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第44話 (番外編)重い初恋①

今回から数回は番外編として「重い初恋」シリーズになります。

12年前のエシャ(松本 仁香)とヒオス(ジョシュア・エバンズ)の出会いと、ジョシュア・エバンズがバイオリニストになって、やめるまでのお話です。

今回は、二人の出会いを両方の視点から書いています。前半が仁香、後半がジョシュアになっています。


ここから読んでも楽しめる内容になってると思います。

初めて立ち寄っていただいた方にも、読んでいただけると嬉しいです!!

前提として、松本 仁香とジョシュア・エバンズは前世では夫婦、仁香には前世の記憶があるけど、ジョシュアはまだその記憶を取り戻してない。ここだけ押さえていただければ、これまでの話を読んでいなくても大丈夫!!

 遡ること12年前。


 場所は、スコットランドの北西部に位置するスカイ島。



 ~松本 仁香の視点から~

 何でわざわざこんな所まで、私が来なきゃならないのよ。


 ヨーロッパにだって腐るほど実行者がいるはずでしょう、腐るほどはいないか…でも、わざわざアジア方面の人間を向かわせる必要なんてあるはずがない。特に難しいとか、変わった指示でもなかったし。私を指名した奴、頭悪すぎ。

 レンタカーを走らせながら、天を仰ぎ見、心の中で神を罵ってみた。

 でも、ご贔屓ひいきにしてくれる神の指示だし、まあ、仕方ないか。


 それにしても、本当に何もない場所だなあ…さっきから羊しか見かけない、人間住んでないんじゃないのこの島。

 一昨日から泊っているコンドミニアムには管理人がいたし、遠くて小さかったけどスーパーもあった。この島に人が住んでいることは知っている。でも言いたい、この島、人間住んでないんじゃないの!

 どこを走っても、ひたすら雄大で美しい大自然が広がっている。って言うか、それ以外何もない。そして、やたらめったら羊がいる。


 さっきから、グチグチと文句しか言っていないな、私。

 観光でもしようかな…そんな気分にはなれないなぁ。

 お昼ご飯でも食べようかな。ってか、食べる所どこにあるのよ。


 松本 仁香にか、36才。それが、今の私の名前と年齢である。

 実行者エシャとしての記憶が戻ったのは、21才の時で、ガーデンに報告行った際、まだヒオスは報告に来ていなかった。彼を探そうかとも思ったけど、記憶が戻っていない彼に会う時はいろいろと心の準備が必要になる…他の女の子と付き合ってたり、結婚してることもある。その子と手をつないだり、キスしたり、それ以上のこともしたり…それは仕方がないことだと頭ではわかっている。でも、その子に優しくしている所を見ると、心底胸クソ悪くなる。この世の花という花よ全て枯れてしまえという呪いの言葉を吐き捨てて、やけ食いして、嫉妬と胸やけのなかで「バルス」と唱え(←これは嘘)、この世が平穏で何も起きなかったことを確認してただただ絶望する。

 でも、二人の仲を邪魔するのは嫌、私の細やかなプライドが許さない。だから、そういう時は彼から離れることにしている。


 当時は埼玉の大学に通っていて、貿易関係の仕事がしたくて頑張って就活してたけど、記憶が戻ってしまうとそう言う事へのやる気はダウンすることが多い。それでも、貿易会社に入って二年くらいは働いた。その後は、個人で起業して化粧品とか健康食品とかの輸入貿易の会社をやっている。その方が時間の融通が利いて働きやすい。

 勿論、会社に勤めていても実行者としての業務に支障がないように調整してくれるので、何の問題もない。なんなら、仕事なんてしなくても生活はして行ける。


「とりあえず、宿に戻ろう。」そう自分に声を掛けて、車を飛ばした。


 海を臨む絶壁の手前に人が立っているのが見えた。


「第一村人発見」

 冗談半分で声に出してみた。ダーツの旅をしてるみたいな気分になって、ちょっとテンションが上がる…訳ないか。


 何となく、気になった。こんな所で何やってるんだろう?

 もしかしたら、あの人、お昼ご飯を食べられる場所を知ってるかも。

 そう思って車を止めた。


 車を降りると、予想以上の強風が吹き荒れている。海の近くだから風が強いのかな?なんて考えながら、絶壁の手前に立ち尽くしている第一村人に向って進んだ。

 もしかしたら少年かな?


