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覚悟

学院長室に案内されたユリウスとトリスタンは、事件の一部始終をアルセリオに語った。室内には重苦しい沈黙が流れ、暖炉の薪がパチパチと音を立てる音だけが響いていた。


「……まさか、学院のすぐ傍まで手が伸びていたとはな」

アルセリオは深いため息と共に、白銀の眉間に深い皺を寄せた。普段の穏やかな表情は消え、歴戦の大魔導師としての厳しい眼差しが二人に向けられる。

「ユリウス君、君が狙われたのは偶然ではない。各地でその非凡な才を見せつけた君を疎ましく思う者がいるか、あるいは……キメラ事件の首謀者による牽制か」


トリスタンが一歩前に出た。

「学院長!ユリウスはまだ学生です!彼を全力で護衛すべきです!」

その声には焦りと決意が滲んでいた。路地裏での一件以来、トリスタンにとってユリウスは守るべき対象として深く刻まれていた。


しかし、ユリウスは静かに、だが揺るぎない声で応えた。

「トリスタン先輩の気持ちは嬉しいです。でも……」彼は金色の瞳を真っ直ぐにアルセリオに向けた。「受け身でいれば、いつかより多くの人々が犠牲になるかもしれない。僕はそれを許せないんです」


アルセリオは杖を突きながら、ゆっくりとユリウスに歩み寄った。その老いたが威厳に満ちた姿に、ユリウスは自然と背筋を伸ばした。

「教育者として、そしてこの学院の長として、君の安全を第一に考えねばならない。それは私の責務だ」厳しい言葉だったが、その碧眼には深い心配と、そしてユリウスへの期待のようなものが宿っていた。

「だが……もし君の言う通り、キメラ事件の首謀者が関わっているのなら……奴らは並大抵の相手ではない。伝説級の魔物や禁断の呪具を操る可能性もある」

アルセリオは一度言葉を切り、ユリウスの決意を確かめるようにその瞳を見つめた。

「その時、君の力が不可欠になることもまた事実だ。……すまない、君に多くを負わせてしまうことになる」


その言葉には、謝罪以上の複雑な感情が込められていた。一人の生徒に過度な負担を強いることへの悔悟と、それでもなおその才能に希望を見出さざるを得ない現実。


「そしてもう一つ、懸念すべき事態が発生している」アルセリオは声のトーンを変え、机の上にあった一枚の書状を指さした。「山岳都市『グラナ・ベルク』だ。あの鉱山の街で、最近奇妙な魔物が頻繁に目撃され、被害が出ているとの相談が届いたのだ。複数の生物が混じり合ったような醜悪な姿をしているらしい」


その説明に、トリスタンは息を呑んだ。

「まさか……!ユリウス、危険だ!行ってはいけない!」


しかし、ユリウスの反応は違った。彼はアルセリオの言葉に静かに頷き、その金色の瞳が強い光を宿す。

「……僕が行きます」

「ユリウス!」

トリスタンの悲鳴にも似た声を遮るように、ユリウスは続けた。

「調査するだけですよ、学院長。もし本当にキメラ事件の首謀者と繋がりがあるのなら……ここで放置はできません。それに、僕の目で直接確かめたいんです」

それは最早問いではなく、意志表示だった。アルセリオはその言葉に、若き日の自分を重ねたのかもしれない。彼はしばらくユリウスの顔をじっと見つめていたが、やがて深く息を吐いた。


「……わかった。君の意志を尊重しよう。だが、くれぐれも無理はするな。これは調査だ。何かあればすぐに引き返し、連絡を寄越すのだぞ」

アルセリオは重々しくそう言うと、古めかしいデスクの引き出しから一つの品を取り出した。それはシンプルな細工の銀のブレスレットだったが、よく見ると微細な魔法文字がびっしりと彫り込まれ、淡い光を放っている。

「これは私の……昔からの御守りだ。防御の魔法と、少しではあるが位置特定の魔法も込められている。持ってゆくといい」

そう言ってアルセリオはブレスレットをユリウスの手にそっと乗せた。


「ユリウス……」トリスタンは震える声で呼びかけた。彼は本当に行きたかった。ユリウスの傍で、今度こそ彼を守りたかった。しかし、路地裏での自分の無力さを思い出してしまう。彼がいても、ユリウスの足枷になるだけかもしれない。

その葛藤が、トリスタンの拳をギュッと握りしめさせた。

ユリウスはブレスレットを握りしめ、アルセリオに向き直った。

「ありがとうございます、学院長」

そして、心配そうに自分を見つめるトリスタンに微笑みかける。

「大丈夫ですよ、先輩。必ず帰ってきますから」

その言葉は温かく、トリスタンの胸に染み込んだ。彼はただ、強く頷くことしかできなかった。

「……うん。待ってる。絶対に、無事で帰ってきて」

その声には祈るような切実さが込められていた。

こうして、ユリウスは単身、山岳都市グラナ・ベルクへと向かうことになった。トリスタンは彼の背中が見えなくなるまで学院長室の窓から見送り続け、やがて強く決意した。

「……強く、ならなきゃ。次は、絶対に……」

彼の拳は、先ほどよりもさらに強く握りしめられていた。

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