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第54話 セッションは怖い⑤

 行きと同じ路線を逆に進む電車に乗って、四人で車窓を眺めた。


「俺たちも将来に不安はあるけど、今、やりたいことが出来ることに感謝しないとだな。」


 一期いちご君が車窓を眺めながらそう言った。多分、大河たいがに向けての一言だと思うけど、私だって将来に不安はある。史学を学んでどんな就職が出来るんだろう?夏子だってもしかしたら、似たような気持ちかもしれない。でも、好きなこと学べるって幸せなのかもしれないと思った。


「本当にそう思うよ。何かに打ち込める時間って大切だよね。ジョシュアさんも言ってた、ジョシュアさんがヴァイオリニストだったのって数年間くらいだったらしいけど、今思えば、あれだけ何かに打ち込めたってことは良かったって言ってた…打ち込んだ理由がちょっと信じられなかったけど。」


 また、ジョシュアさんの話か…もう信者だな。


「理由って何だったの?」

 一期君が尋ねた。


「好きな人に、ヴァイオリニストになったら付き合ってあげるって言われたとか言ってたよ。多分、半分は冗談だと思うけど。」


「それで、付き合えたの?」

 夏子が尋ねた。


「うん、付き合えたらしいよ。ものすんごーく年上の日本人だったって言ってた。あかりはその話知っているの?」


「ああ、松本さんとかいう人で、八年前くらいに亡くなったみたいだよ。この前、命日だからって花束を持って出かけて行った。」


「その人は、気が強くて、何を仕出かすかわからなくて、食いしん坊で、絶妙なタイミングでお腹が鳴るところが、ちょっと明に似てるって言ってた。だから、僕は、明とジョシュアさんは付き合ってるんだって思って、嬉しくなってたんだけどなあ。」


 それって、私の事のみならず、松本さんのことも褒めてないよなあ?


「あな、ジョシュア・エバンズって今は何してるの?もうヴァイオリン弾かないの?」


「もう完全にやめたって言うから、まだ、休業宣言しかしてないですよね?って聞いたら、そうだったけ?って言ってた。まあ、本人はもうヴァイオリンはやめたつもりらしいけど。今は、大学の時の友だち三人と会社をやっていて、主に法人向けの情報キュリティーシステムの開発をしてるんだって。」


「情報セキュリティーシステム?VPMとかノートンみたいなやつ?」


「そうじゃない?詳しい事は知らないけど、大学で物理を専攻して宇宙の時空のひずみとやらの研究をしてたらしくって、その理論を応用したシステムを工学専攻の友だちと一緒に作って、別の学部の友だちが営業してくれてって感じらしいよ。ね、あかりそんな感じの仕事だよね?」


「え?知らない。ジョシュアさんがどんな仕事してるかなんて聞いたこともないよ。」

 正直、そんな話は初耳だったし、ちゃんと仕事してたんだと驚いたくらいだ。


「はあ、明のことは好きだけど、人に興味がないって言うか、毎日会ってる人の仕事も知らないなんて信じられないよ。」


 そう言われてしまえば、そうなんだけど、何だか言い方がきついな…


「だって…本当に興味ないんだもん。どちらかと言えば天敵って言うか、人を馬鹿にしたようなことしか言わないし。ムカつくんだよね。」


「わかってないな。それは、明のことを気に入ってるからだよ。もう少し気持ちを汲んであげればいいのに。」


 変なこと言わないで欲しい。私は本当にジョシュアさんには興味がないし、彼にはパートナーがいる。そして、わかってない、人の気持ちを汲んであげられていないのは大河の方だ!


「ジョシュアさんにはいるよ、彼女が。それに、わかってないのは大河の方だよ。」


「わかってないってどういう事?」

 不服そうに大河が言い返してきた。


「この話はやめよう。私が悪かったよ。」

 夏子の前で言い出すべきじゃなかったと反省した。大河もそれ以上は突っかかって来なかった。


「私、バイト先の先輩に二人で遊びに行こうって誘われてるんだ。大河、どう思う?」

 夏子が大河に尋ねた。


「夏子が行きたいならば、行けばいいんじゃない。」

 大河が答えた。


「そうだよね。自分で決めるよ。」

 夏子が答えた。


 それを見ていた一期君が何か言いたげだったけど、その言葉を飲み込んで話題を変えてくれた。ちょっとホッとした。


「ジャズセッションってね、その場で演奏するメンバーも曲も決まるの。みんなが知っているようなスタンダードな曲を選ぶことが多いし、ある程度、流れは決まってて、テーマって言うその曲のメロディーを皆で演奏して、その後は各楽器のソロパートになって各々がアドリブで演奏して、またテーマに戻って終わるんだ。」


