第35話 もの言える証人③
「ぎんちゃん」の使い分け。注意書き!
♪銀ちゃん→ユーリー
♪ギンちゃん→猫(長毛、たち耳、白猫のスコティッシュフォールドの雄、推定10歳以上)
銀ちゃん(ユーリー)は、八幡宮の敷地以外では、猫のギンちゃんの体を借りて(体の中に同居して)過ごしています。
今日は中島さんが早めに来海ちゃんを迎えに行ったらしい。
「晴斗君のママに会ったよ。何て言うんだろう…ちょっと神経質そうな人だね。」
シーツ騒動の後、中島さんにも晴斗君が幽霊を見たという話と、彼の腕に痣があった話をしたので気に掛けてくれたのかもしれない。
「晴斗君のママさん、お洒落を頑張ってる感じだから、素敵なワンピースですねって声かけたら話が盛り上がってね、本当は晴斗君を私立の小学校に行かせたかったのに、夫の意向で小学校は公立に入れたって言われてさあ、『あら、そうなんですか。』としか返事できなかったよ。」
今日の夕飯はカレーライスとサラダとコーンスープ、来海ちゃんのリクエストだそうだ。そして、今日は四人で食べている。カレーは割としっかりスパイスの効いた本格的な味だけど、食べやすい。中島さんも料理上手いんだよな~。そんな中島さんは現在独身で、ジョシュアさんと同い年になる息子さんがいるそうだが、家に帰っても一緒にご飯食べてくれるわけじゃないからと言って、ここで一緒に食べて帰ることが多いらしい。
「教育熱心なママさんなんですね。お洒落な人なんですか?」
そう尋ねると、中島さんが首を傾げて
「う~ん、率直に言うとズレてるんだよね。ワンピースも目がチカチカするほど派手だったし。」
「僕が会った時は全身黄緑だった。流行の色ですね素敵ですねって声かけたら、何でそんな話になったか忘れちゃったけど、晴斗君を医者にさせたいから、もっと勉強をさせないといけないので、お友だちと遊ばせている時間はないんですって言われた。」
「ああ、けん制されたのかもね。来海ちゃんと晴斗君、仲が良いから。」
「え、そういう事なの?」
来海ちゃんの前でそれ以上の話は控えたようだが、多分、晴斗君のママは晴斗君を来海ちゃんと遊ばせたくないのだろう。
来海ちゃんはそんな大人の会話には興味を持たず、黙々とカレーライスを食べ、サラダにのっているピーマンの輪切りをフォークでジョシュアさんのサラダに移動させた。
「いらない。」
そう言って、ジョシュアさんは置かれた分と自分の分のピーマンをフォークで来海ちゃんのサラダに戻した。
「ピーマン食べなきゃだめでしょう。」
強気な来海ちゃんの発言。
君も食べたくなくて自分のピーマンをジョシュアさんのサラダに入れてたじゃないか
「そうだよ、ジョシュア君、大人なんだからそのくらい食べちゃいなよ。」
あれ?中島さんは来海ちゃんの肩を持つんだ、と思ったら、来海ちゃんが輪切りのピーマンを口に入れた。
「こうやって食べるんだよ。」
そう言ってモグモグと食べた。
「来海ちゃんはピーマン食べられるの?」
そう尋ねると、嬉しそうに首を縦に振って、
「うん、大好き。」
「好き嫌い多いのはジョシュア君の方なんだよ。」
中島さんが溜息をついた。
「ここ数日、来海ちゃん好みの渋い献立が続いたから、今日はジョシュア君が食べやすいメニューにって来海ちゃんにリクエストされたの。どっちが保護者かわかんないよ。」
「うちは嫌いなものは食べなくても良いって教育方針だったの。他の食べ物で栄養は補えるし、精神衛生上よろしくないからって理由で。」
一見、理にかなっているように聞こえるけど、ただの屁理屈にも聞こえるなあ。
週末の昼間、ギンちゃんと一緒にジョシュアさんの家に行くと、庭の大きな木を見上げてジョシュアさんが上に向かって叫んでいるのが見えた。
「来海、パンツ見えるから、ズボンに履き替えてから登りなよ。」
「これは見えてもいいパンツなの。」
上から返事が聞こえた。
私も彼の横に立って上を見上げた。来海ちゃんが木登りをしている。確かにスカートの下に見えても大丈夫な黒い短パンを履いている。
「あ、おはよう、明。お帰り、ギンちゃん。」
こちらに気づいて、彼が声を掛けてきた。
「おはようございます。木登りなんてさせて危なくないんですか?」
「え、子どもは木登りするでしょう。」
え?それもお宅の教育方針ですか?
