ユリウス・クラウディール
薄暗い執務室に暖炉の火が揺らめいていた。準男爵ルーデアス・クラウディールは書類の山に埋もれながら眉間に深い皺を刻んでいた。商業取引で築いた財力と巧みな社交術で爵位を手に入れたものの、血統を重んじる古参貴族たちの視線は常に冷たかった。
「ユリウス」
父の声は低く重かった。十四歳になったばかりの次男は、背筋を伸ばして応えた。
「はい、父上」
金髪が暖炉の光に輝く。碧眼は鋭く理知的だった。
平均よりやや低めの身長、身体つきは細くもしなやかな筋肉質な体躯をしている。幼さの残る顔立ちは一目では女性と間違われることが多い美しい見た目をしている。
誰も表立って口に出さぬが、この次男こそが真の天才だと領内では噂されていた。
「来春からレギア・レオニス学院へ入学せよ」
突然の命令にユリウスは微動だにしなかった。あの学院の名は領地でも有名だ。かつて両国が手を取り合って魔物の大群を退けた記念に建てられた場所。今では対立の最前線となりつつある学び舎。
「……ありがとうございます!!分かりました!」
ユリウスの瞳はキラキラ輝いている
古代魔術が盛んなレギア・レオニス学院。
そこで色々なものを学べるのだ!
父は少し心配そうな顔をしてユリウスを見つめた。
「あそこは我らがヴァルデール王国と、獣の国アストライアの国境に建てられている。そして、両国は年々関係が悪化していっているのだ」
ルーデアスはため息きながら続ける
「一度戦争……となれば、学院はたちまち最前線と化す。その意味がわかっているのか?」
そう問う父に
「はい!大丈夫です!」
と、元気よく答えるユリウス。
「分かった……くれぐれも無茶や悪目立ちはしないように」
「分かりました!父上!」
そう言ってユリウスは自分の部屋に戻って行った
「あぁ……本当にわかっているのか?」
そんな言葉が頭を抱える父から漏れていた。
***
ユリウスは自室に戻ると机に座りノートを開いた
「ふふふっ!学院に入ったら沢山本が読めるぞ!魔法の練習もし放題だろうし……そうだ!あの実験もやりたいんだ!」
ユリウスはニコニコしながら計画を練っていく
「そうだ!ついでに古代魔法の研究も進めることが出来るかも!!!」
そう言いながらユリウスは眠りについた……
***
翌朝、ユリウスは荷物を詰め込んだ小さなカバンを肩に掛け、家を出た。兄フラナルは複雑な表情で弟の頭を撫でた。
「無茶はするなよ、でもせっかくだから学園生活を楽しむと良い。皆と仲良くな」
「はい!本をいっぱい読んで来ますね!友達ができたら紹介します!」
ユリウスは学院への期待に胸を膨らませていた。
次に姉のドナがユリウスを抱きしめる。
「お父様はああ仰ったけれど、貴方ならどうせいつでも帰ってこれるのだから心配はしていないわ。それよりも軽率に行動をしてはダメよ、自重なさい」
優しくも後半は少し厳しく忠告した。
ユリウスは姉を抱き返しながら
「はい!自重します!」
と強く返答した。
最後は父ルーデアスがガシッとルーデアスの肩を掴み前後に揺さぶる
「姉さんの忠告を本当に理解したか?くれぐれも無茶をせず、大人しく、平穏に過ごす様に!何かしでかした時はすぐに戻ってきて報告しろ!」
「わ、わかりました。でも大丈夫です!僕ももう常識は弁えていますので!」
そう笑顔で微笑んだがルーデアスは心底心配そうな顔を崩すことはなかった。
***
数日の平穏な旅の後、乗合馬車の狭い客席。隣では村娘が裁縫仕事をしている。窓の外は長閑な田園風景が広がっていた。ずっと同じ様な景色ではあるが、既にクラウディール家の狭い領土からは離れている。
ユリウスは膝に本を置き、魔術理論に関する内容に没頭していた。
(……ふむふむ。この術式の発動条件は……)
突然、甲高い悲鳴が響いた。馬車の御者が顔色を変えた。
「魔物だ!皆様、伏せてください!」
