第72話 本間柊一との出会い
ギンちゃんとの楽しい数日間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
父と母も猫のいる生活に癒されたようで、ギンちゃんが帰ってしまう事をとても残念がった。モモ太もギンちゃんとエアコンの効いた部屋でのんびり過ごす生活が心地良かったのだろう、ギンちゃんが帰ってしまう日には何だかソワソワしていた。
「ありがとう、助かったよ。ギンちゃんも楽しかったんじゃない?明と一緒に過ごせて。」
ギンちゃんのベッドやフードなどお泊りセットを車に積みながら、ジョシュアさんが私とギンちゃんにそう言った。
このまま預かり続けても全然いいのだけれど…でも、ギンちゃんは夜は馬場家で寝てたけど、日中はエバンズ家に帰って扉をガリガリやったり、庭の日陰で昼寝をしていた。もしかしたら、ギンちゃん自身はいつもの環境が恋しかったのかも。
ジョシュアさんはうちの母にも礼を言い、お土産のチーズケーキと函館中納言と引き換えに、ギンちゃんを連れて帰って行った。
このお菓子、函館中納言って言うんだ?!九州のデンデン太鼓も美味しいけど、こっちは表面の砂糖のシャリ感がたまらないんだよなあ~。
来海ちゃんのお母さんは、もう少し過ごしやすくなる秋頃にこちらに帰って来るらしく、来海ちゃんはそれまで、お父さんと二人暮らしである。とはいえ、お父さんが仕事で遅くなる日や土日祝日は、エバンズ家にいるんだけど。
来海ちゃんのお父さんの名前は、本間 柊一さん。
不動産会社にお勤めで、六歳年下の美人の奥さんがいらっしゃる。七歳になる来海ちゃんと、生まれたばかりの茉央君のお父さんだ。今、正に人生の幸せの絶頂期にいることは間違いない。
容姿は悪くはない方だと思うし、背が高くて、細身ですらっとしている。でも、何だろう、どこか漂う社畜感が拭いきれない気がする。というか、勤務状況を聞くと、多分、社畜なんだろう…
詳しい業務内容は存じあげないけど、土日は物件紹介や内覧付き添いがあるので、基本お休みは平日になるらしい。来海ちゃんと二人暮らしになってからは、八時、九時くらいまでに帰ってくるようになったが、以前は十一時以降が当たり前だったそうだ。泊りの出張も月に数回あるらしい。平日の休みは日頃の睡眠不足を補うべく昼くらいまで寝てしまうらしいのだが、今は、朝、来海ちゃんを小学校に送り出してから二度寝するそうだ。どうにか月に一、二回土日に休みをとって、来海ちゃんとお出掛けしたりと頑張っている様だが、本当に、社会人って大変なんだな、と思ってしまう。
そんな本間さんとジョシュアさんの出会いは、大町市にある海外ハンバーガーチェーン店だったそうだ。
ジョシュアさんはそこの千キロカロリー近いハンバーガーが好きで、大町市にやって来たばかりの頃はそこで良く食事をしていた。
そのハンバーガー店が入っているショッピングモールに本間さんの不動産会社の支店が入っていて、土日祝日や繁忙期は応援で本間さんもその支店に勤務していた。そして、本間さんもそこでよくお昼を食べていた。
ジョシュアさんはエディンバラにある大学を出て、仲間三人と立ち上げた会社の仕事をノマドワーカーしながら、エシャさんを探つつ観光旅行していた。いつも手掛かりなくプラプラ探していると自然と引き寄せられて出会えることが多く、今回も当てもなくプラプラ旅をしていて、何となく大町市やって来た。
本間さんがお店に入って来るのを見て、何となく気になったと言っていた。
彼はどんよりとした疲弊のオーラを放ち、自分と同じハンバーガー二つとエナジードリンクを注文し、二千キロカロリー越えのそれらを掻っ込むように平らげ、あっと言う間に去って行った。去っていく彼の背中に孤高のフードファイター魂を感じた。
彼の食べっぷりを再び見たいと思い、次の日もそのお店に行った。彼はやって来た。
遅めのランチと言った時間だ。昨日と同じメニュー、昨日と同じ席、昨日と同じファイティングポーズで二つのバーガに向き合い、意を決したように包を開けて、かぶりつく。その姿、その気迫、正に鬼神!(この辺の下りは、ちょっと本間さんを馬鹿にしてないかいと思ったが、ジョシュアさんがそう言うのだからそう思ったのだろう…)
ジョシュアさんはその鬼神に声を掛けたくなった。
「僕も、ダブルチーズ好きなんです。うまいですよね。」
そう声を掛けると、本間さんが手をとめてこちらを見た。
彼が持っているバーガーはダブルじゃない、トリプルだ…パテが三枚、そしてチーズじゃない!クワトロチーズだ!これはもう二千五百キロカロリー越え!