 背中に物凄い悲壮感が漂っている気がする。大丈夫かな?まさか、海に飛び込んだりしないよね…

 そう思って、強風の中、少年の方に向かってどうにか歩みを進めた。


 ふと、ある予感がよぎった。でも、いや、まさか。でも、似ている気がする。

 近づくたびに予感は益々強まり、核心に変わる。これで外れてたら、マジでうけるわ。


「ねえ、君。ここで何してるの?」

 強風の中、あらん限りの大声を張り上げた。もちろん英語で。


 少年が振り返った。






 ビンゴ!


 心でガッツポーズ!

 それにしても、物凄い怪訝そうな表情と悲壮感…


 いったい何があったんだい?失恋でもしたかい?だったら、いつでもウエルカムだよ、さあ、お姉さんの胸に飛び込んでおいで。

 まずい、突然の再開に、ボルテージもテンションもマグニチュードも変に爆上がりしてしまっている。

 冗談はさて置き、一旦冷静になろう。


「ねえ、君、暇なの?」

 風で顔にかかる髪の束が口に入る。


「え?」


 こちらを警戒している表情。そりゃあそうだわな。にしても、この強風の中でも美しい。そのサラサラの髪が計算されたかのように顔にかかり、彼の美しさを演出する。私とは大違いだ。


「暇かって、聞いてるの」

 髪の束が口に入る。ぺぺってしたくなる。



「…暇だよ。」

 映画のワンシーンのような、完璧な…暇だよ。お前、計算してないか?


 彼が一番危うく美しい(と私が勝手に思っている)時期…十代の半ばからやや後半、その辺りかな。

 性格も少し擦れた感じが残っていて、照れたり、はにかんだりしたときの表情がたまらない時期。多分その辺りだ。

 これを過ぎると、人間的に出来上がってしまって、太刀打ちできないと言うか、自分が優位に立てないというか。まあ、嫌なものは嫌と言うし、譲る気はないけど。


 私は、少し彼に見とれてしまっていたようだ。


 彼が物凄く怪訝そうな眼差しでこちらを凝視している。

 何か言わねば。冷静に大人の対応で、この風に負けない大声で!腹から声出して!












「だったら~



 わたしと~



 イイこと、しなぁ~い?」





 彼の表情の怪訝さが増していく。

 そりゃそうだよな、この後一目散で逃げるだろう、やべー女だって思っただろうな。

 彼の記憶が戻ったときには笑い話にしてくれるだろう。その時は、笑ってこの話を肴に一緒に飲もう。



 あれ?逃げないのかな、恐怖の余り足がすくんだのかな?

 首をかしげているような、何か考え込んでるような。

 それにしても、きれいな青い瞳をしている。あの瞳で見つめられると…なんてことを考えていたら、





「…いいよ~


 どうせ暇だし~」


 彼がそう返事をした。




 自分で言っておいてあれなんだけど、その返事を聞いて心臓が異様にバクバクした…

 何をどうすればいいんだ?取り敢えず、大人の余裕を見せなくちゃ。


「じゃあ、車に乗って。」

 いい女を気取って、できるだけ低い声でそう言った。

 多分、強風で髪も服もグワングワンになって、いい女もクソもない状態だと思うけど。


 彼が助手席に乗り込むのを待って、自分も運転席に乗り込んだ。


「君、いくつ?」


 ぐっちゃぐちゃになった髪をどうにか抑え込みながら尋ねた。


「15」

 15才か…年齢聞かなきゃよかったかな。


「そうなんだ…で、名前は?」


「ジョシュア・エバンズ」


「ふーん、良い名前ね。」


「名前は?」


「私は、ニカ・マツモト、ニカって呼んで。私はジョシュアって呼ぶね。」


「日本人?」


「わかるの?」


「昔、少し日本に住んでたから」


「そうなんだ」


 車の中で、ちょっとぎこちない会話を続けた。






 ~ジョシュア・エバンスの視点から~

 どう考えても、おかしいだろう。


 腹が立って仕方がない、足元に転がっている石を掴んで全力で投げた。こんなに何もない所じゃ、誰にも何にも当たらない。石は地面を転がって止まった。


 夫婦水入らず、二人だけで旅行したいからって、子どもを一人で置いて行くか?一人が嫌なら姉か兄の所に行けばいいと言うけれど、行きたくないし、そう言う問題じゃないだろう。二週間もこんな所で、車の運転も出来ないのに、一人でどうやって生きて行けって言うんだ。

 学校が休みなんだから、僕だって行きたかったんだ。イスタンブール、カッパドキア、パムッカレ、トロイ、エフェソス、アンカラ…一緒に旅行の計画立てたじゃないか、一緒にここを周ろうって話したじゃないか、お前はエコノミーで(二人は、ビジネスだろうけど)って言ってたじゃないか。

