第36話 もの言える証人④
日曜日の朝、銀ちゃんと神社でお喋りをして、モモ太も連れてギンちゃんと一緒にジョシュアさんの家に向かった…二日連続訪問だ。
思えば、いつ行っても嫌な顔一つせず迎えてくれるし、かなり頻繁にご飯をご馳走になっている。
昨日は近日中にお前を必ず殴ると心に固く誓ったが、彼は命の恩人だ。始めのうちは感じが悪い奴だと思っていたし、来海ちゃんのこともあって変態ロリコン野郎だとも思っていた。だけど、今ではそれは誤解だったと納得している。
でも疑ったことを反省はしていない。今でも時々人を逆なでするようなことを平気で言ってくるし、完全に人のことをおちょくっているとしか思えない発言も多い。中島さんが、「ジョシュア君は末っ子だから甘えん坊なのよ」なんて末っ子だったら何やっても許されるかのようなことを言っていたが、そんなのおかしい。
夏子も大河も末っ子だけど、あんなじゃない。
ただ、斯く言う私は一人っ子なのだが…
「ねえ、ギンちゃん、ギンちゃんは兄弟いるの?」
横を歩くギンちゃんがこちらを見上げて、声を上げた。
「にゃーーー」
「そうだよね、覚えてないよね。」
「にゃ」
「モモ太! 明お姉ちゃん! ギンちゃん! おはよう。」
背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た、振り返ると、本間さんの手を引きながら来海ちゃんがこちらに向かってくる。
そういえば、この子も一人っ子だったな…かなり自由な感じがする。
「来海ちゃん、おはよう。今日はお父さんと一緒なんだね。」
「うん。モフモフ。」
そう言って、モモ太の首に抱きついた。
「明ちゃん、おはよう。いつも、来海がお世話になってます。」
そう言う本間さんの表情は決して暗くはないが、何だか目の下にクマが出来て、寝不足感が否めない。やっぱり疲れてるのかな?残業とか出張が多いみたいだし…つい『社畜』という言葉が頭を過った。
「こちらこそ、来海ちゃんにはお世話になってます。これからジョシュアさんの家ですか?」
「ええ、彼には甘えてばかりで本当に申し訳ないんだけど、数日、北海道の妻の元に行くことになって、来海は学校があるから数日預かってもらうことにしたんだ。」
来海ちゃんは一緒に行かないんだ?と不思議に思っていると、
「来海ね、お姉さんになるの。だから、小学校で皆勤賞取るの。お友だちも沢山作って、木登りも上手になるの。」
「え、来海ちゃん、妹か弟ができるの?凄いね。嬉しいね。」
来海ちゃんはモモ太に抱きついたまま、満面の笑みで頷いた。
「本当は、来海も一緒に連れて行きたいんですけど、学校休みたくないって言ってきかないので…」
「それは、凄いね。来海ちゃん頑張り屋さんだもんね。」
一人っ子仲間が一人減りそうだ…
基本、土日は花沢さんも中島さんもお休みだ。
「今日、晴斗君と遊ぶお約束してるの。ジョシュアの家に連れてきてもいい?」
可愛い絵柄だけど、やたらとみんな死んでいくシュールな魔女のアニメを観ていた来海ちゃんがジョシュアさんに向かって言葉を放った。
「どうぞ。何時頃来るの?」
「十一時に公園でまちあわせ。」
時計を見るともうすぐ十一時。ジョシュアさんが返事をした。
「じゃあ、迎えに行こう。」
来客があるなら私は帰ろうかな。
「じゃあ、私たちはお暇しようかな。」
「え、用事がないならばいてよ、子ども二人は厳しいよ。」
確かに、それもそうだな。
「特に用事はないから、じゃあ、今日もお昼ご飯ご馳走になりま~す。」
「明の得意料理って何?」
突然、予想外の質問が飛んできた。
「え?得意料理ですか…ゆで卵とか冷凍パスタとか…」
いや、これ料理じゃないよな…
「料理しないの?」
「いや、しますよ。たまには。」
とは言え、最近何を作ったっけ?大河の家でパンを焼いて、その前は…大河の家でマカロンを作った…その前は、そうだ、朝食にホットケーキを焼いた!
