第69話 続・あなたとキスをしてみたい①
「銀ちゃんがアイスクリームを食べたいって、明日の朝、一緒に食べようってことになったんです。」
「へー、何か食べたいなんて思うんだ、あの人たちでも…そうか、一つ明の夢がかなうってことか。良かったね。」
今日は五時限目まで授業があったので、真っ直ぐ家に帰ろうかと思っていたが、この喜びを誰かに伝えたくて来てしまった。
ジョシュアさんも喜んでくれている。
大袈裟かもしれないけど、夢が一つ叶うのだ!銀ちゃんと一緒に選ぶ訳じゃなけど、彼が食べたいって言った物を一緒に食べるのだ、ウキウキしてしまう。でも、一つ心配なことが…
「所で、銀ちゃんって、何か食べても大丈夫なんですか?お茶は飲んでますけど…」
「うーん、分からないんだよね…オーラで生きてる人々だから…でも、果物を食べたり、お酒を飲んだりすることはあるって聞いたことがあるから、少量だったら大丈夫なんじゃないかな。機会があったらイムナに聞いておくよ。」
「ありがとうございます!」
少量でも良いのだ、一緒に食べるってことが重要だから。
ああ、明日が待ち遠しい、今日は早く帰って、早く寝て、明日に備えなくっちゃ。
でも、さっきから、ずっと良い匂いがしている…
「あれ、明ちゃん! 今日は来ないのかと思ってた…でも、大丈夫だよ!ハッシュドビーフだから大目に作ってあるんだ。明かりちゃんの分もあるよ。」
中島さんが私に気づいて声を掛けてくれた。
この家には台所が二つある。
今いるダイニングにも繋がっているキッチンがあって、それはそれで結構ちゃんとしている。だけど、別の場所にも独立したキッチンがあり、花沢さんや中島さんは、そっちで食事の支度をしている。
やっぱりこの家広すぎる。
普段ジョシュアさんが使っているのは、この大き目のLDKと、仕事場にしている部屋、そして寝室だけらしい。他にも部屋はあるけど、殆ど使っていないっぽい。たまに酔って帰れなくなった中島さんが泊るくらいだそうだ。
そして、この家には二階がある。何度か二階に上がったことがあるけど、どこぞの宴会場か?ってくらい広い空間がただ広がっていて伽藍としていた。
そして、地下室もあるそうなのだが、そこは本当に誰も使っていないらしく、私も行ったことがない。
何故にこんなに広い家に一人で住んでるんだろう?
来海ちゃんのお父さんの売り上げにもなるから、ここを購入したのかもしれないけど、もっと手ごろで住みやすい家があっただろうに…
初めのうちは、お金持ちだから大きな家に住むのが当たり前なのかと思っていたが、彼の金銭感覚は我々庶民と大きくかけ離れたものではないと感じているし、家やインテリアに強いこだわりを持っている様にも感じない。小学生に本マグロの中トロは贅沢過ぎると思ったけど。
「ジョシュアさん、何でこんなに大きな家を買ったんですか?本間さんが担当している物件でも、もっと手ごろな物件があったんじゃないですか?」
「うーん、確かにね。広すぎるし、管理も大変だけど、この辺って土地の値段上がってるんだよ。大町市に勤めている人も通いやすいし、ファミリー層が購入しやすい戸建ても増えていて、人口も増えている。柏木病院のような大きな病院もあるし、生活しやすいんだと思う。」
「はあ…」
「日本って、外国人の不動産購入に対する制限があんまりないから、外国人投資家なんかにこの家を売る事も出来るし、日本家屋に興味をもってる外国人は多いからね、売りたいと思ったら、自分が購入した時よりも高値で売れる可能性が高いんだよね。」
「はあ…」
「父親に高値で売り付けてもいいなって思ってたけど、親子間での売買は相続なんかも絡んできて面倒だからねえ。でも、知り合いの日本愛好家なんかに話を持って行けば、倍くらいの値段で買ってくれる可能性だってあると思う。それに、この家、上物はそんなに高くないんだよ。買手もなかなかつかなくて、価格は安めに設定されてたと思うし。」
うわー、思っていた以上にがっちりしてんな…この人…
今晩の献立はハッシュドビーフと人参のラぺ。
「ジョシュア君だけの時はこの献立が多いんだよね。どっちも楽で助かるよ。」
「へー、ジョシュアさん人参好きなんですか?」
「うん、人参は好きなんだ。」
そう言って、嬉しそうに人参のラぺを頬張っている。
ピーマン嫌いな人は人参も嫌いだと勝手に思い込んでいた。
このラぺ、クミンとオレンジが入っていて美味しい。
「割のいいバイトってなんですかね?」
来年の夏休みに夏子と一緒に大英博物館とルーブル美術館に行きたいと本気で思いつつも、アルバイトする時間があったら、銀ちゃんとギンちゃんと一緒に居たいというジレンマに苛まれている。短時間でそれなりに稼げるアルバイトって何だろう?
