第30話 大町発9時50分⑤
引き続き、花沢さん目線の回です。
誠さんから仕事終わらず、今日は帰れないとの連絡があった。
「この家とクリニックは距離があるから、クリニックに仮眠部屋を用意してあるんです、シャワーが付いているから泊まることも出来るんですよ。」
「誠さん、頻繁にそちらにお泊りになるんですか?」
「週に一回くらいかな。水曜の午後は大学病院に行っているので、遅くなることが多いんです。」
「誠さん、お忙しいのね。クリニックの院長に長谷病院の理事、そして大学病院にも行ってるの?」
「ええ、彼も私も、元々はその大学病院で働いていたんです。でも、出会いは合コンなんですよ、いい年して笑っちゃいますよね。」
「合コン、いいじゃない。」
「森山さんっていう看護師さんが誠さんと同じ山口県の出身で、彼女が開いた合コンで出会ったんです。それまでは、同じ病院で働いてたのに顔も見たことなくって。始めは大人しそうな人だなって思って興味なかったんですけど、凄く話を聞いてくれるんですよ。その後、二人でご飯いったんですけど、一緒にいて居心地が良くって、私こういう人が合うんだなって思ったんです。」
「聞き上手なのね、何かわかるわ。そういえば、誠さんは山口県のご出身なの?」
「ええ、何年か前までは山口の大学病院に務めていたらしいです。誠さん仕事は真面目だけど、政治的なことが苦手で、何だかんだでこっちに移動してきたそうです。」
「お医者さんの世界って大変ね。」
「そうなんです、いろいろ大変なんです。あ、これこれ。」
そう言って、優香さんはスマホの写真を見せてくれた、
「これが、その合コンの時の写真。これが誠さんで、変わってないでしょう。これが、その森山さんって言う看護師さん。始めは森山さんと誠さんが付き合ってるんじゃないかって疑ってたんですけど、森山さんは…別の先生の恋人でした、愛人って言うのかな。彼女もてるから、誠さんみたいな感じの人には興味ないって言ってました。」
森山さんは、きれいな顔立ちに露出多めの服装で、もてるのが分る気がした。
誠さんに渡そうと思っていたレシートを広げて見返してみた。日付は先週の水曜日。大学病院勤務の後、誰と鉄板焼きに行ったのだろ?
木曜日は、優香さんも寺内内科クリニック勤務で、帰りは二人で外食をしてくることが多く、長谷夫妻も外食するということで、午前中に掃除や洗濯を終わらせて、午後は自宅に戻ることにした。
自宅に戻る前にエバンズ家に立ち寄ると、ジョシュア君、来海ちゃん、中島さん、そして猫と遊ぶ明ちゃんがいた。まだ一週間も経っていないのに、なんだかすごく懐かしい気分になった。
「鉄板焼き食べに行こうよ!ジョシュア君のおごりで。」
鉄板焼きのレシートの話を聞いて、中島さんが嬉しそうに提案
「何で僕のおごりなんですか?鉄板焼きって何を焼いてるんですか?」
「ジョシュア君、鉄板焼き知らないの?」
「知らない。」
店に着くまでは、お店に行ったからって何か分かる訳じゃないでしょうなどと文句を言っていたジョシュア君だったけど、いざ店に入ると一番楽しそうだった。
「えー、こういうお店を鉄板焼きって言うんだー知らなかった。」
「変な所、外国人だよね。日本語めちゃくちゃ流暢なのに。」
中島さんが小声で呟いた。同感である。
「良かったね、ジョシュア君、デートで使える店が増えたんじゃない。」
「こういうお店でデートしてくれるような人いないからな。」
「え、じゃあ、どこでデートしてるの?」
「え、近所の公園とか、本屋の文房具売り場とか、ゲームセンターとか。」
そう言えば、最近やたらUFOキャッチャーで取ってきたようなぬいぐるみが増えたり、家電に変なシールが貼られているなと思った。
「それって、来海ちゃんのことでしょう…そう言えば、明ちゃんは彼女じゃないの?」
「違います。」
明ちゃん、そんなにきっぱり言い切らなくても、だれも疑ってないと思うよ…
「ひどいな明、明が大学生になったら公表できると思って楽しみにしてるのに、流石に女子高生と付き合ってたら、怒られちゃうからね。」
「やめてください、そう言う誤解を生むようなホラ。」
「今まで付き合ったどの女の子よりも、家に来る頻度多いけどね。」
それは、確かに思っていた。しょっちゅう来てるし、やたらギンちゃんとばかり遊んでいるしと、不思議に思っていた。
「う…、それは。」
「冗談だよ。明はギンちゃん一筋だからね。」
「そうだよね、ここは付き合ってないと思ってた。」
中島さん、満面の笑み。
「じゃあ、何で聞いたんですか?」
「念のため、確認してみただけ。」
またもや、中島さん満面の笑み。
「あ、そうだ。夏子が山口の叔母さんから聞いた話なんですけど。正美さんの妹さんが誠さんと同じ大学病院で看護師をしていて、妹さんは時々病院で誠さんに会うって言ってるらしいです。」
「妹さん、お名前は?」
明ちゃん、話題を逸らしたのかなと思ったけど、かなり有用な情報なので、尋ねてみた。
「そこまでは…夏子の叔母さん、かなり口が軽いらしくって、情報収集に使おうとすると、逆に、クリニックの話とかを正美さんにポロっとしちゃいそうで怖いって…」
「そうなのね。誠さんって、優しくて真面目そうで、そんな二重生活をやってのけるように見えないのよね。だから、もしかしたら優香さんと正美さんの旦那さんは別の人なんじゃないかとも思ったけど、やっぱり同じ人なのかしらね。」
話を聞いていた中島さんは、ビールを片手にしじみと物思いにふける表情をした。
「正美さんの妹さんってどんな人なんだろう?良くあるじゃない、不倫相手が自分の親友だったとか兄弟、姉妹だったって話。自分の一番近くにいる人は、自分の夫や妻にも近いってことになるし、人間ってなんだかんだ言っても近くにいる人とそう言う風になりやすいのよね。私がそんな感じだったし。」
「え、中島さんって…不倫したことあるんですか?」
「明ちゃん、私ケジメはつける方だから、ぎりぎり不倫はしてないよ。私バツ2なんだけど、最初の旦那のときは、私が旦那の同僚を好きになっちゃって、別れてもらったの。元旦那とその同僚が仲が良くてさ、よくうちに飲みに来てたんだよね。」
「その後、その人と結婚したんですか?」
「してない。その後、妹の旦那のことが好きになっちゃって。妹の旦那って私と同い年で、一緒に飲んでると楽しいの。でもさ、流石にそこは我慢して、我慢して、我慢して、昔から仲が良かった男友達と再婚したの、でも、やっぱり違うなって思って、別れた。」
そう言うと、中島さんはビールのお代わりを頼んだ。
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