「ジョシュアさんどういう所で育ったんですか?この辺じゃ木登りしてる子なんて見かけないですよ。」
「うそ!木登りしないの?生まれはエディンバラだけど、親の仕事で点々としてて、ハイランド地方のド田舎に連れていかれたり、日本の奈良に住んでたこともあったけど、みんな崖とか木とか登ってたよ。」
ハイランド地方のド田舎ってどこだよ?崖を登る地方ってどこだよ?
「奈良ならば、大きな木が沢山ありそうですね。」
全く分からないが上を見ながら適当に答えた。来海ちゃんがどんどん上に登って行く、流石に怖くなった。
「やっぱり危ないですよ。」
「平気でしょう。」
「意外ですね。来海ちゃんのことになるともっと過保護なのかと思ってました。ラップで包んで誰にも触らせたくない的な。」
「何それ、気持ち悪い。サイコパスのコレクター的発想じゃない。」
なぜ、急に真に受ける。そしてなんだその人を蔑むような表情は…最近は良い奴かもと思い始めてたけど、やっぱり腹が立つ。
「はあ、物の例えですよ、た・と・え。真に受ける方が馬鹿じゃないですか。人間を本当にラップで包む訳がないでしょう。」
「よかった~、明は銀ちゃんのことをラップでぐるぐる巻きにしたいのかと思って、恐怖を感じたよ。オカルト通り越してホラーだよ、ホラー」
右手の拳を握り締めた。次にこの男が何か言ってきたらこの拳を使おう。そう思った時、上から声が聞こえた。
「すごーい!来海のお家が見えるよ。学校も見える。」
来海ちゃんが枝に腰かけて、遠くを眺めている。
「来海ちゃん、怖くないの?大丈夫?」
「明お姉ちゃん! 怖くないよ。お姉ちゃんもおいでよ。」
そう言って手を振っている。おいでと言われましても、木登りなんてしたことないし…
「明も登って来れば。花沢さんも中島さんも登ったよ。落ちても助けてあげるから大丈夫。」
こないだのビル屋上からの転落事故を思い出した。あれ以降、高い所が苦手になった気がする…しかし、中島さんはともかく、花沢さんまで登ったとあっては、私だってって気持ちになる…
ギンちゃんが私を促すように先に登り始めた。ああ、ギンちゃんのお誘いならば仕方がない、覚悟を決めた。手ごろな枝に手を掛けて登り始めた。
「上手い、上手い。」
背後から人を小馬鹿にしたような声が聞こえる。いつか、いや近日中に本当にお前をブッ飛ばす。
そう心に決めながら、上を見るとギンちゃんが待ってくれている。ああ、ギンちゃんはなんて優しいんだろう、頑張らなくっちゃ。ギンちゃんの応援に応えるべく一心不乱に登った。
そして、来海ちゃんの一つ下の枝に腰を掛けた。ギンちゃんのしっぽがサワサワと手のひらに当たる、柔らかくって気持ちがいい、きっと私の頑張りを労ってくれているんだ。
横に並ぶ二階建ての日本家屋の屋根が見える。もっと遠くに目をやると、梅枝小学校、小町駅、そしてあの八幡宮の裏の木々も見える。
「明お姉ちゃん、頑張ったね。ほら、きれいでしょう。」
来海ちゃんが嬉しそうに指さした先には水面がキラキラと光る公園の池が見えた。
「本当だ、きれいだね。」
時々、ギンちゃんは木や屋根に登って日向ぼっこをしている。そんな時は、こんな景色を眺めてるのかな?
もしそうならば、彼がいつも見ている景色を一緒に眺めることが出来て嬉しい。
銀ちゃん、一緒に同じ景色を見てますか?
そんな思いでギンちゃんを見下ろすと、風になびかれながら気持ちよさそうに目を細め遠くを眺めていたギンちゃんがこちらを見上げた。今は銀ちゃんなんじゃないかと、何となく思った。
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