第40話 もの言える証人⑧
「ぎんちゃん」の使い分け。注意書き!
♪銀ちゃん→ユーリー
♪ギンちゃん→猫(長毛、たち耳、白猫のスコティッシュフォールドの雄、推定10歳以上)
銀ちゃん(ユーリー)は、八幡宮の敷地以外では、猫のギンちゃんの体を借りて(体の中に同居して)過ごしています。
昨日のギンちゃんはとてもお疲れで、お風呂に入ってご飯を食べると直ぐに眠ってしまい、話を聞くことが出来なかった。代わりに今朝、いつもの八幡宮の境内で銀ちゃんに話を聞いている。
ジョシュアさんは来海ちゃんを小学校に送り出してから、間に合えば合流すると言っていた。
そして私は銀ちゃんと二人、いつものベンチに座っている。
「昨日は大変だったけど、凄く面白かったよ。」
銀ちゃんが思い出し笑いをしながら言った。
こんなちょっとした思い出し笑いでも、その微笑みは私のハートを射抜いてしまう。その屈託のない美しくも愛くるしい笑顔に私の目は釘付けになる…
そう言えば、ジョシュアさんが今の銀ちゃんの美しさはエデンにいた頃の四割減だって言っていた…これで四割減…四割増しの美しさ…考えただけでもおぞましい。
「へー、何がそんなに面白かったの?」
そんな気持ちを見透かされないように、何事もなさげに尋ねた。
「ギンちゃん大活躍だったんだよ。
まず佐々木さんの家に着いて、家の周りをぐるりと周って二階の小さな窓が少し開いてるのを見つけて、そこから入ろうとしたんだけど、白い大きな車が家の前に止まって、その後、玄関の方で声がしたから玄関の方に行ってみると、黒い服を着た女の人が二人、ちょうど家に入って行くところだったんだ。二人が家に入ると同時にギンちゃんも信じられないくらい素早い動きで一緒に家の中に入っちゃったんだ、びっくりしたよ。」
「え、家に入ったの?」
「うん。佐々木さんに見つかるとまずいからって、始めは玄関でじっとしていたんだけど、暫くすると、声が聞こえる方に近づいて行ったんだ。部屋の扉は閉まっていたけど、中から話し声が聞こえた。」
~・~・~・~・~・~・~・~・~
扉が開く反対側にいれば、誰かが中から開けた時でも見つからないからってそっち側の壁側に座って話を聞いていたんだ。
「ギンちゃん、話し声が聞こえるね。何の話をしてるんだろう?」
「し~にゃ」
「ごめん、静かにするよ。」
僕たちは黙って、中の話し声に耳を澄ませた。
「…魔除けの石のお陰で悪い気が薄くなっています。でも、この家に漂う気が強すぎて石だけでは不十分なようです。」
「今日も晴斗の身に危険なことがあったんです。未然に防ぎましたけど、もしあのまま木登りなんかしていたら、どんな危険なことがあったか、想像しただけでも恐ろしくなってしまいます。先生、私はどうしたらいいんでしょうか?」
「まずは晴斗君に取りついている悪霊の念を払う必要があります。」
「晴斗に悪霊の念が取りついているんですか?」
「はい、悪霊はその家で一番弱いものに念として取りつきます。晴斗君は悪霊の標的になりやすかったんでしょうね。」
「そんな、晴斗に何かあったら…」
「佐々木さん、大丈夫です、私たちが付いています。まずは晴斗君の念を払って、それからこの家に住み着いている悪霊の本体を追い払いましょう。」
「はい、わかりました。それで、お払いの日程はいつがよろしいでしょうか?先生方の御都合に合わせます。出来るだけ早い日取りでお願いします。」
「では、早急に準備をいたします。三日後…」
僕たちは暫く中の会話に耳を傾けていたが、顔の近くでハアハアと荒い息遣いが聞こえ、ちょっと生臭くて生温かい風が顔にかかることに気づき、ギンちゃんは目線だけをチロっとそちらに向けた。
茶色くふわふわした綿の塊から大きな黒い目玉が二つこちらをじっと見つめている。目線が合うと、茶色いふわふわが姿勢を低くした、どうやらこちらに飛びつこうとしているようだ。
ギンちゃんも姿勢を低くして、後ずさりをした。
茶色いふわふわが低い姿勢のまま、お尻だけを高く持ち上げ、先にだけふわふわが付いた長いしっぽをフリフリした。
「ワン」
茶色いふわふわが一声、家中に響き渡るような高い大きな声で吠えた。
その声を聞くと同時にギンちゃんは、走り出した。開いている扉を探したが、どこにもなかったので、二階への階段を駆け上がった。
