第73話 海へ、二人だけで
誰にもばれないように、二人だけで海へ…
その為には母に車は借りられない、借りれば理由を聞かれる。
一人で海に行くなんて言ったら、「え?」って言われるだろう。
夏子や大河と行くといったら、速攻、夏子や大河に「よろしくねぇ。うちの子運転下手だから~」などと連絡してしまうだろう。
そうなるとやっぱり電車で行くしかない。時間はかかるけど、その方がいい。
ギンちゃんを連れだすのは問題ない、ギンちゃんはいつも昼間はお散歩をしているから、その間に私と海に行った所で、今日はちょっと帰りが遅かったんだねくらいの事だろう。
夏の朝は早い、四時半ころにはもう明るい。五時過ぎにギンちゃんと神社で今日の打ち合わせをして、その足で駅に向かった。六時台の電車に乗れる。背負えるキャリーバッグを買っておいたので、そこにギンちゃんを入れて駅に向かった。ギンちゃんは重たいけど電車に乗るまでの辛抱だ。
改札の手前で、背後から大河に声を掛けられた…
なぜこんな時間にここにいる?
「あれ?明どこいくの?学校?」
…学校?そうだ、学校って答えればいいんだ。
「うん学校。」
「僕は大町駅まで。じゃあ、一緒に行こう。でも、どうしてギンちゃんも一緒なの?」
私の背中に背負ったキャリーバッグを指さして尋ねた。透明になっている部分があって、そこからギンちゃんの顔が見えている。
「夏休みだから、人いないだろうし、ギンちゃんに大学を見せてあげようかなって…」
「ふーん。猫に?大学を?見せるの?何のために?」
下手な言い訳は藪蛇だ。出来るだけ言葉少なめに返さないと。
「ギンちゃんのためって言うよりは、私の自己満足かな。ははは。」
「へー、そうなんだ。明って変わってるよね。」
「そうかな?」
お前も十分に変わってるだろう…そう思ったけど、言い返すのはやめた。
電車が来たので、二人で乗り込んだ。
大町駅でトイレに行くとか言って、大河と直ぐに別れよう。そしたら、電車を乗り換えてギンちゃんと二人きりで海に向かおう。
大町駅に着くと私は直ぐにトイレに行くと言って、大河と別れようとしたが、トイレが故障中で改札の外のトイレに行って欲しいと言われた。こんなことあるか普通?小部屋の一つや二つが壊れているならともかく、構内のトイレが全て使えないって…どんな状況じゃ!
「初めて見た、全部使えないなんて。仕方ないから改札の外に行こう。」
大河がそう言った。大河もトイレに寄って行くらしい。一緒に二人で改札を出た。
トイレに行く途中、大河がおもむろに話し出した。
「明、大学って急ぐの?」
「え?まあ…」
「そうなんだ、実はさあ…」
そう言って、今日、この電車に乗った理由を話し出した。
「夏子がバイト先の先輩とプールに行くんだって。しかも二人で行くことになったらしくて…いきなり男女でプールっておかしくない?」
「え?」
そんな話聞いてない…いや、バイト先の友達と大波市の大波プールに行くって話は聞いた。そう言えば今日だったかも、でも先輩と二人だなんて言ってなかった。
「明は聞いてないの?」
「バイト先の友だちと行くって聞いてたけど、先輩と二人でとは聞いてなかったなぁ…」
「そうなんだ…昨日の夜、夏子から電話があって、急に他の子たちがいけなくなって、先輩と二人でいくことになっちゃったって…行くなとも言えないしさあ、でも、ちょっと心配になっちゃってさぁ。」
確かにそれは心配になる。先輩ってどんな人なんだろう?大河は大波プールに向かうのだろうか?大町駅から無料バスが出ていたはずだ。
「大河は大波プールに行くの?」
「悩んでるんだよね…僕の出る幕じゃないしさあ。夏子がその先輩の事好きならば、全然いいんだけど。」
夏子から、その先輩の話を聞いたことは余りないと思う
「うーん、夏子って好きな人のこと直ぐに話したがるからなぁ…私はその先輩の話を聞かされたことはあんまりないなぁ…興味ないんじゃないかな?」
「そうなの?」
何だか私も心配になって来た。
でも、昨晩、夏子は電話で大河にその話をした…ってことは、もしや、夏子は大河の事を試しているのだろうか?
「行ってみようか。」
ああ、折角、ギンちゃんと海に行く予定だったのに、でも、夏子のことも心配だ…いや、夏子は大人だ、彼女が誰とデートしようが干渉することじゃないのかもしれない。でも、やっぱり心配。
「いいの?学校は行かなくて大丈夫なの?」
そう言いながらも大河の目が輝いている。
「うん、学校は大丈夫だよ。」
そう、そもそも学校に行く予定なんてなかったし、学校の方は行かなくて大丈夫だよ。でも、ギンちゃん、銀ちゃんごめんなさい。海じゃなくってプールに向かいます…
「ギンちゃんはどうするの?連れて行くの?」
「私はプールに入る訳じゃないから、ギンちゃんと一緒に外にいるし…でもバスに乗れるかな?」
無料バスが出発するのは八時、まだまだ時間がある。
「早く来すぎちゃったなぁ…あ、僕、持とうか?」
とギンちゃんの入っているキャリーバッグを、大河が持ってくれようとしたが、やんわりと断った。だって、私たちもデートの途中だから。
駅のベンチに腰を掛けた。屋内で涼しい場所を選んだ。でも、ギンちゃんが心配だ。やっぱり車の方が良かったかな、帰った方が良いかな。でも夏子のことも心配だ…
そんなことを考えていたら、大河がスマホを見ながら切れ気味に
「夏子、行かないんだって。ああ~心配して馬鹿みたいだったよ、時間返せよ!全く。」
「え?」
大河がスマホの画面をこちらに見せてきた。
[やっぱり考え直して、行かないことにした~]
「あり得なくない?電話してやろう。」
そう言って、大河が夏子に電話を掛けた。かなり切れ気味の電話だ。
「はぁ、何暢気に連絡して来てるの?
