第52話 セッションは怖い③
「結構、遠かっただろう?」
アパートの最寄り駅の改札を通りながら、一期君が夏子と私にそう聞いて来た。
「うん、割とね。でも、こっちの方に来る機会なかったから、新鮮かも。」
夏子が答えた。私も同感だ、そもそもここどこ?ここも東京なの?って気分。
今日は一期君のアパートで四人でひたすら隣の空き部屋に誰かやって来ないかを見張るだけなので、コンビニでお菓子、飲み物、お昼ご飯を買い込んでアパートに向かった。
階段で三階建てアパートの二階に上り、玄関を入ると、直ぐにキッチンがあって、その奥の部屋がリビングになっている1Kの間取りだ。外観はちょっと古そうだけど、中はリノベーションがされていて割ときれいだった。
リビングのカーテンと窓を開けながら、一期君が言った。
「適当に座って。その辺の楽譜とか本は適当に横に重ねちゃって。」
割と広めの部屋でベッド、ローテーブル、大きな本棚と大きなデスクがあり、デスクの上には小さな電子ピアノみたいなものとパソコンが置いてあり、その周りには本や楽譜が積まれていた。他にも、小さなドラムの様なものが置いてある。
床にも本や楽譜が散乱していたが、それらをちょっとどければテーブルを囲んで四人で座るスペースは十分確保できた。
「散らかっててごめんね。でも、座れるから良いよね。」
一期君はそう言いながらベランダから身を乗り出して、隣の部屋を覗いた。
「カーテンが閉まってる。誰もいなそうだな。」
「空き部屋なのにカーテンが閉まってるの?」
何となく、私が見掛けるアパートの空き部屋はカーテンがされていなくて中が見えていた気がしてそう尋ねた。
「部屋の中が日焼けするのがいやなんじゃない?空き部屋だけどずっとカーテンがしてあるんだ。」
そう言って、一期君もテーブルの横に座った。
「ねえ、明、ジョシュアさんに失礼なことしてない?」
大河がおもむろに聞いて来た。
は?何でこんな所でその名前を出すんだ?
「失礼なのはあっちだよ。私は至って大人の対応だよ。」
思っていることをそのまま答えた。
「それならいいけど…ジョシュアさん以上の彼氏なんて、この先、何千年って生きられたとしてもきっと現れないよ、明には。絶対に離しちゃだめだよ。でも、明はその有難さを認識出来てないんじゃないかって心配してるんだよ。」
そう言って大河が深い溜息をついた。
「明の彼氏って、外国人なの?」
「そう、ジョシュア・エバンズってバイオリニストだった。」
「え?あのジョシュア・エバンズ…どうしてそんな人と付き合ってるの?」
「明、やっぱりそうなの?ジョシュアさんと付き合ってるの?言ってくれればいいのに!」
三人で勝手に話を続けている…
「…は?」
何がどうなってそうなった?誰が言いだしたんだ、このデマ話を…許すまじ。
「母さんが、二人でスーパーで楽しそうに買い物してたって言ってたよ。それに、ほぼ毎日くらい明は家に来るって、ジョシュアさんも言ってた。」
その情報は嘘じゃない…いや、スーパーは三人で行ったから、デマだ。
ほぼ毎日家に行くのも嘘じゃない…いや、週に三、四回くらいで毎日ではない、やっぱりそれもデマだ。
「付き合ってないよ。誰が言い出したのかな、その話。」
怒りを露わにせず、静かに重々しく言った。
「え、付き合ってないの?」
大河が目を見開いて言った。
「うん、付き合ってない」
声を荒げずに、静かに重々しく返事をした。
「嘘つく必要ないでしょう。ジョシュアさんの家で手料理まで作ってたじゃない。」
手料理?…あ、ホットケーキの事か…あれって、手料理にはいるのかな?
「あれは、いつもご飯をご馳走になってるから、たまにはと思って作っただけだよ、それにあの一回だけ。」
「あ、それもジョシュアさん言ってた、明はよく夕飯を食べに来るって。来海ちゃんもいるから、一緒にいてくれると助かるって言ってた。もう家族じゃん。」
墓穴を掘ったかな…
「だって、花沢さんも中島さんも料理上手なんだもん、それに私の分まで作ってくれてるし…」
「だから、もう家族じゃん、夫婦じゃん。それ。」
ああ、墓穴掘りまくってる。
「兎に角、私はジョシュアさんとは付き合ってないの!私がつきあってるのは、ジョシュアさんの友だちの…」
ああ、声を荒げて言ってしまった、この後、何て言おう…
「明、誰と付き合ってるの?」
夏子が喰いついて来た。
「友だちって、どんな友だち?ジョシュアさんの会社の人?」
大河も喰いつく。
「友だちって、音楽家?有名な人?」
一期君も喰いつく。
…やばい、銀ちゃんの話なんて出来ないし…どうしよう。
「…いや、本当はまだ付き合ってないの、私の片思いって言うか…」
銀ちゃんとはまだ付き合ってはいないのだ、ここは正直にそう言おう。
「それで、その片思いの相手って誰なの?うちらの知ってる人?」
夏子に尋ねられた。
「いや、二人が知らない人で…たまたまジョシュアさんの知り合いで、その、何と言うか、ジョシュアさんに仲を取り持ってもらおうとか思っていて…」
言い訳が苦しくなる。
「で、どこに住んでいる、どんな人なの?」
大河が尋ねて来た。
「その…、その人の立場上、詳しいことは言えないんだけど…」
私がそう言うと、三人が顔を見合わせた。そして大河が大声で、
「王室の人だ!きっとそうだ。」
は?何がどうなって、そうなって、どうなった?
「どういうこと?」
夏子と一期君が声を合わせた。
「ジョシュアさんがツアーでいろんな国を周ったときに、王室の人とかも観に来てたことがあったらしいよ。そこで知り合いになったりしたのかも、でも、何で明はそんな人と知り合えたの?」
…話がややこしくなっていく。でも、それを否定するほどの、言い訳は出来ない…
「ええと…犬の散歩してて、そこで知り合って…」
「え、じゃあ、その人は小町町に住んでるの?」
大河からの質問…
ああ、墓穴…
「いや、住んではいないけど…だから、詳しい話は出来ないの、ごめんなさい。話せるときが来たら、ちゃんと話をするから。私だって、心苦しいんだよ!二人に話せないことが!」
「わかったよ、話せるときが来たら教えてよ。」
夏子が即答してくれた。
何て優しいんだろう夏子。涙が出てきそうになった。
「そうだね、じゃあ、結婚式には呼んでね。どこでやるにしても行くから。飛行機代と宿泊代は出してね。」
大河、気が早すぎるよ、まだ付き合ってもいないんだよ。
「へえー凄いな、俺もお祝いするよ。結婚式には呼んでね。」
一期君もありがとう。でも、まだ付き合ってもいないし、そもそも結婚なんて出来る相手じゃないんだよ…そう、銀ちゃんとは結婚なんてありえないんだ。きっと。
ガチャ
キー
カチャ
隣の部屋からだろうか、ドアを開ける音が聞こえた。
「シー、隣に誰か入って行ったよ。」
みんなからの応援への嬉しさと、銀ちゃんとの将来への絶望とで泣きそうになってたけど、その音を聞いて我に返った。
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