「ギンちゃん、二階の窓が開いてたよね。あそこから逃げようよ。」
「にゃにゃ~」
ギンちゃんもそのつもりらしく、足音を立てずに素早く二階に駆け上がると開いている小窓を探した。
茶色いふわふわも僕たちを追いかけてドタドタと二階に上がって来る。
どんなに探しても小さな窓が見つからず、仕方なくギンちゃんはカーテンレールの上に駆け上がった。
下から茶色のふわふわがこちらを見上げて鳴いている。鳴くというより降りて来てと言ってるみたいだった。
「クーン、クーン、クーン、ヒーン、フーン、クーフ、クーン…」
僕は、ふわふわは僕たちと一緒に遊びたいのかもしれないと思った。
「ギンちゃん、あのふわふわはギンちゃんと遊びたいのかもしれないよ。遊んであげたら?」
だけどギンちゃんは、ふわふわと遊びたくないみたいだった。ふわふわには目も向けずに、ずっとそっぽを向いている。
ふわふわは痺れを切らしたらしく、また高い大きな声で一鳴きした。
「ワン」
その後すぐに、一階から佐々木さんの声がした。
「まめ吉、うるさいわよ。お客様方に失礼でしょう、静かに。」
その声を聞いた茶色いふわふわ(以後、まめ吉)は、しっぽをフリフリしながら一階に降りて行った。
「ギンちゃん良かったね。まめ吉は一階に降りて行ったよ。この隙にこの家から出よう。」
「にゃ~」
勿論だと言ってるようだった。
ギンちゃんがカーテンレールから降りようとしたとき、一階からまめ吉の鳴き声が聞こえた。
「ガルルルルウー、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン…」
まめ吉が何かに対して威嚇しているみたいだった。
「まめ吉、止めなさい。先生方に失礼でしょう。」
一階から佐々木さんの厳しい声が聞こえた。
「この犬も悪霊の念に取りつかれています。その証拠に瞳が濁っています。やはり悪霊は弱いものを狙うのです。この犬もお祓いをしないとなりません。」
別の女性の声が聞こえた。多分、あの黒い服の女性だと思う。
「ガルウウウウウー、ガルウウウウ―、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン」
まめ吉は威嚇を止めなかった。
「まめ吉、お前はこっちに入ってなさい。」
佐々木さんの声と共に、まめ吉の鳴き声が遠くなった。どこか別の部屋に押し込められたみたいだった。
「先生、まめ吉はあの男と一緒に出て行ってもらおうと思います。であれば、お祓いは晴斗だけでも大丈夫でしょうか?」
「であれば、お祓いの日に犬が邪魔をしないようにどこか別の部屋に閉じ込めて置いて下さい。また、お祓いの後は晴斗君と犬を接触させないようにしてください。出来ますか?」
「わかりました、まめ吉は私の実家に預けることにします。」
「それが良いでしょう。犬も本物の悪霊から距離が取れれば、自然と元の状態に戻るかもしれません。早くご実家にお預けになることをお勧めします。」
「はい、今日にでも実家に預けに行ってきます。」
その後、二階の窓辺から下を覗くと、さっきの黒い服の女性が二人、白い大きな車に乗り込み帰って行くのが見えた。
下の階から、晴斗君と佐々木さんの話し声が聞こえた。
「お母さん、まめ吉は僕が面倒を見るからここに置いて。」
「ダメよ。まめ吉も悪霊に呪われているの、この家から出してあげるほうがまめ吉のためなのよ。」
「お母さん…悪霊なんていないよ…もう、その話やめてよ。」
「何を言ってるの、あなたも見たでしょう。」
「僕…悪霊なんて見てないよ…」
「見たって言ったじゃない。白いふわふわしたものが庭を通って門から出て行ったって言ってたでしょう。それが、悪霊の一部です。あの石のお力で悪霊の一部が出て行ったんです。でも、ここにいる悪霊の力が強すぎて、石だけでは不十分なの。だから、まずは晴斗のお祓いをして、その後、悪霊の本体を追い払っていただくの。何も心配することないわ。お母さんのいう事を聞いていれば、悪霊から晴斗を守ってあげられるの。」
「お母さん…」
「晴斗、おじいちゃんの家に行くから、着替えて車に乗りなさい。」
「お母さん、まめ吉はおじいちゃんの家に預けるだけだよね?また帰ってくるよね?」
「いいから準備して。お母さんの言うとおりにしていれば大丈夫だから。」
