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第42話 もの言える証人⑩

晴斗はると君のお母さん、随分と思い詰めている感じですよね…お母さんも晴斗君も辛いだろうなあ…」

 神社からの帰り道、情報は得られたものの、この家族の問題に一体何が出来るのだろうかとちょっと悶々としながらそう呟いた。


「香織さんも木登りでもすれば良いのに。」

 ジョシュアさんが暢気のんきそうに言った。


「はあ?木登りが何の解決策になるって言うんですか!」

 他人事ひとごとなのに、何だかむきになってしまった。


あかりは優しいよね。」


「急に何ですか?気持ち悪い。」


来海くるみの時だって、僕が来海のこと狙ってるんじゃないかって疑って、予防線を張ってたよね。僕からしてみれば、来海のことを心配してくれる人がいて嬉しかったよ。」


「だって、何かあってからじゃ可哀想だし…それに、寝覚めが悪いし…」

 結局は、後々、自分が良心の呵責にさいなまれるのが嫌なだけなのかもしれない…それに、具体的に何ができる訳でもないのに…


「ちょっと関わった程度の他人のために、ちゃんと責任を感じられるってことが、優しいってことなんだと思うよ。」


 え? 予想外の言葉に彼の顔を見上げると、いつものにこやかな表情。


 そんなこと言われるなんて思ってなかったから、照れくさくなって下を向いてしまった。いや待てよ、この男は人の心を掴む天才だ、何か裏があるのだろうか?って、そんなこと私にする必要なんてないだろうし…まあ、本当にそう思ってくれているのかもしれない。


 でも、ここは何か言い返さなきゃ。

「私は、ちょっとお節介なだけです。それで、木登りが何の役に立つって言うんですか?」


「木登りは例えかな。ちょっと目線が変わるだけで、気持ちが楽になることもあるからね。見栄の張り合いや、ちょっとした行き違いで苦しんいるだけってこともあるしね…」


「…確かに、そうかもしれないですね…でも、どうやって。」


「うーん、僕たちに直接出来ることはないかもしれないけど、まあ、考えてみよう。今日も学校の後にうちに来るでしょう?」


「え、まあ…行くと思います。」

 この話の続きもしたいし、ギンちゃんにも会いたいし。サークルもないし…





 大学の授業に出ても何となく上の空で、どうしても今朝の話の事が気になってしまった。

 お昼休みに夏子に、話せる範囲でこの話をすると


「それで、腕のあざと幽霊のなぞは解けたの?」


「痣は、お母さんが晴斗君を何度も強く掴んだことが原因だと思う。幽霊は、お母さんが晴斗君に悪霊の存在を信じさせるために、自分が悪霊の振りをしたんじゃないかなと思うんだけど…そこは、まだよくわからない。」


「もし、本当にそれが晴斗君のお母さんの自作自演だったとしてさ、何でそこまで晴斗君に悪霊の存在を信じさせたかったんだろう?お母さんにとっての悪霊って何なんだろう?」


 確かに、そう言われればそうだ、晴斗君のお母さんにとって具体的に何が悪霊なのだろうか?


「お父さんが、晴斗君の教育に協力的じゃないとか、金遣いが荒いとか…晴斗君を憎んでいるとか、もしかすると危害を加えてるかもしれないとか、そのくせ外面そとずらが良くって、みんなお父さんの話を信じてしまうし、お父さんばかり良い人だって言われる事とか…」


「じゃあ、お父さんが悪霊ってこと?どこまでが本当なのかな?こういう話って外からは分からないからね。」


「そうなんだよね…」


「家庭内暴力となれば問題だけど、子どもの教育とか、お金とか、夫婦間の価値観の違いとか、そう言う問題はどの家庭にでもあるし、他人がとやかく言うものでもないからね。明もあんまり考え過ぎない方がいいよ。」


 夏子の言う事はもっともだ。それは分かっているつもりだけど、やっぱり気になってしまう。


 学校からの帰りの電車の中で、ぼんやり外を眺めていたら夏子からラインが、

 [明日はバイトないから、駅ビルの新作うどん食べに行こう!]

 私が食べたいと言っていた、あさりかき揚げうどんだ。考え過ぎの私のことを気に掛けてくれてるんだなと思ったら、何だか嬉しくなった。





 そして、連続三日目の訪問である。それも夕食の時間帯…もう、夕飯食べに来ましたって言う方が潔いんじゃないかと思う。


「明ちゃん、いらっしゃい。」

 中島さんが出迎えてくれた。足元ではギンちゃんも出迎えてくれている。


「こんばんは、ジョシュアさんは?」


「来海ちゃんを迎えに行ったよ。そろそろ戻って来るんじゃないかな?夕飯食べてくでしょう?」


「はい。」

 何だか、ちょっと恥ずかしいな。もう夕飯目当ての人みたいになってる。本当は『ギンちゃん』と『銀ちゃん』目当てだけど…でも、夕飯も楽しみにしてるかも…


「ジョシュア君、一人だとクリームパン食べて終わりにしちゃうから、誰かいた方が良いんだよ。」

 そう言って、中島さんがハハハと笑った。


「え、あんなにマメなのに?」

 紅茶は茶葉から、コーヒーも豆から淹れてたし、コモモ(チベタンマスティフのぬいぐるみ)がほつれた時もキレイにかがり縫いをしてたし、料理も普通にやってるし、それなのに食事がクリームパンとは。


