第68話 ミステリーサークル⑥
「わおー、意外と夜景がきれいだね。」
フェンスに顔を近づけて、嬉しそうに夏子が声を上げている。
屋上の半分くらいがビアガーデンになっていて結構にぎわっていた。冬のあの日とは大違いである。そして、私たちはビアガーデンとは反対側から夜景を眺めている。
確か、あの人形はあの辺りに落ちていた、そんなことを考えながらそちらの方を眺めた。そして、夏子の方に向かおうとしたがどうしても足が震えて先に進めない、フェンスの近くには近づきたくない。やっぱり来るんじゃなかったなあ。
「どうしたの?」
ずっと一か所にとどまり動かない私の方に振り返って、夏子が声を掛けた。
「…何でもないよ。」
「ほら、綺麗だよ。あっちのデパートの屋上もビアガーデンやってる。ああ、早くお酒が飲める年齢になりたいよ。」
人形が落ちていたフェンスの方を見ないようにして、どうにか足を前に進めようとした時、視界の端の方にキラリと光るものが見えた…でも、あのフェンスの方向だ…見たくない…でも何だろう?
どうしても気になってしまい、視線をそちらに向けた。そのキラキラしたものがどうしても気になり、フェンスの方に歩き出した。怖いけど足は自然とそちらに向かった。足元にあるキラキラをしゃがんで手に取るとそれはパンダの形をしている。
「あれ…?」
「どうした?」
夏子がこちらにやって来た。
「ねえ、これって、博則先輩のバッグチャームに似てない?」
そう言って、手に取ったキラキラしたパンダを夏子に手渡した。
「…確かに、似てる、って言うか、後ろに名前書いてあるよ、ほら。」
そう言って、夏子がこちらにパンダの裏側を見せた。
Hironori&Yuki
「あれまあ…」
「ここで落としたのかね?それにしても凄いね!さすがは名探偵、運も味方してくれてるってことだね。」
いや、これは名探偵がどうこうって話じゃなくて、単にここに落ちていただけだから。
「博則先輩の連絡先しらないよね?一先ず、丸茂先輩に連絡しとくわ。」
そう言って、夏子はパンダのチャームの写真を丸茂先輩に送った。
数分のうちに返事が返って来て、博則先輩も喜んでいるとのことだった。
何はともあれ良かった、良かった、そして、私はここから離れたい。そして、しゃぶしゃぶを食べに行きたい。
豚しゃぶ食べ放題コースを選んだ。
自分好みにたれと薬味を数種類組み合わせることで、肉も野菜も飽きることなく食べられる。それでもちょっと飽きてしまったら、カレーやデザートを食べる。ああ、幸せだ。私、単純で良かった!
あのビルの屋上に行ったときは、どうしようかと思ったけど、もうそんなことどうでもいいや、次はワッフル焼いてアイスクリーム乗せて、白玉ぜんざいも食べたい。夏子とそんな楽しい時間を過ごし、彼女が夏休みに訪れる予定のニューヨークの話を聞きき、ニューヨークの美味しい物の話をして、気が付くとそろそろ終電の時間、ああ、お得で楽しい一日だったなと思いながら家路についた。それに、博則先輩のチャームも見つかったし、本当に良かった、良かった…
でも、何であんなところに落ちていたのだろう?
きっと、博則先輩があの場所に行って落としたのか、もしくは、あのチャームを拾った人があそこに持って行って置き忘れたのか、そんな所だろう。
そんなことを考えながらも窓に映る自分の顔を眺めて、何となくしっくりこないなって気分になった。でも、今はお腹いっぱいで幸せだから、そんなこと考えなくてもいいや、うちに帰ったら秒で風呂に入って、速攻寝るのだ。
そして、明日も頑張って早起きして、銀ちゃんと会おう。銀ちゃんとお喋りしよう。
「偶然とは言え、見つかってよかったね。でも、この世に偶然ってことは無いんだって。」
眠い目をこじ開け、早朝の神社にやって来て、こうして銀ちゃんとお喋りをしている。昨日、偶然にも博則先輩のバッグチャームを見つけた話をギンちゃんにしたら、そう答えた…偶然ってことは無いって?
「それは誰かが言ってたの?」
「うん、僕が仕えていたヌアも言ってたし、あの人もそう言ってた。」
「…仕えてた?ああ、神様が言ってたんだ?きっと、神様からしたらそうなのかもしれないけど、私たちからすればそれは偶然でしかないんだよ…」
ん?私は何を言ってるんだ?…それと、あの人って誰だ?
