第34話 もの言える証人②
「晴斗君、元気ないの。来海が幽霊のことを聞いても何も答えてくれないし、両腕のあざのこともちゃんと教えてくれないの。来海心配だな。」
今日は本間さんは残業で、ジョシュアさんが来海ちゃんを学童保育に迎えに行った。
花沢さんが作ったビーフシチューがあるというので、私も夕飯をご馳走になってしまった。そして、夕食後にジョシュアさんと私で、来海ちゃんの学校の話を聞いている…我ながら不思議な状況だと思うが、これがごく普通になりつつある。
「来海ちゃんは晴斗君のことが好きなの?」
「うん、だーい好き! 今一番好き。」
以外な答えが返って来てちょっとたじろいだ。
「そうなんだ、晴斗君のどこが好きなの?」
「うんとね、ミステリアスなところと顔が可愛いところ。あと、ごはん食べるときにちょっとずつしかお口にご飯が入らないの。」
独特な好みしてるんだな…来海ちゃん。顔が可愛い以外の理由が理解できなかった。
「ジョシュアさん複雑じゃないんですか?来海ちゃんから他の男の子が好きなんて話聞いたら。」
まあ、子どもが言ってることだから、むきになる話じゃないだろうけど。
「最後に選ばれる男になればいいんだよ。明。」
はあ、何だか余裕かました発言だな。
「まあ、確かに…あと、時々聞くじゃないですか、優しすぎたり近くにいすぎたりする男性を、お兄ちゃんや父親のようにしか思えなくて、恋人候補にすらならないって話。」
「…」
あれ?無視された?顔を覗き込んでみた。
「え?何?」
え?聞こえない振りしてんのか、こいつ。
ちょっとした嫌味のつもりで言った言葉が、狙った以上にうまい具合に彼の何かに刺さったみたいだ…内心ほくそ笑みつつも、話題を変えよう。
「来海ちゃん、晴斗君が見た幽霊はどんな幽霊なの?」
「うんとね、夜、晴斗君が一階の廊下を歩いてたら、お庭に白い幽霊がいて、ふらふらっと門の方に向かって歩いて行って、そのまま、お外に行っちゃったんだって。その後は戻ってこなかったって言ってた。」
まあ、幽霊って白ってイメージあるなあ…そういえば、幽霊って歩かないよね?
「晴斗君のお家にはまめ吉って言うプードルがいるの、でも、まめ吉は幽霊にワンって一声だけ吠えて、後は静かにしてたんだって。」
「へー、まめ吉ちゃん幽霊にご挨拶したのかな?その幽霊はまめ吉ちゃんのお友だちだったのかな。」
「来海も幽霊のお友だちが欲しい。晴斗君に幽霊のこともっと聞きたかったけど、晴斗君はもう幽霊の話はしたくないって言ってた。その幽霊は晴斗君とはお友だちじゃなかったみたい。」
「ふーん、どうして幽霊の話をしたがらなくなったのかな?他のお友だちから何か言われたのかな?」
この年頃の子どもだったら、幽霊を見たなんて、話したく仕方ないだろうに…
「幽霊じゃなかったんだよ。シーツかテーブルクロスをかぶった隣のおじさんを幽霊と見間違えたんじゃない?」
そうだ、ジョシュアさんは幽霊信じない派だった。それにしても、シーツかテーブルクロスをかぶった隣のおじさんって、そんな奴いるか?
「え?そっちの方が幽霊よりも怖いです。変質者の不法侵入でしょう、それ。それに、そんなの犬が吠えまくりますよ。」
「犬が吠えなかったってことは…」
「え?犬が懐いてる人ってことですか?」
「どうだろうね。単に呆気にとられただけかもしれないけど。」
確かに、驚きすぎて、怖すぎて、吠えられなかったってこともあるかもしれない。
「今日、晴斗君のお父さんがお迎えに来ていて、彼と少し話をしたんだ。」
「へえ、どんな人なんですか?」
「容姿は客観的に説明するね。」
ん?どういう前置きだこれ?