「そう、掃除も洗濯も料理も何でも出来るけど、一人だとクリームパンを口に押し込んで終わりにしちゃうの。まあ、そんなもんなのかな~若い人の一人暮らしなんて、特に男の子は。うちの息子も一人だとカップラーメンとかコンビニ弁当とかで済ませちゃうから、心配になっちゃうよ。」

 また、ハハハって笑った。


 中島さん良い人だな、私に気を使ってくれてるのかな、何て思っていたら外から車の音がした。


「帰って来たよ、お客さんも一緒だ。」


 中島さんの声で外を見ると、ジョシュアさんの車の後から、赤い車が入ってくるのが見えた。



「ギンちゃん、良かった。無事に帰れたんだね。」

 晴斗君が嬉しそうにギンちゃん目掛けて走って来た。


 その後ろから、来海ちゃん、そしてジョシュアさんと、赤鬼さん…あれ、この人が晴斗君のお父さん?


「学童のお迎えで晴斗君のお父さんに会ってね、昨日のお母さんの様子が心配だったから声かけたら、詳しく話を聞きたいってことになって、家にきてもらったんだよ。」


「こんばんは、夜分に申し訳ありません。晴斗の父です。」


 何とも心地よい低音ボイス。お顔を見た時は赤鬼さんと思ってしまったけど、声を聞いたら、外国人俳優の名前は思い出せないけど、コメディアンの人…に似てるような気がしてきた、確かにちょっと魅力的に見えてしまう。



 玄関横の応接室で晴斗君のお父さん(真悟さん)、ジョシュアさん、私で話をすることになった。密かに、この応接室を事情聴取室と名付けてみた。

 お茶は中島さんが日本茶を入れてくれた。


「昨晩から妻が寝込んでしまいまして。昨晩、晴斗は妻の実家で預かってもらったのですが、日曜日に何があったのか妻の母に尋ねても、要領を得ない答えしか返ってこなくて、困っていたんです。ただ、晴斗がペットのまめ吉を抱えて、家を飛び出してしまって、危うく車にかれかけたという話は聞いたのですが…晴斗に聞いても、自分の不注意だったと言うだけで…」


 ああ、やっぱり声が、語り口調が心地いい。詩の朗読でもしているかのような…いや、今は話の内容に集中しなくては。晴斗君はお父さんに、家にやって来た黒服の女性の話や、お祓いの話はしてないのか。まあ、お父さんを悪霊に見立てて追い出すためのお祓いだとしたら、そんな話をお父さんに出来る訳ないか。


「そんなことがあったんですか。晴斗君、怪我がなくて本当に良かったですね。」

 ジョシュアさんは、まるで初めて聞いた話の様な驚き顔で返事をしている。まあ、そうするしかないよね。


「晴斗の話だと、お宅の猫が助けてくれたと、それが事実ならば本当にありがとうございます。」


 お父さんの表情からは、晴斗君のことを心から心配していることが読み取れる。この人が、晴斗君を憎んでるとか危害を加えるなんて思えないけど…でも、サイコパスってそういう振りをして、実はって言う話も聞くもんなあ…


「うちの猫がですか?何はともあれ、無事でよかったです。」

 こちらは、万人ばんにんほだすような満面の笑み。


「昨日、こちらに伺った際に、香織は、妻はどんな話をしていたのでしょうか?」


「奥様のご実家は医者になる方が多く、そのため、晴斗君のことも医者にしなければならないと仰ってました。」


「妻は、自分が医者にならなかったこと、医者と結婚しなかったことに後ろめたさを感じている様で、晴斗のことは絶対に医者にさせると、それが自分の使命だと思い込んでいます。これから晴斗にもなりたい職業が出てくると思うんです、それを頭ごなしに医者に成れというのは、時代錯誤なんじゃないかと…私がその話をすると、妻は喧嘩腰になってしまって、もう何も言えない状況になってしまうんです。」

 そう言うお父さんは寂し気な表情だ。


「僕もそんなの時代錯誤だと思います。成りたいものに成れる時代なんですからねえ。」

 辛口な物言いだな…香織さんの時とはずいぶん対応が違うなあ。


「彼女は完璧主義者なんです。一度決めたことはやり遂げないと気が済まないんだと思います。もっと気楽に考えてくれてもいいんですけどね。」

 やっぱり寂しそうな表情だな。


「それと、はっきりは仰っていませんでしたが、悪霊祓いがどうとか、打ち合わせがどうと言う話をされていた様な。」


「悪霊祓いですか…先月だったかな、まめ吉の散歩をしていた時に、お隣のおじいちゃんが、うちに悪霊が入って行くのを見たと言っていたんです。黒い二つの影が家に入って行ったと。」