「…ホットケーキとか」
「いいね!お昼それがいいよ。」
はあ、何でもいいから作れってことね。
「小麦粉、ベーキングパウダーはこの辺、バター、卵、牛乳は冷蔵庫にあるから適当に使って。メープルシロップにはちみつとジャムもある。じゃあ、僕は来海と晴斗君を迎えに行ってくるね。」
「え!ホットケーキミックスで作るんじゃないんですか!」
「来海、今日は明お姉ちゃんが、それはそれは美味しいホットケーキをつくってくれるんだって。晴斗君と一緒に食べようね。」
「わーい! 明お姉ちゃん、ありがとう! 楽しみにしてるね。」
そう言って、二人は出て行った。
モモ太とギンちゃんに見守られながら、呆然と立ち尽くしていたが、こうしちゃいられない、取り敢えずネットで検索しよう。
いやそれよりも大河に電話で聞こう。
「もしもし、大河。ホットケーキの作り方教えて。」
「はあ!ネットで調べなよ。」
「調べても、きっと私一人じゃ上手に焼けない。上手に焼けなかったら笑いものにされちゃう、そんなの悔しい。」
「あ?何の話してんの?どこで何のために作るの?」
「ジョシュアの家で、あいつと、来海ちゃんと、来海ちゃんのボーイフレンドのために焼くの。しかも、小麦粉とかベーキングパウダーとかから…ホットケーキミックスがないの。」
「それは、ちゃんとしたものをお出ししないとね。僕が飛んで行って代わりに作りたいくらいだよ。テレビ通話に切り替えて、指導するから。」
「大河、ありがとう。」
嬉しさの余り、涙と鼻水が出た。
「小麦粉とベーキングパウダー合わせてから二回ふるいにかけて、バターは溶かしバターを入れるから湯せんにかけて。」
「湯せんってなに?」
「ふざけてるの?湯せんだよ、ゆ・せ・ん! お湯を準備して!!」
そんなスパルタな指導の元、始めの数枚は見事に焦がしたけど、その後は、とても自分が作ったとは思えない、それはそれは美しいホットケーキが出来上がった。
「大河、恩に着るよ。これで笑いものにならずに済む。」
嬉しさの余り、またもや涙と鼻水が止まらない。
「明、これからも精進してジョシュアさんにふさわしい彼女になってね。僕、応援してるから。所でもうキスはした?」
はあ?
そこはかとない殺意を感じたので、そのまま無言で通話を切った。
電話を切ったと同時くらいに、みんなが帰ってきた。
「わ~、いいかおり。」
玄関の方から来海ちゃんの声が聞こえる。
「わ~、台所、汚い。」
台所に入ると同時にジョシュアの声。
当たりを見回すと、ギンちゃんは食器棚の上に避難していて無事だったが、モモ太は小麦粉をかぶって、粉砂糖が掛った何かみたいになっている。でも汚いって程じゃないよ。
「今、作り終わったところだから…食べたら、片づけます…はは。」
「明、これ本当に美味しいよ!」
「おいしい!! 明お姉ちゃん、来海にも作り方教えて。」
確かに美味しい。ホットケーキミックスで作るよりもうまい…
「こんなにおいしいパンケーキ食べたの初めてです。本当に美味しいです。」
愛くるしい表情でクリクリのおめめ、本当に可愛らしい顔で晴斗君が言った。パンケーキって言う所に育ちの良さを感じる気がするし、来海ちゃんの言った通り一口でお口に入る量が少ない。
「いや、それほどでも。このくらい朝飯前だから…いつでも作るよ…」
「それじゃあ、毎週日曜にお願いしようかな。」
「はは…毎週はちょっと…」
結局、後片付けはジョシュアさんがしてくれて、来海ちゃんと晴斗君はモモ太やギンちゃんと庭で遊んでいた。
縁側から遊ぶ二人を眺めていたら、来海ちゃんが晴斗君を大きな木の方に連れて行った。
「来海ね、この木登れるんだ。晴斗君も一緒に登ろう。」
ああ、木登りに誘っちゃうんだ。晴斗君のお母さんそう言うの嫌がるかもと思い、念のためジョシュアさんに報告に行った。
「来海ちゃん、晴斗君にも木登りさせるつもりですよ。晴斗君のお母さんはそういうの許さないんじゃないかな。」
「そうなの?どうして?」
「いや、何となく。そんな気がしたんですけど。」
二人並んで、木の下から登って行く来海ちゃんと晴斗君を見上げていると、門の方から女性の声が聞こえた。
「御免ください!エバンズさんいらっしゃいますか!晴斗の母です。」
ドアホンを通さずとも、直に聞こえて来る。
「ああ、噂をすればだよ。」
彼はいつも通りのにこやかな表情で、声の方に向かって行った。
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