「明ちゃん、何か買いたいものであるの?それとも旅行?」
「来年の夏休みに、夏子と一緒に大英博物館とルーブル美術館に行きたいなと思っていて。」
「いいね、ロンドン、パリ! 来年だったら二人ともお酒飲めるの?ロンドンはビールとフィッシュアンドチップス、パリはワインとチーズ。いいな~、また行きたいな~」
流石は中島さん、良き思い出はお酒と共にかあ~
「夏子は飲めるかな、でも、私は二月生まれだから、残念ながら。」
「そっか、じゃあお預けだね…そうだ、こないだ作った梅酒、ブランデーで漬けた方は明ちゃんがお酒飲めるようになるまでとっておくよ。」
「いいんですか!嬉しい!」
今までお酒飲みたいと思った事はほとんどないけれど、それは楽しみだ。
「丁度、熟成していて美味しくなってると思うよ。それで、割のいいバイトね~…私が学生の時は、居酒屋とか飲食店とかのキッチンだったなあ、夜は時給が良かったし、賄いが美味しかったんだよね。」
「賄い良いですね。でも、夜遅いのはちょっと…」
朝は早く起きないと、銀ちゃんとお喋りする時間が無くなっちゃうから…
「そうなんだ?ねえ、ジョシュア君は何かバイトしてたの?バイオリニスト以外で。」
いや、バイオリニストはバイトじゃないだろう、本職だろう…
「えー、バイオリニスト以外で?」
おい、否定しないのか?本職だったんだろう?
「子どもの頃、バグパイプの授業があって、学校のバグパイプ持ち出して友達と一緒にキルトを着て街中で演奏したら、結構稼げたなぁ。後は、近所の犬の散歩代行とか、羊の毛刈りの手伝いとか、観光客相手に観光案内とか…大学の時は、朝、祖母の店でスコーンとかビスケット焼いたりするのを手伝ってた。他にもいろいろやったなぁ。」
「それって、アルバイトっていうより、お小遣い稼ぎって感じですね…」
「いい意味で、くそがき感が否めないね。」
そう言って、中島さんが笑った。
「クソガキ?」
ジョシュアさんが目を細めて中島さんをチロっと見た。
「たくましいって意味のほめ言葉だよ。」
中島さんがほほ笑むとジョシュアさんもほほ笑み返した。
「スコットランドは大学無償だったし、実家から通ってたし、その前にバイオリニストでそれなりに稼いでたから、アルバイトする必要が無かったんだよね。それと、日本のアルバイト事情は分からないなぁ~」
「そうですよね…まあ、おいおい探してみます。」
この世の中、うまい話しなど無いのだ。でも早く探さないと五十万円なんて貯められない、もし、来年もっと物価が上がってしまったら…もう諦めるしかないかも。
「あ! 個人輸入代行の代行みたいなことなんだけど。」
突然、思い出したかのようにジョシュアさんが声を上げた。
「代行の代行?」
中島さんが尋ねた。
「うん、昔、付き合ってた人が個人で貿易業をやってたんだけど、その時の顧客の数人とまだ付き合いがあって。僕自身が輸入代行は出来ないけど、代理で個人輸入代行業者とやりとりしたりして、そう言うのが苦手だけど海外の商品が欲しいっていう人の手伝いしてるんだ。手数料は取ってないし、仕事でもないし、急ぎでもないんだけど、月に数件対応しなくちゃならなくて、結構手間なんだよね。」
「ちょっと前に命日だって言ってお墓参りに行った人?でも何でまだその時の顧客と付き合いがあるの?しかも、利益なしのボランティアってことでしょう?」
中島さんが不思議そうに尋ねた。