「確かに、僕からしても全て偶然だ。全ての事象が何らかの因果で繋がっていたとしても、僕にもそれは見えないし、分からない。だったら、それは偶然だね。」
銀ちゃんの返事を聞いて、何だかすっきりした。
そうそう、私もそれを言いたかったのだよ。ちょっとしたことだけど、気持ちが通じた様な気がして嬉しくなった。
それにしても、神様の名前って変な響き…ヌア、こないだの五番目の神様はイムナだったけ?他にもまだいるんだよね?あと、エシャとかヒオスって名前もどこの国の人よって感じ。でも、ユーリーは知的で優しい感じがする響きだな~やっぱり銀ちゃんは一味違うな~ あ、そうそう、それであの人って誰?
「それで、あの人って誰なの?」
「ヤガのことだよ。ヤガはヌアの妹だけど神じゃない、神使でもなかった。だけど何故かエデンにいたんだよ。変わった人だった、変わった…可哀想な人…」
「可哀想?」
「うん、上手く言葉に出来ないけど…そう思った。ずっと、ちょっと変わった人だな~くらいに思っていたけど、ある日突然そう思ったんだよ。」
そう言って銀ちゃんは空を見上げた。エデンがある方を見てるのだろうか?銀ちゃんにはエデンが見えるのだろうか?
「ある日突然?…何かあったの?」
「…そうだね、何かあったんだと思うけど…でも良く分からないや。」
そう言って、銀ちゃんは微笑んだ。そして話題を変えた。
「ねえ、明、豚しゃぶってどんな食べ物なの?」
「え?豚しゃぶは、豚のお肉を薄くスライスして、それをだし汁で軽く茹でるの。それをタレに付けて食べるんだけど。だし汁とかタレが何か分かる?」
「うーん…何となく、でもよくわかんないや。それでブタはなに?」
「豚だよ豚。動物の豚。こないだ牧場にもいたでしょう。それに、しゃぶしゃぶは牛の肉でも美味しいんだよ。」
「…動物を食べるの?」
「そう。猫のギンちゃんのご飯にも入ってるよ、鳥や豚のお肉に、魚とかも。」
あれ?銀ちゃんもしかして、動物を食べるってことを知らなかったのか?
お肉を見た事あるよね?てか、食べたことあるよね?猫のギンちゃんも鶏肉好きだし。もしかして、そのお肉が動物から取れるってことを認識してなかったのかも…私のことを野蛮だとか思っちゃったのか?カルチャーの違いで嫌われちゃったりするのか?
「鳥って、あの鳥?」
そう言って、境内にいる雀を指さした。
「あれは、普通は食べないね。お肉取れなさそうだし…日本ではよく鶏を食べるんだけど…」
猫のギンちゃんならば食べちゃうかもだけど…
「今度、キャットフードじゃなくて、お肉自体を食べてみたいな。猫のギンちゃんも食べられるの?」
ああ、良かった…野蛮人とか思われた訳じゃないのか…カルチャーであり、栄養補給だから…そこを責められてもと思っていたが…安心した。
「うん、茹でただけの味が付いてない状態だったら、問題ないよ。」
「へーそうなんだ。楽しみ。」
「ユーリー君の状態では食べられないの?」
「果物とかは食べたことあるから、多分、ちょっとずつ慣れれば食べられるよ…そうだ、アイスクリームが食べてみたいな。牧場で食べたようなやつ。甘くて冷たいやつ。」
「アイスクリーム?明日、持って来るよ。一緒に食べよう。」
銀ちゃんが一緒にアイスを食べようと言ってくれている。こんな奇跡が起こる日が来るなんて…何だか嬉しくて涙が出そうだよ。ジョシュアさんに報告しなくっちゃ!!
明日、コンビニでアイスを買ってこよう。ちょっと高級なのにしよう。初心者はやっぱりバニラかな。
ああ、明日の朝が楽しみ!
うーん…僕はどうしてヤガを可哀想と思ったんだろう?
神社からの帰り道、明とモモ太と別れて、銀ちゃんと一緒に歩きながら考えた。
何かあったんだと思うけど、何があったんだろう?何だかそう言う事が多い気がする…心に何か引っかかると言うか、不思議な気持ちだけが残っている。
まあ、大事なことならばそのうち思い出すだろう。
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