第74話 エシャの覚醒①
お盆も過ぎて、大河は東京に戻り、夏子はニューヨークへ旅立った。
夏子の目的はニューヨークにある美術館だが、この時期は公園や各所で無料のコンサートや演劇が行われたり、マンハッタンから橋を渡ったブルックリンでは屋外グルメイベントなどが行われるらしく、そう言うのも楽しみにしてると話していた。美術館は、メトロ〇リタンやMo〇Aと言ったメジャー所も楽しみだが、何よりもグッゲ〇ハイム美術館を楽しみにしているらしい。
私はと言えば、特別な事は何もなく、いつも通り過ごしている。
毎朝、モモ太の散歩をして、銀ちゃんと手を繋いでお喋りして、ギンちゃんと一緒にエバンズ家に戻り、ギンちゃんと遊んで、時には来海ちゃんと遊んで、はたまた時にはアルバイトをして、のんびりと夏休みを過ごしている。
銀ちゃんがご飯を食べられるならば、もっと料理を覚えたいという意欲も湧くのだろうけど、イムナさんの話では、銀ちゃんは食物の消化にオーラを大量に消費するため、エデン外では食べ物は口にしない方がいいということだった。お茶を少しくらいならば問題はないそうだが。
とは言え、私は、こんなにのんびりしていても良いのだろか?
来海ちゃんですら、二週間の水泳集中講座で自分の限界に挑戦し、小学一年生にして50メートルを泳ぎ切った。お迎えに行った時に見せてもらった、クロールのフォームは美しかった。
ピアノ教室は、練習が嫌だと言ってもうやめると言っていたが、大河に教わって再びピアノの楽しさに目覚めたのか、毎日、同じ曲を弾いている。
お盆の間、来海ちゃんは本間さんと一緒に函館に行っていたが、本間さんが戻って来る時に一緒に戻って来た。そして、小学校が夏休みでも、本間さんのお仕事は通常通りのため、来海ちゃんは殆どジョシュアさんの家にいる。自然と、私と一緒に居る時間も多くなる。
そう言えば、今、私がアルバイトでやり取りしている方々は、もとはと言えば来海ちゃんのお客さんだったはず…来海ちゃん、私の仕事手伝ってくれないかな~何て、馬鹿なことを考えてしまった。松本 仁香さんだった時の記憶はないし、まだ七歳なので、無理に決まっている。
来海ちゃんは、私の隣で夏休みの宿題の絵日記を書いている。
夏休みに入ってから、ずっと書いていなかったようで、ネットでここ一か月間の天気を調べて上げたら、それを一ページずつ書き込んだ。その後は、ジョシュアさんに、自分がいつ何をやったかを教えろと言っていた。
来海ちゃんは頑張り屋さんだけど、大雑把だ。
ジョシュアさんはが自分のスマホで撮った写真や、本間さんや、来海ちゃんのお母さんから送られてきた写真などを確認しながら、わかる範囲で、何日にどこに行ったとか、何をしたとか、何を食べたとかをメモしてあげていた。
やっぱり、マメな男だ。
その情報をもとにして、絵日記を仕上げている。ちょっと読ませてもらったけど、絵と日記の内容がかみ合ってない日もある気がする。皆とジンギスカンを食べに行ったと書いてある日の絵が、なぜか茶髪の女の人と一緒にアイスを食べている絵になっている。茶髪の女性の目の中には星が飛んでいる。美人を表現するときに来海ちゃんが使う技法だ。函館の親戚一同とジンギスカンを食べて、親戚の美人のお姉さんと一緒にアイスも食べたのかもしれない。ジンギスカンの絵は難しいから省略するための戦略か?