ユリウスは冷静に目を閉じた。聴覚を研ぎ澄ます。遥か前方、大きな翼が空を切る音。地面に落ちる血の匂い。どうやら大型の鳥型魔物らしい。
現場は混乱し、馬車から続々と人が飛び降りて避難し始める。
避難誘導含めかなり手際が良い
(任しておいて大丈夫かなー……)
そんな事を考えていた矢先
魔力強化したユリウスの耳がピクッと反応する。
ここからかなり離れた場所から悲鳴が届いたのだ。
(こっちは放っておいたら不味そうだな)
ユリウスは馬車を降りて物陰に身を隠し、手を組み意識を集中させる。
ユリウスは風の魔術で加速して飛び出していった
その速度は通常の人間の速さではなくまるで一筋の矢のごとき速度であった。
現場に到着するとそこは惨状だった
大きな鳥の魔物が嘴を開けて1人の村人を食べようとしているのが見える
(良かった、間に合った……)
ユリウスは腰にある剣を抜き勢いを殺さぬまま駆け出した。村人はもう諦めて目を瞑っている。
だが、次の瞬間
パサッ と音と共に村人の目の前にユリウスが現れた
「あっああっ!」
村人は何が起きたのかも分からないまま腰を抜かし風圧で尻餅を付いてしまっている
そんな村人には目もくれずユリウスは魔物に剣を突き刺す
「ピギャャヤヤァ!!」
魔物は悲鳴を上げるとユリウスに襲いかかる。
だがユリウスはひらりと身を翻し躱してしまう
「ふふっ」
そんな笑い声がユリウスから溢れた
(大きいけど普通の鳥と同じなんだなぁ〜)
ユリウスは目の前の巨大な鳥の魔物を見て目をキラキラさせていたのだ。
そんなユリウスを見た魔物は本能的に目の前の生物が自分よりも強いのでは?と感じ警戒していた。そんな隙を見逃すはずもない
ユリウスは手に持つ剣に魔力を纏わせると跳躍する。
そしてそのまま首を一刀両断に切り裂いたのだ
ズドン!!という音と共に大きな体が地面に倒れる。
(やった!やっぱり魔力強化すると切れ味が違うな)
ユリウスは満足げに頷くと怪我をした村人の方に歩み寄る
「あっああ、、ありがとう……君のお陰で助かったよ」
「どういたしまして。僕は大したことしてませんよ。あなた方に女神の祝福があらんことを」
そう言いながら治癒魔術で怪我を治していく
「あっいやちょっと待ってくれ!せめて名前だけでも!」
「僕は旅のものですから気にしないで下さい」
ユリウスは軽く会釈をしてその場を後にした。
(ふぅ。さっきの鳥、サンプルに良さそうだったけど持ち帰ると目立つし置いて行くしかないか……)
そう考えながらユリウスは乗ってきた馬車に向かって帰っていった。
***
馬車に戻ると現場は後片付けと付近の捜索で慌ただしくしていた。
騒ぎに乗じてバレないように付近の岩陰で分身体と入れ替わる。
(ふぅ。なんとか入れ替えできた。後は護衛の人達がちゃんとやってくれてれば問題ないな)
そう思っていた時だった。馬車から離れていた護衛達が慌てて戻ってくるのが見えた。
「緊急事態です!付近に魔物の巣が発見されました!」
ユリウスはその報告に少しだけ期待したがすぐに考え直す。先ほど倒した魔物の仲間がいるかもしれないと考える護衛達を横目にユリウスは再び読書に戻る。
(これは……何度読んでも面白い本だなー)
彼は周囲の緊迫した空気も忘れて本の世界に没頭していった。
***
数時間後、馬車は予定通り進み始めようとしていた。
護衛達は疲労困憊の様子だが、安全は確保されたようだ。
(まあよかった)
ユリウスはカバンに本をしまいながら小さく息を吐いた。
(それにしてもさっきの魔物……もっと詳しく調べたかったな)
彼の脳裏には巨大な鳥の姿が焼き付いている。その鱗のような羽毛の質感や骨格の構造について思いを巡らせながら窓の外を見つめた。
(……次はどこで出会えるかな)
馬車はゆっくりと動き出し、新たな学園生活への第一歩を踏み出したのであった