「知らない人と、打ち合わせもなしにいきなり一緒に演奏するの?怖くないの?」

 そう尋ねると、


「慣れれば平気だけど、時々凄く怖くなるときもある。自分の演奏を見せつけたくて意気込んで挑んだ時とか、自分より格段にうまい奴が叩いているのを見ちゃった後とか、自分がどこ演奏してるのか分からなくなった時なんかは本当に焦るし、怖くなる。」


「じゃあ、それって、怖いと思う気持ちに打ち勝って、自分が成長するためにやるものなの?修行みたいなものなの?」

 夏子が尋ねた。


「それもあるけど、結局は楽しんだよ。ジャズが好きな人間が集まって、思い思いに楽しめる。ぱっと見は普通の社会人みたいなアマチュアの人でも物凄い上手い人がいたり、聴いているだけじゃ何とも思わないのに一緒にやると凄く気が合う人がいたり、いつも意地悪してくるから嫌だなって思ってた人が、突然、褒めてくれて、その後からは全然意地悪してこなくなったこともあったし、自分の演奏ばっかり考えて全然こっちにソロ回してくれない人がいて、気に入らないなって思っていたら、実は単に緊張していてそこまで気が回ってなかったって、本当に申し訳なさそうにしてた人もいたし。その後からはドラムにもソロを回してくれるようになったし。」


「そうなるには、時間がかかるよね。僕は毎回怖いよ。」


 大河が呟いた。あの大河が、怖いなんて言うとは思わなかった…


「はは、僕も半年くらいは怖くて、怖くて、本当に行きたくなかったよ。大河は本当に凄いよ、ジャズ始めたと同時にセッションに参加したって言うんだもん。特にずっとクラッシックピアノをやって来て、自分の演奏にそれなりに自信もあるのに、新しい分野に挑戦して恥をかくってすごく怖いことだと思うんだ。それでも、嫌な思いしても、何が駄目だったのか考えて、自分なりに工夫してまた挑んで、簡単に出来ることじゃないと思うんだよね。」


「そんなの、皆がやってることだよ。」

 褒められた大河は、どこか居心地が悪そうに、恥ずかしそうに言った。


「誰でも出来ることじゃないよ。大河は真っすぐで真面目なんだと思う。それで、凄くやさしくて、友だちの幸せを願っているけど、その妥協できない性格が何と言うか、誤解を招くと言うか、話をややこしくすると言うか…」

 一期君がちょっと困った感じの顔をした。


「一期、大丈夫だよ、自分でも分かってるから。前に付き合っていた人にも言われたし…押しつけがましいって。自分が正しいみたいな顔で説教しないで欲しいって。でも、本当にその人の事が心配だったから、言わずにはいれなかったんだよね。」


 ちょっと冗談っぽく大河は話をしてるけど、話を聞いていて、ちょっと心が痛くなった。


「僕、夏子のこと好きだよ。でも、どんなに考えても、やっぱり、女の人のことは友だち以上に思えないと思う、だから…」


 大河が重々しい口調で言った。夏子はちょっと考えて、


「わかってるよ。私も大河のことが好き。私は友だち以上に好きだから、大河のことを苦しめたくないし、今まで通りで良いと思ってる。」


「ありがとう。ごめんね、さっきは突き放すような言い方して、でも僕には夏子を引き留める資格はないから…」


「大丈夫だよ。知ってる、気にするなって。」

 夏子が男らしく答えた。


「その先輩って、良い人なの?嫌な奴だったら断りなよ。」


「うーん、良い人だけど…まずは、何人かで一緒に遊びに行くよ。」


「それが良いね。」


 この話がどうなるのかとドキドキしながら聞いていたが、どうやらいつもの二人に戻った様で安心した。それに、お互いの気持ちにも気づいていたんだなとちょっと驚いた。


「ねえ、大河…大河は女の人を好きにならないの?」

 一期君がちょっとだけ神妙な表情で尋ねた。


「あ、聞いてた?そうなんだよ、僕の恋愛対象は女性じゃないんだよ…引いた?」

 大河がちょっとバツが悪そうな表情で答えた。


「全然」


 一期君がそう答えると、大河はホッとした表情になった。

 それを見ていた私もホッとして、そしてお腹が鳴った。


「本当に絶妙なタイミングでお腹が鳴るんだね。今までに気にしたことなかったけど、言われてみれば今までもそうだったかも。」

 そう言って大河が笑った。


「私は、思ってた。でも悪いから言わなかっただけ。」

 夏子も笑いながら言った。


「え…夏子、そんなこと思ってたの?」


「うん、思ってた。絶妙なタイミングで鳴るなって。」


 そう言われて、ちょっと恥ずかしくなった。


「高田馬場に美味しいカレー屋さんがあるから、そこで食べてから行こうよ。」

 一期君も楽しそうにそう言った。


 



今回の話はいかがでしたでしょうか?

感想や評価などいただけると励みになります。

毎週水曜、日曜の14時30分更新予定です。

宜しくお願いします。

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