第70話 続・あなたとキスをしてみたい②
あの後、なんやかんやと三人でチョコレートやワインを探していたら、あっという間に時間が経ってしまい、結局、寝るのが遅くなってしまった。でもどちらも国内で購入できることが分かったので、私の仕事が減ってくれた。
それでも今日は頑張って早起きして、コンビニに立ち寄って、バニラのアイスを二つ買って神社に向かっている。そして、今日はお茶ではなくコーヒーをポットに入れて来た。バニラアイスにはコーヒーが合う。
神社が見えて来た、ベンチにはまだ誰もいない、境内にも誰もいない。ちょっと早すぎたかな。
鳥居をくぐり抜けて、正面のお社を見た。それほど大きくない、どこにでもある神社って感じ。
賽銭箱の上には大きな古びた鈴があり、そこからちょっと汚れた紅白の紐が垂れさがっている。紐は途中で括られていて大人ならば難なく届くが、子どもは手を伸ばさないと届かない。
今でもモモ太は突然血気盛んになることがあるけど、一歳くらいのころは、もっともっとやんちゃで、あの紐をくわえて、鈴が取れるんじゃないかと思うほど引っ張ってしまった事があった…多分、あの後から、あの紐はああやって括られているような気がする…いや、モモ太だけじゃなくて、他のワンコもやったんじゃないかな…それで、ああなったのかもね…
なんてことを考えていたら、突然、後ろから誰かに抱きつかれた。
体が硬直するほど怖かったけど、直ぐに銀ちゃんだと分かった。
わかったら、わかったで、体が動かない。
「明、おはよう。早いね。」
そう言うと、銀ちゃんは直ぐに手を解き、何事もなかったかのように私の前を歩いて行ってしまった。
アイスが入った袋を片手に、そこに呆然と立ち尽くしてしまった。
「どうしたの?」
銀ちゃんが振り返った。
「…」
声が出ない。
銀ちゃんが心配そうにこちらに戻って来た。
「大丈夫?どうしちゃったの?」
そう言って、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。顔が近い…
「ガス欠?」
ああ?よくそんな言葉知ってるなぁ…と思いつつも、まだ声が出ない。
「えっと…こういう時はどうしたらいんだろう?地球の人間ってどうするの?一緒で良いのかな?」
そう言いながら、自分の唇を私の唇に近づけて来る…
やばい、キスされてしまう…やばくない…いや、これはそう言うキスじゃない…栄養補給をされてしまう…
幼馴染の恵麻ちゃんが、昔、ハワイの海で溺れた時に、助けてくれたライフガードのお兄さんがファーストキスだったって、自慢げに言っていたのを思い出した。外国人で凄くカッコよかったって…
それと一緒になっちゃう。
そんなの駄目だよ!絶対ダメ!銀ちゃんとのキスはそういうものじゃないんだから!
「だめー!!」
声が出た。思いもよらないほど大きな声が。
銀ちゃんが驚いている。
そして、背後から自転車の急ブレーキと人の声がした。
「大丈夫かい!」
知らないおじさんが、心配そうにこちらにやって来た。おじさんには銀ちゃんは見えていない。私が突然、一人で大声を上げたみたいに見えただろう。
私はおじさんの方に向き直り、
「…あ…虫がいたから、つい叫んじゃいました。大丈夫です。ごめんなさい。」
そう言って誤魔化した。
「何だよ、心配しちゃったよ。虫かい、そんなに大きな声出すことないだろう。」
そう言って、自転車に跨って走り去っていった。
「…虫がいたの?」
銀ちゃんが戸惑っている。
「そうじゃなくて…」
何ていえば良いんだろう…キスはしたいけど、こういうキスじゃないなんて…何ていえば良いんだろう?そもそも、そう言う事は言うべきなのだろうか?言わない方が良いのだろうか?
「ああ、もしかして急に触ったから、驚いちゃった?ごめんね。」
申し訳なさそうな顔をしている。
「そうじゃなくて…」
それもあるけど、そうじゃないの。何だか涙が出そうになる。ダメだ銀ちゃんが困っちゃうよ、堪えろ私。
「座って、落ち着こう。」
銀ちゃんがそう言って、私の手をつかもうとして、辞めた。
ああ、何だか申し訳ない気がする…気を遣わせてしまっている。そう思いながらベンチに腰掛けた。
「もう、急に触ったりしないから、安心して。今朝は、明が先に来てたから、何だか嬉しくなっちゃったんだ。でも、もうしないから。」
そう言って銀ちゃんが微笑んだ。
「大丈夫…」
ちゃんと言わなきゃ…銀ちゃんに誤解されちゃう。
「あ、それ、アイスクリーム?」
私が手にしている袋を見てそう尋ねてきた。
そうだった、今日は一緒にアイスを食べる記念すべき日だ、しっかりしなきゃ。
「そう、ちょっと溶け始めてるかもしれないけど。食べよう。」
そう言いながら、一つ銀ちゃんに渡した。自分も一つ手に取って蓋を開けた。
銀ちゃんは私の真似をしながら、蓋を開けて、中のシートを剥がした。プラスチックのスプーンで掬って、二人同時に口の中に入れた。
甘い、冷たい。溶け具合もちょうど良い。
「甘くて、冷たいね。美味しい。」
そう言って銀ちゃんが微笑んだ。私も嬉しくなって微笑んだ。
二人でアイスクリームを食べて、コーヒーを飲んで、昨日のアルバイトの話をしてたらあっという間に時間が経ってしまった。でも今日は土曜日だから、まだまだ時間がある。でも、たとえ人通りが少ない神社の前でも、昼になれば少しは人通りが増えて来る。そろそろ帰らなくちゃ。猫のギンちゃんもお散歩に行きたい頃だろう。
ああ、やっぱり、誤解されたくない。
「あのね、銀ちゃん。急だったから驚いただけなんだよ…銀ちゃんに抱きつかれたのは嬉しかったんだよ…」
そう言いながら、自分の顔が赤くなるのが分かった。
恥ずかしいけど、言わなくちゃ。そしてもうこのままの勢いで!言ってしまおう。
「銀ちゃん、手を繋いでも良い?」
思いの外、声が大きくなってしまった。
ああ、またもや恥ずかしい。
恐る恐る銀ちゃんの方を見ると、彼は自分の手を見つめている。
「はい。」
そう言って、自分の手をこちらに差し伸べた。
私はその手をゆっくりと掴んだ。大きくて冷たい手だった。彼の長い指先が私の手を包んだ。
「これでいいの?」
そう言って、微笑んだ。
「うん。」
私は小さく頷いた。
銀ちゃんの冷たい手から伝わって来る、心地よい冷たさで、不思議の心が落ち着いて行った。
手を繋ぎながら薄曇りの空を見上げて、飛んでいく鳥や流れる灰色の雲を眺めた。
「銀ちゃん、雲が流れてくね。」
私は何を言ってるのだろう?こんな時にもっと気が利いた事が言えるようになりたい。
「そうだね、何処に行くんだろう?」
「海の方かな」
「地球の海も見てみたいな」
「一緒に行こう」
「うん、一緒にいこう」
ああ、幸せだな。このまま、ずっとこうやって、手を繋いで、お喋りをしていたい。
そう思った矢先…境内に箒を持ったおじさんがやって来た。今日は随分いすぎたなぁ…
折角、幸せいっぱいだったのに。
「明、そろそろ帰った方が良いかも。」
銀ちゃんがこちらを見てそう言った。
「…うん、そうだね。」
ああ、ゆっくりデートが出来る場所ないかなぁ…
今回お話はいかがでしたでしょうか?
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