「え?黒い悪霊が家に入って行ったんですか?」

 思わず口を挟んでしまった。晴斗君は白い幽霊が出て行ったと言っていたけど、近所のおじいちゃんは黒い悪霊の影が二つ家に入って行ったと言っている。


「ええ、でも、そのおじいちゃん、ご家族の話では最近、痴呆の症状が出ているらしくて、何かと見間違えたんじゃないかと思って気にしてなかったんですけど…」


 二つの黒い影…銀ちゃんが言っていた、お祓いをする先生方の事かな?黒い服を着た女性が二人って言ってたし。


「失礼ですけど、奥様はカルト集団の様なものに関わっているのでしょうか?悪霊とか、お祓いとか、真面まともな発想ではないと思ったので。来海はお預かりしている子なので、晴斗君と関わることで、変な事件にでも巻き込まれたら、僕が来海の両親に合わせる顔が無くなってしまいます。」


 ジョシュアさん、なんだか厳しい物言いだな…いつもと違うような。


「妻に限ってそんな訳の分からない集団と関わる訳がありません。彼女は用心深く、賢明な人です。」


 声のトーンは穏やかだけど、あまりいい気分ではなさそうだ。そりゃそうだよね。


「それならいいんですけどね。所で、奥様が寝込んでいると仰ってましたが、何かあったんですか?昨日、うちに来た時はお元気なご様子でしたが。」


「それが、よく分からないんです。ただ、自分のせいで晴斗を危険な目に合わせてしまった、自分は晴斗に近づいてはいけないと言って、泣くばかりで。昨日の事がショックだったんだと思います、目の前で起きた事ですから。妻はああ見えて、弱い部分もあるんです、心根だって優しい。誤解されやすいたちではありますけど…」


 うーん、やっぱり、この人は優しい理解のある旦那さんにしか見えない…それなのに、どうして香織さんは、旦那さんのことを悪霊扱いするのだろうか?


「そうですか。ちょっと気になったんですけど、奥様、動物は嫌いですか?」


 ん?何だその質問は?感じ悪いぞ…会ったばっかりの頃を彷彿ほうふつとさせる口調だな…折角、旦那さんが奥さんのことを良く言っていると言うのに、なんか嫌な雰囲気になるじゃないか。


「嫌いな訳ありませんよ。晴斗が動物好きなのは妻譲りです。妻が犬好きでまめ吉を飼い始めましたし、とても良く面倒を見ています。ちょっと神経質すぎるかなと思うことはありますけど、それも全ては、まめ吉の健康のことを考えてです。」


「そうですか、じゃあ、僕の聞き違いかな。」


「どういうことですか?」


 お父さん、流石に口調が荒くなってきたな…これ以上、変にあおるのは止めていただきたいなあ。


「犬に悪霊の念が取りついているから追い出すとか、そんな訳の分からないことを言っていたような気がして。僕の聞き違いですよね、犬に悪霊の念なんて、そんな馬鹿げた発想ありえないですよね。」


 ああ、お構いなしの、満面の笑み。ここは使いどころが間違っているぞ。


「そんなこと言う訳がない。きっと、君の聞き間違いだ。」


 ああ、流石は一流の営業マン、怒りを抑え込んでいる。ジョシュアさん、お願いだからこれ以上、晴斗君のお父さんを不快にするようなことは言わないで欲しい…


「そうですよね。あ、お父さんも一緒に夕食いかがですか?中島さん、家に来てくれているお手伝いの方なんですけど、料理がめちゃめちゃ上手なんですよ。晴斗君たちは食べ終わったかな?」


 いつもの口調に戻っている。本当にホッとした…そして、お腹が空いた。そして、静寂の中、私のお腹が高らかに鳴った。恥ずかしくなって、恐る恐る二人の顔を見ると、驚きの表情。


「ははは…私は、お腹の虫をお祓いしないといけないかもですね…」

 ああ、恥ずかしさの余り、訳のわかんないこと言っている。


 二人とも笑いを堪えている…晴斗君のお父さんの顔が真っ赤だ、『赤鬼さん』…ダメだ、今この言葉を思い出したら、自分が笑ってしまう。顔が歪む…ここで自分が笑ったら失礼過ぎる。


「…やめてよ。腹がよじれるよ。」

 奴が大声で笑っている。


「ははははは」

 ああ、赤鬼さん、もとい晴斗君のお父さんも笑っている。


「じゃあ、急いで夕飯にしないとね。」

 笑い涙を指で拭いながら奴が言った。




 夕飯はジャガイモのグラタンと豚の角煮。

 どっちが、どっちのリクエストかわかってしまう。グラタンは素朴な味わいで、角煮は八角強めのパンチのある味。


 険悪そうだった、晴斗君パパとジョシュアさんは車の話で盛り上がっていた。電気自動車がどうとか、クリーンディーゼルがどうとか、兎に角、楽しそうに話していてホッとした。





今回のお話はいかがでしたでしょうか?

感想など聞かせていただけると励みになります。


毎週水、日 14時30分更新予定です。

宜しくお願いします。

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