絵は、小学生にしては上手い方かな。小学生の絵を見ることが余りないから、判断がつかないけど。
「上手だね、それは海鮮丼?」
「うん、そう。」
そう答えながら、無心に描いている。
函館では美味しい海鮮丼やジンギスカンを家族と食べたのだろう。お盆の時は、茉央君も一緒にお外にご飯を食べに行ったと話をしていた。
暑い日中、ギンちゃんはお散歩を控えて家にいる。エアコンの効いた部屋で、来海ちゃん、ギンちゃん、私の三人で過ごしていることが多い。まあ、これはこれで楽しい。そして、今日は花沢さんがお昼を準備していて、夏野菜とチキンのバジル焼きと素麺だって言っていた。ああ、お昼が楽しみ。
皆で、楽しくワイワイとお昼を食べて、アイスを食べて、ギンちゃんを傍らに一休み。
ああ、幸せだな。午後はのんびり、来海ちゃんの宿題の手伝いでもしよう。
来海ちゃんが絵日記を書いている横で、恐竜の立体パズルを組み立てた。夏休みの自由研究として来海ちゃんが選んだものである。私が組み立てた後、来海ちゃんはこれに色を付けるらしい。
必死に絵日記に没頭する来海ちゃんに目をやると、顔が赤い気がした。
「来海ちゃん、気分悪くない?」
集中し過ぎて、のぼせちゃったのかな?
「あたま、いたい」
そう言って、手をとめた。
彼女の頭に手を当てると、すごく熱い。
「来海ちゃん、お熱あるかも。ちょっと待っててね。」
花沢さんが体温計を持ってきてくれて、熱を計ると39度あった。
「病院に行った方がいいわね。」
花沢さんの車でかかりつけのクリニックに行った。
特にこれと言った診断はつかず、解熱剤をもらって帰って来た。安静にして、沢山お水をとって、頭や体を冷やしてあげて下さいとのことだった。
この夏休みは、函館に行ったり、プールに通ったりと彼女なりに忙しかったのだろう。それに、今日は夏休みの宿題を朝からずっとやり続けて、貯まっていた疲れが一気に出たのかもしれない。
来海ちゃんのお父さんの本間さんも今日は早めに帰って来るけど、また明日仕事があるので、この家に泊まることになったらしい。
クリニックから帰って来て安静にしているけど、益々、来海ちゃんの具合は悪くなっているように見える。熱で苦しいのか呼吸が苦しそうに見える。
ジョシュアさんが横に座って声を掛けると、ちょっと安心したような顔をした。でも、やっぱり苦しそうに見える。
「明も心配だろうけど、本間さんと僕で看病するから、夕飯食べたら家に帰りなね。」
私が居ても、役に立つことなんてないのだから、帰った方が良いのかと思いながらも、やっぱり心配だから、もう少しここに居ようと思った。こんな時でも本当に夕飯を食べ行っても良いのか…とちょっと気兼ねしてしまった。
ジョシュアさんが席を外している間、来海ちゃんの横に座ってスマホで子どもの発熱の原因を調べた。だけど、特にこれだと思うようなものは無かった。
「お水」
苦しそうにそう言いながら、来海ちゃんが起き上がった。
「お水がいい?ジュースとかスポーツドリンクもあるよ」
「お水がいい」
ペットボトルから紙コップに水をついで、来海ちゃんに渡した。来海ちゃんはその水を一口飲んだ。そんな彼女の背後に何か黒いものが見えた気がした。目の錯覚かな?と思った瞬間、彼女の手から紙コップが落ちた。彼女は両手で頭を抱えながら
「頭が…痛い…われそう…うぐぐうう…」
両手で頭を抱えながら、うずくまる彼女の背中をさすろうとした。
「来海ちゃん、だい…」
黒い羽?
彼女の背中に黒い大きな大きな黒い羽が生えている。生えてきたと言うよりは、急に現れた様に見える。
「…なに…これ」
呆気にとられる私の足元に、いつの間にかギンちゃんが座っていた。窓から入って来たのかな?換気に開けてたんだっけ。
「ギンちゃん…」
ギンちゃんが来海ちゃんの布団の上に飛び乗った。
来海ちゃんの頭や腕をカリカリと軽く引っ掻いた。遊んで欲しい時にやる仕草だ。
「ギンちゃん、今はそう言う状況じゃないの、降りて。」
そう言っても、ギンちゃんは聞く耳を持たない。
今度は彼女のお腹の辺りに自分の頭をグイグイと押し入れている。
「ギンちゃん、それどころじゃないの、やめて。」
それでも、ギンちゃんは止めてくれない。
「どうかしたの?明ちゃん」
部屋の外で花沢さんの声が聞こえた。
「何でもありません。ギンちゃんが、来海ちゃんの布団に乗っちゃって。でももう大丈夫です。」
そう答えた。しかし、花沢さんは扉を開こうとしている。
この羽は花沢さんにも見えてしまうのだろうか?だったら、物凄~くまずいんでないかい?
