第41話 もの言える証人⑨
「ぎんちゃん」の使い分け。注意書き!
♪銀ちゃん→ユーリー
♪ギンちゃん→猫(長毛、たち耳、白猫のスコティッシュフォールドの雄、推定10歳以上)
銀ちゃん(ユーリー)は、八幡宮の敷地以外では、猫のギンちゃんの体を借りて(体の中に同居して)過ごしています。
晴斗君は、僕たちをバックに入れてファスナーは閉めずに、立ち上がり宇宙基地を後にした。ギンちゃんはバックから顔だけ出して外を眺めている。
急いでさっきのコンビニの駐車場に戻ると、車に晴斗君のお母さんの姿はなかった。晴斗君は車の助手席を覗き込み、ドアを開けようとしたが鍵が掛っていて開かない。
「まめ吉、僕だよ。」
助手席に置かれたクレートに向かって声を掛けた。中からまめ吉の鳴き声が聞こえた。車の横で待っていたらお母さんが戻って来た。
「晴斗!どこに行ってたの。急にいなくなって。」
怒った顔で近づいて来る。ギンちゃんは急いでバックの中に隠れた。
「ごめん。」
「ほら、早く車に乗って。おじいちゃんの家に急ぐわよ。」
車は晴斗君のおじいちゃんの家に向かった。
おじいちゃんの家に着くと、お母さんはいそいそとまめ吉の入ったクレートを運び出し、玄関の呼び鈴も押さずに扉を開け、大きな声で
「お母さん、いる? 暫く犬を預かって欲しいんだけど。」
そういうと、玄関先にクレートを置いた。
奥から、晴斗君のおばあちゃんらしき女性が出て来て
「香織じゃない。急にどうしたの?旅行にでも行くの?」
「そうじゃないけど、お願いします。これはこの子のご飯。」
そう言って、紙袋をドカッとクレートの横に置いた。
「じゃあ、お父さんにもよろしく言っておいて。」
「もう帰るのかい?」
「急いで帰らないと、あの人が帰って来ちゃうから。」
「真悟さん元気にしてる?たまには遊びにきなさいよ。お父さんも真悟さんとお酒が飲みたいって言ってたわよ。」
「真悟さん、真悟さんって、そんなにあの人の方がいいならば、自分で連絡すればいいじゃない。私はあの人の召使でも伝言役でもないの。」
晴斗君のお母さんが怒っているような声で言った。
「そんなつもりじゃ…」
「私は必死なのよ、お母さん。晴斗のことを医者にしなくちゃならないし、主婦としてやらなくちゃならいことも沢山あるの。あの人ばっかり立派でいい人みたいな言い方しないでよ。」
「香織、どうしたんだい。何かあったのかい。」
「あの人はそう言う人じゃないのよ。始めのうちは私も騙されていたけど、外面ばかり良くて、晴斗のことなんかちっとも考えてくれない。あの人が家にいる限り、私も晴斗も幸せになれないの。」
「香織、一先ず落ち着きなさい。お前の勘違いじゃないのかい?真悟さん、晴斗ともよく遊んでくれるし、仕事だって頑張ってるし、お父さんだって褒めてたよ、本当に香織は良い人と結婚出来たって。」
「一緒に暮らしていないお母さんに何が分かるの、うるさいな。私は帰らなくちゃならないの。」
そう言うと、晴斗君のお母さんは横に立っていた晴斗君の手を引いた。
でも、晴斗君は動かなかった。
「晴斗、もたもたしないの。帰るわよ。」
それでも、晴斗君は動かなかった。
「晴斗!あなたまでお母さんを困らせないでよ。」
晴斗君のお母さんが怒鳴った。それでも、晴斗君は動かなかった。
「…僕、まめ吉とここにいる。」
晴斗君が小さな声で言った。
バックの中から僕たちは晴斗君の顔を見つめ続けた。晴斗君と目が合った。晴斗君は大きな声で叫んだ。
「まめ吉が帰らないなら、僕もここにいる。」
次の瞬間、晴斗君のお母さんが晴斗君の頬を叩いた。その場の空気が凍り付いた。
晴斗君は歯を食いしばり、クレートの扉を開けてまめ吉を抱き上げた。
「僕は帰らない。まめ吉が帰るまで帰らない。」
抱きしめる晴斗君の顔を、まめ吉はペロペロと舐めた。
晴斗君のお母さんは、体をこわばらせた晴斗君の両腕を掴み大きく揺さぶった。
「早く、まめ吉を放して、お前は帰るの。」
「嫌だ!」
晴斗君は捕まれた腕の痛みを堪えながら叫んだ。
「香織、やめなさい。晴斗が痛がってるよ。」
おばあちゃんのそんな声も無視して、晴斗君の体を揺さぶっていたお母さんが突然声を上げた。
「きゃ、痛い。」
