第4話 話し相手が二人現れる
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4話目です。よろしくお願いします。
銀髪の青年は毎朝、この神社にやって来て、何をするでもなくただ時間を潰してた。
暑さも寒さも不快に感じることはない。
この神社の境内に居る限りは空腹も感じない。
彼にとって、時間の経過はどんなに長くても苦痛なものではない。
彼はそう言う類の者である。
神社の縁に腰かけて、空を見上げる。
それほど遠くない過去に自分が居た場所を思い、空を見上げていた。
自分の選択が間違っていたとは全く思っていない。
こうなってしまった事についても納得している。
ただ、何と言うか、思っていた感じと違うと言うのが正直な感想だ。
魂が永遠に漂い続けることになるだろうと言われたが、これが、魂が漂うと言う状態なのだろうか?
過去にそうなった者を知らないので、何が正解かわからないけど。
この先、何をやって過ごしていけばいいのだろうか?
そんなことを漠然と考えたが、彼にとっては深刻な悩みではなかった。
彼にとって時間はただ過ぎていくだけのものなのだ。
話し相手がいないことに、ほんの少しだけ物足りなさを感じた。だが、それも彼にとってはさほど深刻な問題ではなかった。
実際、以前、自分が居た場所でも、自分はそれほどお喋りではなかった。
一つ気になることがある。
自分がこうなることを選択した対価として、あの人の無事は保証されたのだろうか?
確かめようがないことだから、ただ、無事でありますようにと祈る事しか出来ない。
そんなことを考えながら、空を見上げていると、女の子が犬を連れてこちらに向かって来るのが見えた。女の子と言っても、高校生くらいだろう。
そう言えば、彼女はよく見かけるなあ。いつも犬を連れている。
その犬が鳥居の前で突然クルクルと回り出した。そしてしゃがんだ。
女の子があたふたしている。何やら小さなバックに手を入れて何かを探している。そして、女の子もしゃがみ込んだ。
青年はその様子を眺めていた。
女の子が立ち上がって、こちらを見た。
目が合った途端、こちらの視線に気づいたかの様に彼女が急に目を逸らした。
あれ? 見えてる?
青年は立ち上がり、女の子と犬の方に歩いた。
近づいて来る青年に気づいた犬は、その場に伏せて彼を待った。
女の子は、そんな犬を強引に立ち上がらせようと、再び、あたふたし始めた。
青年は、ここから先には行けない、ぎりぎりの所で立ち止まり、声を掛けた。
「おはよう。」
女の子が答える。
「お、お、おはようございます。」
彼女の視線は犬の方を向いている。
この子、見えるんだ?
そう思ったら心の声が漏れた。
「へえー、意外だな。」
その後は、女の子と犬は自分の所にやって来て、犬は飛びついてきて、顔中をペロペロ舐めた。
その後、その女の子と少しだけ言葉を交わした。
そして、彼女は犬を強引に引っ張って、帰って行った。
話し相手が出来そうだ、そう思うと青年はほんの少しだけ嬉しくなった。
女の子が去って一時間もしないうちに、もう一人の話し相手候補がやって来た。
全く予想もしなかった男だ。
「ヒオスじゃないか、どうしてここに?」
青年は男に尋ねた。
「ご無沙汰しておりました。実は、この近くで、エシャが見つかったので。」
そう言って、男は青年の前に片膝をついて跪こうとした。青年はそれを止めた。
「畏まらなくていいよ。もう、そう言う関係ではないだろう。」
「それもそうだな。」
跪きかけた姿勢を戻し、ラフな口調で答えた。
「それで、今回はどんな感じなの? 元気そう?」
「ああ、元気そうだった。普通の家庭で幸せそうに暮らしている。」
掌を返したような態度に少し呆気にとられたが、気を取り直して尋ねた。
「それで、どうするの?」
「まだ記憶が戻っていないから、とりあえず近くで見守ろうと思う。」
「そうなんだ。それじゃあ、この辺に住むの?」
「ああ、二週間前から住んでいる。それにしても…」
男はまじまじと青年を眺めて、言葉を続けた。
「あの方が干渉してくれたお陰だな。」
「え? 誰が何に干渉したって?」
「本来なら、影も形もなくなって魂だけで漂い続ける羽目になるはずだったのを、あの方がそうさせなかったらしい。」
「どうして?」
「自分でもわかっているだろう?貴方はあの方のお気に入りなんだよ。頃合いを見て引き戻すつもりだろう。」
そう言って、縁に胡坐をかいて頬杖をついて、こちらに目をやった。
尊大な態度だなと思ったが、自分がそれを許したのだから何も言うまい。
「あの方がそんなことをするとは思えない……ところで、あの人は元気にしてるか?」
「あの人?…ああ、元気だよ。心配する必要はない。」
そう言うと、男は、立ち上がり。
「また近いうちに会いに来る。」
そう言って、去って行った。
少し含みのある言い方にも聞こえたが、あの人が元気だと聞いて安心した。
心配事もなくなったし、話し相手も出来そうだ。
あの方が自分のためにそんなことをするだろうか?本当にそうならば、いずれはっきりするだろう。
神社の前を色とりどりのランドセルを背負った子どもたちが歩いて行く。鳥居の前で掃き掃除を始めた高齢の男性が、子どもたちに声を掛けている。
暫くすると、神社の側のアパートから女性がいそいそと出て来て、自転車に跨り、神社の前を猛スピードで過ぎて行った。
だれも、こちらを気にする人はいない。
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