「身長は僕より少し高いから、190㎝近いと思う。恰幅が良くてお腹が出ていて、年齢は四十代前半くらいに見えるけど、頭頂部の毛髪が薄くて、顔は少し赤みを帯びた感じ。目が細くて、唇が厚い。」
おお、確かに客観的だし、お腹が出てるとか、頭頂部ハゲとか、言い難いことハッキリ言ってるな。この説明からすると、可愛い顔立ちと言われている晴斗君とは似ていなさそうだ。
「あかおにさん!」
突然、来海ちゃんが叫んだ。
「え?赤鬼さん?」
「うん、晴斗君のパパ、豆まきの時のあかおにさんのお面みたい。」
「まあ、子どもから見たら似てるかもしれないね…だけど、語り口調が独特というか、人の心を掴むすべを心得てるって感じなんだ。温厚で柔らかく心地よい声で、少しだけゆっくり、淀みなく話す。だから、見た目以上に魅力的に見えるし、どんな話をされても信じてしまう気がする。」
「へえ、凄い特技ですね。営業マンだったら売り上げ良さそうですね。」
「他のお母さんたちの話によると、一流企業の営業マンらしいよ。」
既にママ友までいるんかい。お前の方が人心掌握術の達人だろう。まあ、こっちは容姿にもアドバンテージがあるからな…
「へえ、もうママ友までいるんですか、ジョシュアさん。流石ですね。」
「うん、いろんな噂話教えてくれるよ。ただ、僕のことを本間さんのパートナーだ思ってる人もいるみたいで、そんな噂話も流れて来るけどね。」
「はあ、もう、それで良いんじゃないですか。二人で仲良く来海ちゃんを育てればいいんじゃないです。」
「え~、面白いこと言うね。でも、それもありだね。」
どこまで本気なんだ、この男は。
幽霊がシーツをかぶった誰かで、犬がそれを見ても吠えなかった。としたら…
うちのモモ太も、私がシーツを被って庭を歩いていたら私だと気づいて吠えないだろうか?気になる…
翌日の昼間、エバンズ邸の庭にて…
「明ちゃん、そのシーツまだ洗ってないよ。」
背後から中島さんの声がする。
「え?」
振り返ってみたが、視界は真っ白だ、薄っすらとシーツから透けて中島さんが見える気がする。急いで被っていたシーツを引きはがした。
「嘘!じゃあ、なんで、きちんとたたんで縁側に置いてあったんですか!」
「私は几帳面だから、何でもきちんとたたむの!つうか、何やってるの?そんなにジョシュア君の香りが嗅ぎたかったの?」
胸やけがしてきた。オエッてなりそうになるのを我慢した。勝手に自分からシーツかぶっておいてそれはさすがに失礼過ぎる。
「間違ってもそれはないです。これは実験です。シーツかぶって登場してもモモ太が私だって気づくかどうかの。」
「はあ?」
中島さんは完全にはてな顔だ。そりゃそうだろう、意味わかんないだろう…
「来海ちゃんのお友だちが幽霊を見たんですって。でも、その幽霊を一緒に見ていた飼い犬が一声だけ吠えて、後は静かにしてたって言うから、懐いている人がシーツを被って歩いていたら、犬はその人だって気づくのかなって…」
「はぁ…?何かの謎解き?もう、探偵団でもやれば。」
「はは、そうですね。探偵団でもやりますかね…」
ふと、縁側を見ると、モモ太とギンちゃんは心地よさげに昼寝をしていて、私のことなど全く気にしていない様子。そして、その横でニコニコしながらこっちを見ている人がいる。
「僕、寝るときは何も着ないんだよね~」
その言葉を聞いた途端、視界が暗く狭くなるのを感じた、耳鳴りもする。
「明ちゃん、大丈夫!ジョシュア君はパジャマ着て寝てるから。」
中島さんの声で、三途の川から戻って来た気分になった。
そして、手にしていたシーツを中島さんに奪い取られた。
「最近、シーツに猫の毛がついてるんだよね。ベッドで猫のブラッシングやめて欲しいな。」
え、銀ちゃんの…?
中島さんが手にしているシーツを掴んで猫の毛を探した。
「明ちゃん、怖いよ。君は何がしたいの?」
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