第6話 秘密の銀ちゃん
お立ち寄りいただきありがとうございます。
夏子には電話口で再三にわたり気を付けるようにと釘を刺された。
お金のない女子高生なんか騙す訳ないと言っても、納得せず、もしかしたら風俗で働かせて貢がせようとしているかもしれないなどと、勝手に想像を膨らませて、夏子の中で、銀ちゃんはヤクザのパシリで、何人もの女を誑かせている非道な男になっていた。
心配してくれるのは有難いが、銀ちゃんはそんな人じゃなさそうだ。私の勘がそう言っているし、用心はするつもりだ。
それから数日間は、朝の散歩の際に銀ちゃんと神社のベンチでお茶を飲みながら話をするのが日課になった。
信じられないくらい銀ちゃんは普通のことを知らない、だけど最近のテレビの話や、ニュースなどを知っていたり、知識に物凄い偏りがあった。
ある日、いつものようにモモ太と一緒に神社に行くと、銀ちゃんが外国人の男性とベンチで話をしていた。
近づいて良いものかどうか悩んでいると、銀ちゃんが声を掛けてくれた。
「明、おはよう。」
「銀ちゃん、おはよう。今日はお友達が一緒なんだね。」
そう言って、ベンチの方に走って行った。外国人の男が物凄く怪訝な顔でこちらを見ている。怖くて目が合わせられないくらいだ。
「誰?」
外国人の男が銀ちゃんに尋ねた。
「お茶飲み友達の明だよ。明、こちらは…今の名前はなんだっけ?」
ん? 今の名前? どういうことだ?
「どういうことだ? どうして彼女には貴方が見えている?」
外国人の男が眉間に深い皺を寄せて、銀ちゃんに尋ねた。
「理由は分からないけど、明は私が見えるんだ。」
ん? 何の話をしているんだ?
外国人が立ち上がり、手を差し出した。握手をしようとしているのか?
自分も手を差し出した。
「ジョシュア・エバンズだ、初めまして明。」
差し出した手を掴み、流暢な日本語であいさつをした。
「初めまして、ジョシュアさん、私は、馬場明です。」
そう答えると、ジョシュアは手を離した。
「君は普通の人間のようだけど、どこまで知っているのかな?」
目から視線を離さずに問いかけて来る。怖い。
「明は何も知らないよ。ただのお茶飲み友達だ。朝、ここで数十分お茶を飲みながら話をする。それだけだよ。新しい友達を作ってはいけないなんてルールはないはずだ。」
銀ちゃんがジョシュアに言った。
「何をしようが貴方の勝手ですが、余り余計な者まで巻き込まない方がいい。」
そう言って、ジョシュアは銀ちゃんの右側に腰掛けた。私は、銀ちゃんの左側に腰を掛けた。
恐る恐る、さっきの会話の意味を訪ねてみた。
「あの、見えるとか、見えないってなんのことでしょうか?」
「一つ言っておかなきゃならないことがあった。僕の話は他の人にしない方が良い。普通の人間には僕は見えないんだ。」
「え?」
「そうだよね、意味わかんないよね。取り敢えず、僕のことは人に言わないで。」
そう言って、銀ちゃんは微笑みかけてきた。
「ジョシュアさんは、普通の人間じゃないんですか?」
そう尋ねられたジョシュアが睨みつけてきた。
「普通の人間と言えば、普通の人間だよ。」
そう言うと立ち上がり、
「また、後ほど。」
銀ちゃんに向かって、そう一言だけ言って去って行った。
何ともすっきりしない気分で、家路についた。モモ太がお腹を空かせている。明日は、モモ太の散歩を終わらせてから銀ちゃんに会いに行こう。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから大河がやって来た。
「明、おはよう。」
「大河、おはよう。久しぶりだね。元気だった?」
彼は、大空大河、高校の同級生で地元も一緒だ。友達になったのは高校一年の時で、毎朝一緒に登校していた。夏子とも仲が良く、良く三人で遊んだり、連絡を取ったりしている。
「あのさあ、夏子から頼まれたことがあって……」
そう言って、モジモジしながらスマホを差し出し、写真を一枚見せてきた。
「明が変な男に引っかかりそうだから、その男の写真を撮って送れって……」
写真には、ジョシュアと自分、そしてモモ太が映っている。さっきのベンチで話をしている時の写真だ。
不思議なことに、どんなに目を凝らしてみても、そこには銀ちゃんの姿がない。
思わず、スマホを奪い取り、顔を近づけて隅々まで確認した。でもいない。
「もう一人、銀髪の白いジャージの男の人いなかった?」
大河に尋ねた。
「そんな人いなかったよ。この外国人が極悪非道の銀ちゃん?」
大河が指しているのはジョシュアだ。
「え、違うよ…いや...その」
そうだ、銀ちゃんから、銀ちゃんのことは人に話さないようにと言われたんだ。他の人からは見えないからって。それにしても極悪非道だなんて、夏子めひどすぎるだろう。
でも、銀ちゃんの話は、嘘や冗談じゃなかったってこと?
頭が混乱した。
「ねえ、この人名前何て言うの?」
大河が尋ねてきた。
「確か、ジョシュア・エバンズとか言ってたな。」
「やっぱりそうだよね。」
え? やっぱりとは?
「この人、あのバイオリニストのジョシュア・エバンズだよね。」
「……バイオリニスト?」
正直、クラッシックとか興味がないので、バイオリニストなんて知らない。
「え、知らずに話をしてたの? でも何でこんな所にいるんだろう。同姓同名の似た人かな? そんな人なかなかいないよなあ。」
大河は、自分のスマホを奪い返し、写真の男をまじまじと眺めた。
「そんなに有名な人なの?」
「凄い人なんだよ、若いうちから凄い賞を沢山受賞してて、だけどここ数年全く活動していないんだ。」
「ふーん。」
ジョシュアには全く興味がないので、腑抜けた返事になってしまった。
「ねえ、明はジョシュアとどこで知り合ったの?」
「え? ああ、あの神社で、散歩してたら知り合った。」
「え? どっちから声かけたの?」
「どっち? 忘れちゃったけど、挨拶した程度だよ。」
「そこから、茶飲み友達とかになったの?」
そうだった、夏子には銀ちゃんの話を結構事細かにしていた。茶飲み友達で毎朝会っているみたいなことも話していた。
「うん、まあね。」
二人には、銀ちゃんのことをなんで説明しよう...
しかし、そんなに有名なバイオリニストが友達ならば、銀ちゃんもすごい人なのかな?
そんなことを考えながら大河からの質問攻めを、どうにかかわした。
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