そう言うと、掴んでいた晴斗君の腕を離して尻餅をついた。
ギンちゃんが晴斗君のお母さんの腕にしがみつきながら腕を噛んだのだ。
その隙に、晴斗君はまめ吉を抱えたまま、走って玄関を飛び出した。
「お母さん、あの変なおばさん達が来るようになってから、おかしくなっちゃんたんだ。家には悪霊がいるとか、お祓いしなきゃとか、お父さんを追い出すとか、変なことばかり言って、前はまめ吉のこと可愛がってたのに、今は厄介者扱いして、お母さん変だよ。悪霊なんていないのに。」
そう言うと、晴斗君はまめ吉を抱えたまま外に向かって走って行った。ギンちゃんも晴斗君を追った。
夢中で走る晴斗君は、車が近づいて来ることに気づかずに門を飛び出してしまった。もうダメかと思った瞬間、ギンちゃんが飛び出して、晴斗君を道から弾き飛ばした。晴斗君とまめ吉は道の端に転がって倒れた。
そして、ギンちゃんは車の前に着地した。
ギンちゃんは暫く目を閉じていたと思う。
顔の近くに少し生臭くて、生温かい風を感じて、ギンちゃんが目を開けた。茶色いモフモフに黒い目玉が二つ…まめ吉がハアハアしながら、こちらを見ている。
ギンちゃんと目が合うと嬉しそうに、姿勢を低くして、お尻を持ち上げた。
「ギンちゃん、僕たち無事だね。まめ吉も大丈夫そう。晴斗君は?」
僕がギンちゃんにそう声を掛けると、ギンちゃんは立ち上がり、辺りを見回した。
晴斗君は道端で、尻餅をついてこちらを見ていた。
「ギンちゃん…」
晴斗君は立ち上がって、こちらに近づいて来た。
「みんな無事だね。よかった。」
僕はそう呟いた。ギンちゃんもホッとしているみたいだ。
門の方から晴斗君のお母さんとおばあちゃんが走って来るのが見えた。
「晴斗!」
そう言って、おばあちゃんが晴斗君に抱きついた。
その後ろで、お母さんは呆然としている様だった。
おばあちゃんが、お母さんに向かって言った。
「香織、今晩は晴斗とまめ吉を家で預かるから、お前は一先ず一人で帰りなさい。」
お母さんは暫く呆然としていたが、項垂れながら車に乗り込み帰って行った。
おばあちゃんと一緒に家に戻って行く晴斗君とまめ吉を見送り、ギンちゃんも帰路についた。
~・~・~・~・~・~・~・~
「その後が大変だったんだよ。おじいちゃんの家が思いのほか遠くてね、どのくらい歩いたかな~藪の中を通ったり、他の猫の縄張りに入っちゃったみたいで、猫に追いかけられたり、いや、でも面白かったよ。」
銀ちゃんは楽しい思い出話でもするように、語った。
想像以上の大冒険に呆気にとられたけど、エージェントギンちゃんの大活躍で、かなり有用な情報が得られた。
「流石はギンちゃん、僕が見込んだだけあるね。」
「今回はギンちゃんが無事でよかったですけど、危ないことも多かったですよね。」
嬉しそうにしているジョシュアさんにチロっと目線を送った。
「大丈夫、ギンちゃんには神様がついてるから。」
目を細めて、笑ってるとも、困ってるとも判断がつかない表情…
何だよその何の根拠もない話…
「そうそう、晴斗君のお祓いが三日後って言ってたよ。昨日の話だから、二日後になるのかな? 僕、時間の表現がまだよく把握できてないんだけど。」
「え、じゃあ、銀ちゃんたちはどうやって時間を管理するの?」
「え?時間の管理?そんなこと考えたこともないよ。地球に来て初めて年とか月とか時間とか…あと昼と夜が1回づつで一日ってことも知ったよ。」
「じゃあ、待ち合わせとかってどうしてたの?次いつどこで会うかの約束のことだけど。」
「次会う約束?そんなのしたことないよ。会いたかったら、何となくこの辺に居るかなって所に行けば会えるし。」
「私との待ち合わせは?」
「明と待ち合わせしたことなんてないよ。毎日、明るくなって神社に行けば明に会えるって思ってた。」
屈託のない眩いほどの笑顔で言われると、もう何も言えない。そもそも、バックグラウンドが、文化が、価値観が…違い過ぎる。
どうやったら、この人に恋人、彼氏彼女の概念を植え付けることが出来るんだろうか…変な所で自信喪失してしまいそうだ。
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