今?大町駅だよ、明と一緒。あと、なぜかギンちゃんも一緒だよ。
え?じゃあ、これからどこか行こうって?だからあんた馬鹿じゃないの!
まあいいけど、それでどこ行く?」
ギンちゃんに目をやった、今は心地よく眠ってるみたいだけど、これから暑くなることを考えるとやっぱり心配になって来た。
「私、帰ろうかな…ギンちゃんが心配だから。」
そう言うと、大河が
「夏子が車出せるって。車ならばギンちゃんも大丈夫じゃない?夏子の家の最寄り駅まで行けば迎えに来るって。」
それならば良いかも。冷房をガンガンにしてもらえばギンちゃんも快適かもしれない。
「それならば、良いかも。」
「明はどこか行きたい所ある?」
そう聞かれて咄嗟に答えてしまった。
「海」
「海かぁ、いいね。
夏子、海に行こうよ。
え?どこでも良いよ、近い所。」
そんなこんなで、私たちは海に向かうことになった。
でも、今回もみんなと一緒。二人きりじゃない…まあ、良いか。
夏子の家の最寄り駅で、夏子が運転する車に乗り込んだ。
「ギンちゃんのために、オヤジの車を借りて来たよ。」
黒光りする大きなワゴン車だ。夏子も中島さんと同じく大きい車の方が運転しやすいと言っていた…信じられない。
「すげー、これならギンちゃんも快適だね!」
キャリーバッグから出たギンちゃんが大きく伸びをして、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら辺りを見渡した。直ぐに、私の膝の上にのってまた眠ってしまった。
高速に乗ってあっという間に海に着いた。海水浴をしている人が沢山いた。
駐車場に車を停めて、二人は更衣室に向かった。
私は銀ちゃんを抱えて浜辺を歩いた。
「銀ちゃん、これが地球の海だよ。夏の暑い時期には海水浴をするんだよ。あっちにあるのが海の家、あそこでかき氷を食べるんだ。」
そんなことを説明しながら、暫くギンちゃんを抱えていた。
「明!」
二人が水着に着替えて走って来た。
夏子は背が高くてスタイルが良い、チェックのビキニも似合っている。大河もこう見るとカッコいいのかも。お似合いの二人である。
「私も水着を持ってくれば良かったな。」
今日は、ギンちゃんと二人で浜辺を歩くつもりだったので、水着は持ってきていない。それに、体育の授業で着ていた競泳用の水着しか持っていない。
夏子の水着はビキニだけど、上がキャミソールみたいになっていて、パンツはハイウエストになっている。水色と紫のチェックのスポーティーなタイプ。お洒落で可愛い。私も、可愛い水着を着てみたい。
二人は海に入って行った。私も、足まで水につかった。水がひんやりとして心地よかった。
人気がない岩場の方へ行って、ギンちゃんと一緒に海水を覗き込んだ、小さな魚が沢山泳いでいる。ギンちゃんは大きな目をより大きくして、魚を目で追った。
岩場から戻ると、二人は服に着替えていた。
「あれ、もう海水浴は良いの?」
「うん、お昼食べよう。私は焼きそばが良いな。大河は?」
「僕も焼きそば。」
三人で焼きそばを買って、エアコンがガンガンに効いた車内で食べた。ギンちゃんもおやつとカリカリご飯を食べた。
帰りに道の駅に寄って、アイスクリームも食べた。
「家まで送るよ。でさあ、今日、明の家に泊めてよ。」
「いいよ。」
「えーいいな、僕も泊めてよ。」
「いいよ。」
結局は、楽しいドライブとなった。
先ずは、エバンズ家に寄ってギンちゃんを降ろした。
「四人おそろいで、どこかにお出かけしてたの?」
ジョシュアさんが尋ねてきた…四人?ギンちゃんの事か…黙って連れ出しちゃったからなあ、何か言われるかな?海に連れて行ったとは言えない…
「海に行ってきたんです!」
大河が嬉しそうに答えた。ああ、言っちゃったよ。
「え!いいな。僕も行きたかったな。」
「え!じゃあ、今度、一緒に行きましょうよ!」
「じゃあ、次は、六人でデートだね!」
「六人?」
大河が不思議そうに言った。
「ギンちゃんと明、夏子と大河、そして来海と僕!」
「…まあ、それでも良いですけど。どこも付き合ってないでしょう、それ。」
大河は理解に苦しんでるような表情だ。
一先ず、ギンちゃんのことは何も言われなくてホッとした。
その日は、エバンズ家の庭で、ギンちゃん、モモ太を入れた七人でバーベキューをすることになった。
買い出しの途中で、来海ちゃんのお父さんから電話があり、途中で合流出来ることになった。電話を切った後、ジョシュアさんは大急ぎで肉コーナーに戻り、大量に肉を追加投入していた。
知ってはいたけど、来海ちゃんのお父さんの食欲は凄かった。来海ちゃんもよく食べた。勿論、他の皆もよく食べて、良く笑った。そして、ギンちゃんとモモ太も味の付いていないお肉をはむはむと美味しそうに食べた。
銀ちゃん、ギンちゃん、二人きりで海には行けなかったけど、地球の海はどうだった?
今度こそは、二人きりでどこかに行きたい!
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