第65話 ミステリーサークル③
「博則先輩!」
お昼休みに、博則先輩を見かけて夏子が声を掛けた。
「博則先輩の私物がなくなった件で話がしたいんですけど、時間あります?」
夏子がそう尋ねると、ちょっと表情を曇らせながらも先輩は承知してくれた。
人気のない花壇の隅のベンチに三人で腰をかけた。夏子が私の腕を軽く肘で小突いた。何だか私が博則先輩に告白でもするみたいになっている…実際には告白ではなく、考察から導いた結論の発表であり、その結論が正しいかの検証である…なんちゃって。
「気を悪くされたら申し訳ないんですけど…」
妹さんが盗んだんですよねなんて言われて、それが間違っていた場合、いくら人格者の博則先輩だって怒らずにはいられないだろうなあ…やっぱり直接話をしたくないなあ…と夏子に視線を送ったが、夏子は『早く、早く』と言わんばかりの視線をこちらに向けて来る。無邪気か?お前は。
「大丈夫だよ、何を言われても怒ったりしないよ。」
先輩は優しく返事をしてくれた。では、お言葉に甘えて…
「その…先輩の私物がなくなっていた件ですが…先輩の妹さんが何か関わってるんでしょうか?」
「え?」
あれ?違うのか!
「う、うん。よく気付いたね。妹のこと知っているの?」
ちょっと寂しそうに微笑んで答えた。
「いえ、知りませんけど…なくなった品物は全て先輩の思い入れがあるもで、それを把握出来るのは、先輩の身近にいる人だろうなと思ったのと、4個目に妹さんからのプレゼントがなくなったのが不自然だなって、先輩のファンの人が盗んだとしたら、妹さんからの物まで盗るかなって、そこは許容するんじゃないかなって思ったんですよね。だって、兄妹だから。それなのに盗まれた…」
「馬場は面白い所に気が付くよね。何回か僕の考察会にも出てくれたけど、面白い点に気が付くなって感心してたんだよ…まさか、それだけの情報で妹の仕業だって気が付いちゃうなんて、凄いね。」
そんな風に思ってくれてたんだと思ったら、嬉しくなった。
「え、そんな風に思ってくれてたんですか…有難うございます。でも、情報はそれだけじゃなくて、先輩が品物は探したいけど、犯人捜しはしたくないって言ったじゃないですか、先輩のやさしさからだとは思ったんですけど、もしかしたら、先輩は既に誰の仕業か気づいてるのかなって、そんな気がしたんですよね。」
「僕の行動からそんな感じが読み取れちゃった、もっと毅然としてればよかったなあ…反省。」
「そんな…」
「僕に気づかれたと思った妹が、自分がプレゼントしたチャームを自ら盗んで、自分以外の誰かがやってるように思わせようとした。僕も最初はそう思ったんだけどね、チャームだけは違うって頑なに言われてるんだよね。」
「え、そうなんですか?」
「うん、他の物は妹が持ってたけど。チャームは違うって、それを失くすなんて酷いって泣かれて困ってるんだよ…チャームだけはどこかで落としちゃったのかな。」
本気で困った顔をしている、相当、妹さんに泣かれたのかもしれない。
「じゃあ、明が探してあげたら?勿論、私も手伝うよ!」
夏子が無邪気にそう言った。
「馬場と星が手伝ってくれたら助かるよ。」
博則先輩も満面の笑みでそう言った。
「え…出来ることはしてみますが、見つけられるかどうかは…」
「それは勿論だよ!一人で探していても見つけられなくて困っていたんだ。協力してくれるだけでも本当に嬉しいよ。」
そう言って、博則先輩は私の両手を握り締めた。
え?戸惑う私に先輩が
「ごめん、ごめん、つい癖で。」
そう言って、直ぐに手を放してくれた。
先輩は小学校五年生までアメリカで育って、そのせいかスキンシップの許容範囲が日本人の通常よりかなり広いそうだ。いつもは気を付けているんだけど、嬉しくなったりすると、つい手を握ったり、ハグしたりしてしまうらしい…
「妹に良い人が出来るまでは難しいと思ってて、今、付き合っている人はいないよ。」
今まで誰かとお付き合いしても、妹さんと折り合いが悪く、なんやかんやで長くは続かないことが多かったらしい。
「妹さんに内緒でお付き合いすれば良いんじゃないですか?」
夏子が尋ねると。
「それも考えたけど、直ぐにバレちゃうんだよね。それに、コソコソしたくないし。」
「まあ、それはそうですよね…私、駅ビルの本屋でバイトしてるんですけど、何度か外国人の女性と先輩が一緒にいたのを見かけたんですけど、あの人は彼女じゃないんですか?」
「ああ、ティナは友だちだよ。彼女は留学生で今年から三年生に編入してきたんだよ。勿論、日本語はそれなりに出来るんだけど、それでも分からない所があるらしくて、僕も小学生でこっちに帰って来た時は日本語で苦労することが多かったから、サポートできることがあればと思って相談に乗ったりしてるんだ。」
「ティナさんとは学校以外でも頻繁に会ってるんですか?なんか踏み入ったこと聞いてしまって申し訳ないんですけど…妹さんが勘違いしてるんじゃないかと思って。」
今、先輩に彼女がいないのであれば、どうして妹さんは先輩の私物を盗むなんて事をしたんだろう?きっかけは何だったんだろう?