 スコッチウイスキーの蒸留所の権利を買ったからって、その近くに海が見える素敵な空き家があったからって、二人の都合でここに引っ越して来て、まだお前は子どもだからって無理やり僕を連れてきたのは二人じゃないか…

 だったら、ちゃんと子ども扱いして旅行に連れて行けよ。



 今朝のことを思い出すと、只々腹が立つ。

 自分も行けると思って荷造りしてたのに、今朝になって突然、お前の分は予約してないなんて…だったら先に言えよ。その荷物持って姉の所に行けって、ふざけるなよ。

 仲のいい友だちも家族と旅行に行ってしまって、泊めてもらうことも出来ないし…



 腹が立って、こんなところまで歩いてきちゃったけど、家まで歩いて戻ること考えると面倒くさいな…腹も減ったな…動きたくないな…

 もう、ここに横になって寝てしまおうか…そしたら誰か拾ってくれるかな…家まで運んでくれないかな。



 ジョシュア・エバンズ、15才

 父は実業家、母は自称芸術家。エディンバラで生まれ育った。父の気まぐれで日本の奈良県に二年くらい住んでいたことがある。そして、昨年、またもや父の気まぐれでここスコットランドの北西部スカイ島に引っ越してきた。家からこの島の一番大きな町まで15マイルくらい、車があれば何も問題ないけど、まだ15才の僕はバイクも車も運転できない。バスは二時間に一本くらい、自転車だと1時間以上かかる。


 特段打ち込んでいることはない、将来なりたいものもまだない。勉強も運動も普通にやっていれば、それなりに出来きる。好きな女の子もいない。ここに引っ越してくる前は、少し気になる子がいた。彼女とは、今でも時々連絡は取っていて、どうやら、彼女は最近少し年上の男と付き合い始めたらしい。その彼とどこに行って何をしたかを教えてくれるけど、正直、その話は聞きたくない。



 突然、背後から声を掛けられた。


「ねえ、君。ここで何してるの?」


 振り返ると、少し遠くに黒髪の女性が強風に煽られながら立っていた。ボブくらいの髪が物凄い勢いで顔にかかっていて、顔が良く見えない。顔は見えないけど、知り合いではないことは分かる。


「ねえ、君、暇なの?」

 その女性が再び尋ねて来た。


「え?」

 何でそんなこと聞いて来るんだろう?にしても、顔がよく見えないな。


 目を凝らして顔を見ていると、また、女性は大声を張り上げた。


「暇かって、聞いてるの」


 口に入る自分の黒髪をぺぺっと吐き出している。少し顔が見えた。アジア人の様だ、観光客かな?後ろの車は彼女の車だろうか?


「…暇だよ。」

 正直に答えた。

 もしかしたら、車で家まで送ってくれるかもしれない、そんな期待を抱いた。彼女が何も返事をしてこない、自分で尋ねて来たのにどうしたのだろう?そう思っていたら彼女があらん限りの大声で叫んだ。


「だったら~


 わたしと~


 イイこと、しなぁ~い?」















 この人は、何を言ってるんだ?

 イイことって…背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。

 きっとこいつは、やべー女だ。逃げよう。


 いや、待てよ、小柄に見えるし、何かされそうになったら逃げればいい、逃げられるだろう…一旦話にのったふりをして、家の近くまで送り届けてもらおう。

 これでめちゃめちゃ強かったらどうしよう?まあ、その時はその時だ…イイことが終わったら解放してくれるのだろうか?命まではなんてことを考えていたたら、風で乱れた黒髪の隙間から彼女の顔が見えて、目が合った。

 彼女の深いこげ茶色の瞳を見た時に、なぜか、万が一この人と何かあっても後悔しないと確信した。

 だから、答えた。



「いいよ~


 どうせ暇だし~」


 その後は、彼女に言われるがまま車に乗り込んだ。


 彼女の名前は、ニカ

 苗字がマツモトだと言うので日本人かなって思った。英語のアクセントも日本人ぽい気がする。


 ちょっと気が強そうな可愛い顔立ち。

 ボブの黒髪に白い肌、全然、西洋人感はないけど、ちょっとだけフランスの女優を思わせる感じの顔立ちをしている。多分この時、既に彼女のことをほんの少し好きになっていたと思う。






今回の話はいかがでしたでしょうか?

感想を聞かせていただけると励みになります。


毎週水、日の14時30分更新予定です。

宜しくお願いします。

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