暴走するギンちゃんを横目に、一先ず扉の前に立ち、扉を押さえながら、
「そう言えば、さっきジョシュアさんが花沢さんを探してましたよ。急用だって。」
「そうなの?変ね、さっき、ジョシュア君に会った時はそんなこと言ってなかったけど。」
え?さっき会ったの?そう思って焦っていると、花沢さんが扉の前から遠のいて行く足音が聞こえた。
ほっと一安心したが、頭を抱えて唸り続けている来海ちゃんを何故かギンちゃんが攻撃し続けている。
どうしよう、何をしよう、ギンちゃんをとめなくちゃ、いや、それよりも来海ちゃんをどするばいいんだろう?本当に辛そうだ、羽は…薄くなったり濃くなったりしているような気もするけど、羽って体から生えて来るものじゃなくて、こうやって薄くなったり濃くなったりするってことは…
いや、今はそんなことよりも!
スマホを手に取り、ジョシュアさんに電話を掛けた。数回コールした後に留守電になった。
「何やってるの、こんな時に!」
そう言いながら、メッセージを送った。
「来海ちゃん、深呼吸しようか、深ーく息を吸ってみよう」
そう言いながら、頭を抱えて唸り続ける彼女の肩に手を置いた。
「痛いよ、痛いよ…明お姉ちゃん…」
助けを求められれるのに、何もしてあげられないのがもどかしい。
「一度落ち着こうね。深く息を吸ってみて」
これは救急車事案だけど、この状況じゃ呼べないよなあ…
ジョシュアさんメッセージ読んでくれたかな?早く返事してくれよ。
ギンちゃんが攻撃の手を止めて、こちらを見つめている。何か言いたげだ。
「ギンちゃん、どうしたの?今日は変だよ」
それでもギンちゃんは黙ってこちらを見つめている、心なしか必死な表情にも見えるんだけど…ごめん、本当に何を言いたいのか分からないんだ。
「明ちゃん」
花沢さんの声だ、どうしよう。ジョシュアさんに会って急用なんて無かったことがバレちゃったのか?
「買い物に行くんだけど、何か必要なものある?」
「え?ああ、特にありません」
「そお、じゃあ、来海ちゃんが食べられそうなもの探してくるわね」
「はい、お願いします」
そう答えると、花沢さんが遠ざかっていく足音が聞こえた。
ホッとして振り返ると、ギンちゃんが私の足元で何かを懇願するような顔でこちらを凝視している。
「ギンちゃん、本当に変だよ…」
来海ちゃんの事で何か私に伝えたいのだろうか?
そう思った次の瞬間、部屋の扉がバタンと大きな音と伴に開いた。
「来海!」
そう言いながら、ジョシュアさんが駆け込んで来た。
引き戸で良かった…押戸だったらギンちゃんと私はあの勢いで押し飛ばされてただろう。
大きな大きな黒い羽が生えた来海ちゃんの姿を見て、流石の彼も一瞬たじろいたが、直ぐに、来海ちゃんを抱きしめて声を掛けた。
「来海、心配いらないよ、大丈夫」
「…頭が割れそう、助けて」
そう言って来海ちゃんは彼にもたれ掛かった、やっぱりジョシュアさんが来て安心したのだろう。ちょっとホッとしながら二人を眺めていると。
「明、ギンちゃんを連れて家に帰って、あと、花沢さんにも今日はそのまま家に帰るように伝えて。来海の病気が感染症の可能性もあるから、ここには帰ってこないようにと言えば、彼女も分ってくれると思うから。」
え?
ギンちゃんを連れて家に帰れって?
「明、ありがとう。ギンちゃんをよろしくね。」
ジョシュアさんは一言だけそう言って、微笑んだ。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
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