギマギする。
「明日長老の方々にお会いしたいのですが」
「ああ!そりゃあ構わねぇ!俺が案内する!」
「頼りにしてますね、バルドさん」
ユリウスがふわりと微笑むと、バルドの顔は茹蛸のように真っ赤になった。女将はそんな二人を見て、口元に手を当てながらニヤリと笑っている。
***
翌日、バルドに連れられて訪れたのは、街の中心にある、さらに堅牢な石造りの建物だった。それが長老たちが集う議事堂だった。内部は薄暗く、松明の灯りが壁に設置された燭台で揺れている。長いテーブルが円形に配置され、その周囲には古びた書物や巻物が積み上げられていた。
そこには既に三人のドワーフの長老が待っていた。三人とも白髭を長く伸ばし、威厳に満ちた佇まいだ。中央に座る最も年長と思われる長老が、ユリウスの姿を認めると、深く皺の刻まれた顔に柔和な笑みを浮かべた。
「ようこそ、ユリウス・クラウディール殿。お噂はかねがね伺っておりましたぞ。古代ドワーフの金貨を携え、かの災厄を打ち払った御仁とは」
「いえ、僕はほんの少し手伝っただけで」
ユリウスは謙遜して言ったが、長老たちは満足げに頷くばかりだ。
「貴殿であれば、きっとこの街の危機も乗り越えてくださるだろう。頼みましたぞ」
他の長老たちも深く頷き、ユリウスに向ける眼差しは信頼に満ちている。
バルドはそのやり取りを横で見ながら、自分がどうにも場違いな気がして落ち着かない。しかし、ユリウスが自分の方を見て、「バルドさんもお願いしますね」と言うと、再び顔を赤くしながらも力強く頷いた。
「おう!任せておけ!ユリウスのことは俺が命に代えても守るからな!」
その言葉と微笑みは、バルドの心に深く染み渡った。ユリウスの側にいることで感じる高揚感と、英雄と共に歩む重責。だが、それ以上に彼の中に芽生えたのは、この人を守りたいという強い決意だった。
長老たちは、失踪事件の詳細を改めて語った。
「獣人もドワーフも区別なく、夜に姿を消す者が増えている。我々は街のあちこちに見張りを立てているのだが、犯行の瞬間を目撃した者はおらぬ。ただ……」
「ただ?」ユリウスが促す。
「奇妙なことに、姿を消した者たちの持ち物が、翌朝、何の傷もなく元の場所に戻っておるのだ。まるで、誰かが意図的に痕跡を消しているかのように」
「そして、時折、鉱山の奥深くから、聞いたこともないような獣の遠吠えが響いてくるという報告も上がっておる」別の長老が付け加えた。
ユリウスは顎に手を当て、静かに考え込んだ。
「やはりキメラが関係している可能性は高そうです。僕が以前戦った個体は、様々な生物の特性を持ち合わせていました。おそらく今回の事件も……」
「ユリウス殿には何かお考えが?」長老が期待を込めて尋ねる。
「まずは現場を見てみたいと思います。失踪事件が起きた場所や、鉱山の様子を詳しく調査したいです。それに……」
ユリウスはバルドの方に視線を向けた。
「この街の地形や、最近変わったことがなかったか、街の皆さんにも話を聞いてみたいですね。バルドさん、ご協力いただけますか?」
「ああ!当たり前だ!街のことなら何でも聞いてくれ!」
バルドは胸をドンと叩き、力強く答えた。
その様子を見て、長老たちは意味ありげに目配せし合う。古代ドワーフ金貨の英雄が、自ら案内人を指名し、その案内人たるドワーフは明らかに英雄に懸想している。しかも、英雄自身も満更ではないらしい。年寄りたちにとっては、これほど面白い見物はないだろう。
「うむ、うむ。二人ならば心強い。存分に調査なされよ」
長老たちは朗らかに笑い、二人を送り出した。
議事堂を出ると、バルドは早速ユリウスに言った。
「よし!まずは失踪事件が起きた場所から見て回るか!それから鉱山だ!俺が全部案内するぜ!」
張り切るバルドの横で、ユリウスは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、バルドさん。よろしくお願いします」
その言葉と微笑みが、バルドの心を再び温かく満たすのだった。
こうして、ユリウスの新たな事件への調査が、バルドという頼もしい(そして熱烈な)協力者と共に始まったのである。街の空には、まだ解決されていない謎が濃い影を落としているようだったが、ユリウスとバルドの足取りは確かだった。