「…」
誰かがすすり泣きながら階段を上がって来る音が聞こえた。
僕たちは身をひそめた。
上がって来たのは晴斗君だった。それを見たギンちゃんは晴斗君の方に向かった。
「ギンちゃん、晴斗君とは言え、姿を見せたらダメじゃない?」
僕はギンちゃんにそう言ったけど、ギンちゃんは大丈夫と言わんばかりに晴斗君の足元にすり寄った。
「あれ、お前は…」
そう言って、晴斗君はしゃがみ込んでギンちゃんの頭を撫でた。
「ギンちゃんだよね?どうしてこんな所にいるの?ついてきちゃったの?」
晴斗君が声を潜めて話しかけてきた。
「にゃ~」
ギンちゃんが小さな声で鳴いた。
「晴斗、早く着替えて。」
下から佐々木さんの声がした。
「ちょっと待って。」
晴斗君が返事をした。そして、ギンちゃんを抱きかかえて自分の部屋に入った。
「ちょっと待っててね。僕、着替えるから。そしたら、お前を外に出してあげる。」
そう言って、晴斗君は着替えをして、椅子に登って、クローゼットの上の方から大きなバックを引っ張り出した。
「ギンちゃん、このバックに入って。ちょっと窮屈だけど家の外に出るまでの間だから。我慢してね。」
そう言われて、ギンちゃんは大人しくバックの中に入って屈んだ。晴斗君はほんの少し隙間を残してバックのファスナーを閉めた。
カバンの中は不安定で、晴斗君が持ち上げると大きく揺れた。
「ギンちゃん、結構重たいね。じっとしててね。」
晴斗君の声が聞こえた。晴斗君が歩くたびにバックは大きく揺れた。階段を降りるとき、ドンドンとお腹に階段が当たるのを感じた。それはちょっと痛かった。
「晴斗、その荷物は何?」
佐々木さんの声が聞こえた。
「これは、おじいちゃんに借りた本。返そうと思って。」
「そんなもの後で良いのに。先に行って車の所で待ってなさい。お母さんはまめ吉を連れて行くから。」
「うん、わかった。」
そう言って、晴斗君は家の外に出た。
揺れるカバンの中で、二人で息を飲んでじっと待った。直ぐにかばんは地面に置かれて、晴斗君がファスナーを開けながら声を掛けた。
「ほら、お家にお帰り。来海ちゃんが心配してるよ。」
ギンちゃんは目を細めて晴斗君を見上げ、ゆっくりと大きく体を伸ばし、カバンから片足を出そうとした。丁度その時、晴斗君の後ろから声が聞こえた。
「晴斗、なにやってるの?汚いから虫とか土とか触っちゃダメよ。病気になるから。」
「何でもないよ。カバンが重かったから地面に置いただけ…」
そう言いながら、晴斗君はギンちゃんが入ったままのカバンのファスナーをゆっくり閉めた。
「地面に直に置かないでって言ってるでしょう。」
佐々木さんの声が聞こえた。
晴斗君がカバンを持ち上げると、再びカバンは大きく揺れた。晴斗君に運ばれて僕たちは車に乗せられた。まめ吉は前の席に乗せられているようだった、さっき顔の近くでまめ吉にハアハアと息を掛けられた時と同じ匂いが前の方からしていた。
車が走り出すと、晴斗君が佐々木さんに声を掛けた。
「お母さん、僕、コンビニに寄りたい。」
「何が欲しいの?」
「トイレに寄りたい。」
「何で家でしてこなかったの、全くもう。お父さんが帰ってくる前に戻らなくちゃならないのに。」
そんな会話が聞こえて、暫くすると車がどこかで止まった。
「早く、いって来なさい。」
佐々木さんの声がした。
晴斗君は僕たちが入ったカバンを持って車を出た。
「晴斗、その荷物は置いて行きなさい。」
また、佐々木さんの声がした。
晴斗君は佐々木さんの言う事を聞かずに、僕たちが入ったカバンを抱えて、走り出した。
背後から佐々木さんの声が聞こえた。
「晴斗、待ちなさい。何処に行くの。」
その声が遠くなって行った。
数分もすると、晴斗君はハアハアと息をきらしながら速度を下げて歩き出した。また少しすると、晴斗君はカバンを地面に置いてファスナーを開けた。ギンちゃんが目を細めて晴斗君を見上げると、晴斗君は僕たちを抱きかかえて、カバンから出してくれた。
そこは公園の遊具の中のようだった。以前、ギンちゃんが子どもたちから身を隠して昼寝をしていた場所だったと思う。外から見ると、青くて丸い円形で、丸い窓が何個かついている遊具だ。子どもたちが「宇宙基地」と呼んでいた。
「ギンちゃん、ここから一人でお家に帰れる? 僕はもう少しここにいるよ。」