「学校外でも週に1,2回くらいは会ってるかな、うちに遊びに来たこともあるし。でも、妹とも仲が良さそうだったし、妹も友だちだって言ったら納得してたから、勘違いはしてないよ。」
「じゃあ、妹さんが先輩の私物を取った理由って何だったんですか?こういう事は初めてだったんですか?」
「聞いても理由を教えてくれないんだよ。以前は、彼女に貰った物なんかを目の前で壊されたりしたことはあったけど、黙って取るようなことは無かったなあ、それに、今回の物は彼女からのプレゼントじゃなくて、同級生とか後輩からの物だったし…まあ、他の物は戻って来たから、後は妹からもらったチャームが見つかれば万事オッケー。だから、他のことは気にしなくても大丈夫だよ。」
先輩は笑ってそう答えた。
確かに、チャームが見つかれば万事オッケーだろうけど、何だかいろいろとモヤモヤするなあ…まあ、私がそこまで踏み込む話じゃないんだろうけど…
「なくなったことに気づいたのが四日前で、その前日の行動を思い出して、行った場所は探したんだけど、見つからなかったんだ。」
チャームは、プラバンで作った全身パンダにラインストーンが敷き詰められたもので、大きさは小ぶりの蜜柑を二つ重ねたくらいの大きさ。結構目立つもので、記憶に残っている。
「あれ、可愛いから、誰か持って行っちゃったかもしれないね。子どもだったら欲しがると思う。」
夏子がチャームを思い出しながらそう言った。
確かに、普通の子どもがあれを拾ったら欲しいと思うだろうな。来海ちゃんはもっとリアルパンダの渋めのやつの方が好みだろうけど…それはさておき。
「だとしたら、もう見つからないよな…この先ずっと、グチグチ言われちゃうよ。」
遠い目をしながら先輩が呟いた。
五日前の朝、二限目の授業に出るため家を10時少し前に出た。その時はチャームはバッグに付いていた。授業が終わり、本でも読みながらお昼を食べようと生協でパンを買って外のベンチで食べた。暫く本を読んでいたら、ティナから三限目の授業に一緒に出ようと連絡が来たので、時間もちょうどよかったし、そのまま三限目の教室に向かった。その時、チャームがバッグに付いていたかどうかは覚えていない。その日は四限目の授業がなくて、五限目まで時間があったため食堂で本を読み始めたが、直ぐに同じサークルの一学年下の後輩である木村 奏に声を掛けられた。木村が二十歳になったらお酒を飲みに行こうと約束をしていて、先週が木村の誕生日だった。その日はサークルもバイトもなかったので、誕生日祝いもかねて、五限目の後、大町駅の近くの店で食事をすることにした。五限目が終わり木村と一緒に大町駅の近くにあるワインバーで食事をした。一、二時間のつもりでいたが、木村が帰りたくないとごねだしてしまい、どうにか宥めすかして電車に乗せて帰らせた。酔い覚ましにと、最近読んだ本の感想などを喫茶店に入ってまとめていたら、酔っぱらいの女性二人組に絡まれて、コーヒーだけのつもりが一緒に夜パフェをすることになった。結局、家に着いたのは2時近くだったので直ぐに寝てしまった。
そして、朝、学校に行く準備をしていた時にチャームがなくなっていることに気づいた。
五日前の先輩の行動を一通り聞いて、夏子も私と同じような表情をしている気がする…
「先輩って凄くモテるんですね。」
夏子がそう言うと、先輩は自慢するでも、恥ずかしがるでもなく、普通に答えた。
「え?そんなことないし、あの日は、たまたまだよ。」
酔っぱらい女性二人組とは連絡先を交換していたので、チャームのことを聞いてみたが、記憶にないと言う返事だったそうだ。
学校で会った時に木村先輩にも聞いたらしいが、知らないと言う返事だったらしい。
「いつの時点から無かったのかも分からないし、生協、食堂、ワインバー、喫茶店、駅の交番、家の近くの交番にも行ったけど、見つからなかったんだよ。」
肩を落としながら先輩が言った。
「それだけ探しても無かったのならば、やっぱり、私たちではお役に立てないと思います。申し訳ありません…」
そう答えると、
「そうだよね、気にしないで。妹には謝って許してもらうよ。」
そう言って、先輩は弱弱しく笑った。
「木村先輩は博則先輩狙いで、ミステリーサークルに入ったって話を聞いたことあるけど、完全にそうだよね。でもさ、博則先輩って丁度良いんだよね。」
え?丁度良いって?どういうこと?
「背が高くて、性格も良くて、高校の時はフェンシングで国体に行ったらしいよ。顔もさあ、どちらかと言うと整ってるけど、抜群に良いって訳じゃない所がモテる要素だと思うんだよね。整い過ぎてると引け目感じちゃうけど、そこまでじゃないから、親しみやすいと言うか。それに、若干のオタク要素もなんか親しみやすさを醸し出すって言うの。」
「夏子って、絶対に博則先輩のことイケメンとは認めないよね。」
「だって、イケメンって程じゃないよ。」
そう言えば、夏子は大河のこともイケメンとは認めていない。私も、大河はイケメンではなく、どちらかと言うと可愛い系かと思う…そうだった、夏子は気になる人を、いじったり、いじめたくなっちゃうタイプだった…
「夏子は、博則先輩のこと好きじゃないの?」
「好きか、嫌いかって聞かれたら、好きよりだよ。」
「…あ、そうなんだ。」
まあ、このことは深追いせずに置こう。でも、道理でオカルト好きの夏子が博則先輩のミステリー小説考察会に出ていた訳だ。
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