「…そ、そうだね、うまいね。」
そう言って、本間さんは困ったような微笑みを浮かべた。見ず知らずの外国人に急に話し掛けられて、ちょっと困ってしまったのだろう。
「いつも二つ食べるの?凄いね。」
そう尋ねると、細身の本間さんから信じられない言葉が
「そうだね、二つは食べないと物足りないから。やっぱり、ポテトも頼めばよかったな、でも、もう時間がないなあ。」
そう言って時計に目をやった本間さんに、自分のポテトを差し出した。冷えたポテトで申し訳ないと思いつつ、
「食べきれなくて、勿体ないからどうぞ。」
本間さんの表情がちょっと明るくなった。
「いいの?」
「勿論、食べきれなくて困ってたから。」
「じゃあ、遠慮なく頂くね。」
そう言って、本間さんは冷めたポテトを美味しそうに食べてくれた。
その後すぐに、本間さんの電話が鳴った。
彼は嬉しそうに電話で話をしていた、喋り方と話の内容から、相手は彼の娘さんかなと思った。電話先からずっと女の子の声で『どすこいマッチョ』と叫んでいる声が聞こえた。
「ごめん、ごめん、娘から電話で。帰りに『どすこいマッチョシール』を買って来いって…でもそれが何だか分からなくって。どんなに聞いても、どすこいマッチョしか言わないから。知ってる?」
「ああ!それなら、ホテルの部屋にあると思う。」
丁度、エディンバラやロンドンの友人から日本にいるならば、そのシールを探して送ってくれと言われていた。ここ数週間はいろいろな場所で文房具店を巡って買い漁っていたから、そのシールを大量に持っていた。しかし、こんなシールがなぜ欲しいのか全く理解できないと思いながら買い漁っていた。
「ホテル?君は旅行者なの?」
「ええ、どこか住むのに良い所がないかと、日本を旅行してるんです。あ、シール数枚ならお分けできますよ。どうしましょうか?」
「本当にいいの?あ、僕はこういう者で…」
そう言って、本間さんはジョシュアさんに名刺を渡した。
ゴーフューチャー不動産株式会社 関東エリア営業部 課長補佐 本間 柊一
「不動産屋さんなんだ、あ、僕はこういう者です。」
そう言って、ジョシュアさんもビジネスカードを手渡した
ESH COO Joshua Evans
「COOなの?」
「三人で立ち上げた会社だから、一人がCEOで二人がCOOなの。主に企業向けのセキュリティーソフト開発とメンテナンスやってる会社で、駆け出し中ってところ。」
「へー」
お互いの連絡先を交換して、本間さんが仕事終わりにジョシュアさんが泊っている大町駅前のホテルに立ち寄って、シールを受け取ることになった。
「遅くなっちゃって申し訳ないね。」
本間さんがホテルのロビーにやって来たのは夜の九時過ぎだった。
「終電まで少し時間あるから、一杯どう?シールのお礼にご馳走するよ。」
「いいんですか?」
その後、二人で駅前の居酒屋に向かった。
「好きなもの頼んで。」
そう言いながらも、本間さんはどんどん注文していく。ごろごろチャーシュー卵チャーハン、具だくさん焼き餃子、つるるん水餃子、ジャイアント烏賊焼売、とろホッケ、絶品アジフライのタルタルソース添え、梅水晶、枝豆、ポテトのチーズ焼き、ロシア風ロールキャベツ、海鮮チジミ…
「こんなに食べられるの?」
と言いつつも、お昼の食べっぷりを思い出し、要らない心配かなと思った。
「家で食べ過ぎると妻と子どもに怒られるんだよ。だから外ではつい、好きなものを好きなだけ食べちゃうんだよね。娘も食べるんだよ、自分は怒るくせに。」
メガジョッキでビールを飲みながら娘の話をする本間さんは、昼間の疲弊オーラなど元々なかったかのような幸せオーラ全開。
「へー、何歳なの?」
「六歳、今度の四月で小学生。来海っていうんだ。可愛いだろう?」
そう言って、自分のスマホを差し出して娘の写真を見せた。
片手にまめ大福、もう片手にみたらし団子を持って、にっこりしながらポーズをとっている。
…エシャだ…
正直焦った。口に入れた梅水晶が鼻に入るかと思った…
六歳ってことは、あの後すぐに生まれ変わって来たってことか…今回は随分と早かったな。そろそろ生まれて来るか、まだ先かくらいに思ってたのに。
「えー、凄く可愛い!会ってみたいな。」
「家においでよ、シールくれたお兄さんだって言ったら、娘も喜ぶよ。」
「じゃあ、遠慮なく遊びにいくよ。残りのシール全部持って。」
結局、本間さんとは二時過ぎまで飲んで、カラオケに行った。高らかに熱唱し燃え尽きた本間さんは満足げに始発電車で帰って行った。
その後、ジョシュアさんは本間さんの家に遊びに行って買い漁ったシールを全部来海ちゃんにあげたそうだ。そして、来海ちゃんから『どすこいマッチョシールのお兄さん』というストレートなあだ名を拝命することになった。めでたし、めでたし。
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