そう言って、晴斗君は今にも泣き出しそうな顔で僕たちを床におろしてくれた。
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
少し前から、斜め後ろに気配を感じる。
良く嗅ぎなれたいい香りもする…
銀ちゃんの視線も、私を通り越した先を見ている気がする。
恐る恐る、視線だけそちらに向けると…
「僕のことは気にしないで、さあさあ、話の続きを。」
やっぱり奴だ。来海ちゃんを小学校に送り出し、やって来たらしい。
何だか、物凄く顔が近い気がする。
「あの、もう少しさがってもらえますか?」
私がそう言うと、
「えー、だってこのベンチ狭いんだもん、明がもっとそっちに行きなよ。」
そう言って、奴は肩で私の背中を軽く押してきた。
「止めてくださいよ。」
そんなことしたら、銀ちゃんと近くなっちゃう。これ以上近づいたら、ドキドキして話なんて上の空になっちゃう。
「明、もっとこっちにおいでよ。」
銀ちゃん、そんな眩しい笑顔でそんなこと言わないで…私の心臓が持たない…ああ、やっぱり言って…
って、そんなこと悶々と考えている場合じゃない。
「並びがおかしい!」
そう言って私は立ち上がり、銀ちゃんの後ろ側に移動した。
「どうしたの、急に大声出して?」
銀ちゃんが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「いや、その…銀ちゃんの話を聞くんだから、銀ちゃんが真ん中の方が良いかなって…」
奴がクスクスと笑っている…
今週の目標…今週中に奴に何らかの報復を行う。そう腹に決めた。
その後は、銀ちゃんを挟んで二人でじっくりと話を聞いた。
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
床に降ろされたギンちゃんはそのまま、晴斗君の顔を目を細めて見つめていた。
「ギンちゃん、僕のことは大丈夫だから…お家に帰りなよ…」
晴斗君はそう言いながら大粒の涙を流した。
ギンちゃんは目を細めてただ晴斗君の顔を見つめていた。
「ギンちゃん、僕の事心配してくれるの…」
鼻声になった晴斗君がそう言って、僕たちを抱きかかえた。
「にゃ~」
抱きかかえられながらギンちゃんは小さく鳴いた。
「ギンちゃん、ありがとう…」
そう言うと晴斗君はギンちゃんを抱えたまま、その場に座り込んだ。
「お母さんがね、僕にお医者さんになりなさいって言うの、でも本当は人間のお医者さんじゃなくて、動物のお医者さんになりたいんだ。だけど、そんなこと言ったらお母さん困っちゃうから言えなくて…
今日だって、木登りしたことを怒られたときも、来海ちゃんと遊んじゃ駄目って言われたときも、僕は何も言い返せなかった。でも、来海ちゃんは僕の代わりに言い返してくれて、来海ちゃんが羨ましいって思ったんだ。僕もちゃんと思った事を言わなくっちゃって。頑張ったけど、やっぱりダメだった。お母さんがまめ吉をおじいちゃんの家に連れて行くのを止められなかった…」
そう言って、晴斗君は僕たちをぎゅっと抱きしめた。
「やっぱり、僕はダメだね…」
晴斗君の話を聞いていて僕は悲しくなった。
晴斗君はこんなに頑張っているのに、どうして自分のことをダメだなんて言うんだろう。
何が晴斗君をそう言う気持ちにさせるのだろう。
ギンちゃんも僕と同じ気持ちだったみたいで。晴斗君はダメじゃないと言っている気がした。
突然、ギンちゃんが暴れ出した。いつもは大人しいギンちゃんが体をグネグネグイングインと動かして暴れた。何だか怒っているみたいだ。
「ギンちゃんどうしたの?ごめんね、僕の愚痴なんて聞きたくないよね。」
そう言って、晴斗君はギンちゃんを床に降ろした。
床に降りるとギンちゃんは、カバンの上に座り込んだ。
自分を連れてお母さんの所に戻ろう、まめ吉を取り戻そうと言っているみたいだ。でも、そんなの晴斗君に伝わるだろうか?と僕は疑問に思った。
「ギンちゃん、分かったよ。僕、お母さんの所に戻るよ。そして、まめ吉を連れ戻す。」
晴斗君が涙を袖で拭いながら、ギンちゃんにそう誓った。
今日のお話はいかがでしたでしょうか?
感想を聞かせていただけると励みになります。
毎週水、日 14時30分更新予定です。
宜しくお願いします。