「ちょっとだけ彼女の仕事手伝ってた時期があって、その流れでお願いされちゃってさあ、そのうち断ろうと思ってたんだけど、それがみんなお金持ちだったり顔が広かったりで、今の仕事の顧客を紹介してくれたり、顧客になってくれてて、もう、断れないんだよね。でさあ、それを手伝ってもらえたら助かるな~と思ったんだけど。どう?」
「へー面白そうじゃない。ねえ、明ちゃん。」
「それって、私でも出来るんですか?英語とか話せませんけど…」
「全然、簡単!英語は話せなくても大丈夫。英語のホームページを読んだり、メールのやり取りは多少あるけど、AIが要約したりメール文案をドラフトしてくれるから問題なしだよ。」
「だったら、大丈夫かなあ…」
「賄い付きだし、何と言ってもギンちゃんが一緒だよ。仕事も簡単なお買い物のお手伝いだと思ってくれたらいいから!ね!ね!」
うぐ…そこは物凄い魅力だ…美味しいごはんにお茶と茶菓子、そして、バイトしながらギンちゃんとの時間が確保できる。これは、何とも美味しい話だ…いや、そんなうまい話がこの世にあるのだろうか?
業務量は多くなさそうだから、あんまりお金にはならなそうだな。でも、何もしないよりはマシだろう。
にしても、ジョシュアさん満面の笑みで、何だか嬉しそうだな…
食後に今残っている案件を見せてもらった。
「残っているのがこの六件で…」
そう言って見せてくれた依頼メールや、メモ書きには、買い物の手伝いなどと言う生ぬるい依頼ではなく、こんな感じのスツールを数脚探して欲しいとか、フランスのどこどこの農園の何年物のワインが欲しいとか、○○時代のこんな感じのお皿がどこかにないかとか、多分デンマークだったと思うけど凄いショコラティエのチョコレートが美味しかったから探して欲しいとか…
「ジョシュアさん、これどうやって探すんですか?それに輸入ってどうやってするんですか!」
「自分でネットで探したり、バイヤーに探してもらったりして、実際の輸入は代行業者に依頼するから大丈夫だよ。探してみると国内で買える場合も多いし、どうしても見つからなかったり、輸入出来ない時は断ればいいし。そんなに深く考えなくても大丈夫!」
またもや満面の笑み…こんな業務、私に出来るのかな…重荷だよ。
「明ちゃん、私も手伝えることあれば手伝うよ。このチョコレートは直ぐに手に入ると思うよ。後で教えるよ。」
中島さんが不憫な子を見るような目でそう言った。
「中島さん、ありがとうございます…頑張ります…それで、条件と時給はどんな感じですか?」
「うちの顧客情報を扱うことになるから秘密保持契約を結んで欲しいのと、仕事するときはここで家のPCとネットワーク使ってね、それと、PCは持ち出し禁止ね。仕事は好きな時に来てやってくれれば良くて、仕事終わりにはメールで業務時間と業務進捗を報告してね。時間の割に進捗が悪い時は、理由を確認させてもらうからね。あと、時給は、最初の一か月は、1,100円でどう?最低賃金にほんのちょっと色付けした程度だけど、仕事ぶりによっては翌月から賃上げを検討するよ。でも、賄いとギンちゃん付なんだから、それでも待遇は良い方だと思うんだよね~、それで良ければ、契約書を作っておくよ。」
「がっちりしてるんだよね。ジョシュア君…」
またもや、不憫な子を見るような目で中島さんが呟く。
でも、ギンちゃんと一緒にお仕事が出来るならば、私、頑張れる気がする。
そう思ってギンちゃんを見ると、ギンちゃんは自分のベッドで大きなあくびをしていた。
「わかりました。それでお願いします。」
突然ですが、人生初のアルバイトが決まりました!ギンちゃん、応援してね。
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