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第28話 大町発9時50分③

「私、その寺内先生や山口に住んでる奥さんのことは知らないけど、長谷病院の奥様にはお世話になったことがあるの。二年くらい前かな一か月間くらいだったけど常勤の家政婦さんの代理でね。竹を割ったようなさっぱりした方で大好きになっちゃった。大切なお嬢さんがそんなことに巻き込まれてるなんて思うと、心が痛むわ。」

 花沢さんは遠い目をした。


「複雑ですね、どっちの奥さんも被害者ってことなのかな…私たちに出来ることってあるんですかね?」

 夏子も一緒に遠い目をした。


「そうね…何をするにしても、推測ではなく、詳細で正確な情報が必要ね。」


「詳細で正確な情報ですか…やっぱり探偵とか雇わないと無理ですよね、そんなの。」


「そうね、きちんと調べないと正確な情報は得られないわ。」

 そう言うと、花沢さんはどこかに電話をかけた。


「長谷家に務めている常勤の家政婦が早川さんっていうんだけど、早川さんがお休みする時には、私たちが登録している家政婦紹介所に代理の家政婦の依頼をしてくるのよ。早川さんは旅行が趣味でね、二か月に一回くらい長めのお休みを取るの。今月も代理の依頼が来てたわ、ヨーロッパに行くそうで二週間ですって、羨ましいわ。

 ねえ、ジョシュア君、私、来週から二週間ほど長谷家に行こうと思うんだけど、いいかしら?」


 しおらし気にお願いする花沢さんに、ジョシュアは不服気味に

「え、じゃあ、家には誰が来てくれるんですか?」


「ジョシュア君、私が週四日来てあげる。」


 中島さんがそう言うと、ジョシュアは喜んで承諾した。

「それならば、家は問題ないです。でも、花沢さん、それって潜入捜査するってことですか?」


「人聞きが悪いなあ、早川さんの代理で長谷家に家政婦をしに行くだけよ。潜入捜査なんて聞いたら、うちの旦那が失神しちゃうからやめてよ。」




 ~翌週の火曜日から二週間、私は長谷家で家政婦をすることになった。~


「お久しぶりです、奥様。今回、早川さんの代わりに二週間お世話になります、花沢です。私のこと覚えていらっしゃいますでしょうか?」


「花沢さん、勿論、覚えていますとも。貴方ならば安心だわ。二年ぶりくらいかしらね?」


「そうですね。前回、お世話になった際は素敵な和風のお家でしたけど、これまた素敵なモダンなおうちに建て直されたんですね。」


「ええ、娘が結婚したのを機に二世帯にしたんです。前の家も気に入っていだけど、何せ古い家だったでしょう、冬の暖房費がばかにならなくってね。この辺り冬はほんとに寒いから。私もそろそろ出掛けないといけないから、後はお願いしますね。」


 出迎えたのは、長谷病院理事長であり、長谷病院院長の妻、長谷はせ 恵美めぐみである。彼女は病理医で長谷病院の理事長の傍ら、病理医としても働いている。


 早川さんは休みが取りやすいように業務マニュアルを作成していて、それを見れば何をどうすればいいのか一目瞭然だった。家政婦としてやる事はこれで問題なし。家族構成や各自の食事の好み、洗濯のルール、掃除を行う際の注意点などなど、この早川マニュアルを見れば詳細なことが直に把握でした。掃除の注意点に、各自の書斎を掃除する場合は、前日に掃除をしても良いかを確認することと記載されていた。


 現在、この家に住んでいるのは、次の四人である。

 長谷 のぼる、長谷病院の病院長 外科医

 長谷 恵美めぐみ、長谷病院の理事長 病理医

 寺内 優香ゆうか、長谷夫妻の一人娘 皮膚科医 仕事の際は長谷姓を使用している。

 寺内 まこと、優香の夫 大町駅前のビルの寺内内科クリニック院長兼長谷病院理事


 窓の外に目をやると、恵美の赤いBMWが林の中を走って行くのが見えた。


 先ずは、掃除と洗濯をしながら、家の造りを把握しよう。台所、廊下に監視カメラが置いてある。これでこの家に家政婦が一人になっても監視できるということだろうか?

 一階が長谷夫妻、二階が寺内夫妻のスペースになっていて、どちらにも大きなキッチンが設置されている。特に二階はアイランドキッチンになっていて広いリビングに繋がった開放的な作りで、南側のベランダまで大きな窓以外には何も邪魔する物はなく、ホームパーティーに打って付けである。何十人呼べるだろうか。


 家は広いが、新しいく隅々まで掃除が行き届いているし、洗濯ものも四人分の下着くらいで、スーツやワンピースはクリーニングに出せばいい。シャツもクリーニングに出していいらしい。動物を飼っている訳でも、子どもがいる訳でもない、昼食の準備も不要。何だか手持無沙汰だ。


 少し早いが夕食の買い出しに向かった。

 長谷夫妻は洋食派で夕食には必ず肉料理を一品付ける、これは二年前もそうだった。二年前には一緒に暮らしていなかった優香さんは魚が好きで、基本お肉を食べない。旦那さんの誠さんはお肉も魚もどちらも好きで、奥さんのペースに合わせているらしい。



 買い物前に、昼食をとることにした。

 エバンズ家では、ジョシュア君が家で仕事をしていることが多いため、昼食も準備して一緒に食べることが多かった。時には、なぜかジョシュア君が作ってくれることもあった。長谷家ではそう言うことはなさそうなので外で食べる。


 早川マニュアルに記載があった、長谷家お気に入りのレストランの一つに入ることにした。長谷夫妻はこの店のビーフシチューがお気に入りのようだ。ランチならば少し手ごろにビーフシチューが食べられるので、それを選んだ。



 随分と余計なお世話だということは分かっている。誰に頼まれた訳でもないのに勝手に寺内 誠さんのことを調べようとしている。正美さんは顔もしらない。ネットで調べたけど顔写真までは見つけることが出来なかった。優香さんは二年前に一度だけ見かけたことがあった。私は、分からないことで自分を責めるという状況が嫌なのである。それが、自分であれ他人であれ。


 私は、前の夫と二十年以上前に死別している。彼は警察官で健康そのもの、働き盛りで無理はしていたと思うが、突然原因も分からないまま亡くなるなんて思ってもいなかった。死亡診断書に記載された死因は急性心不全。私は納得が行かず死因解剖を希望したが、夫の両親が反対したため解剖は行われなかった。

 その後は自分を責める日々が続いた。こうなる前に何か前兆があったのではないか?どうしてそれに気づけなかったのか?無理にでも健康診断を受けさせていたら最悪の事態を避けられたのではないか?自分の作る食事が原因で健康を害したのだろうか?何か良くない生活習慣が彼の健康を害したのだろうか?なぜ、あの時、彼の両親の反対を受け入れて解剖を諦めたのか…死因が分からない分、どこまでも、いつまでも、繰り言の様に自分を責め続けた。こんなことを続けていても彼が喜ぶ訳ないのに、そう分かっていてもやめられなかった。


 正美さんがどんな人か知らないけど、自分の知らない所で知らない女性と、自分の夫だと思っていた人が順風満帆の人生を送っている姿を見てどう思うだろう…

 新婚の優香さんは、今幸せの絶頂といったところだろう。夫のクリニック開業には優香さんの両親からかなりの援助があったはず。それだけ両親からも信頼されている夫とこれから二人三脚で頑張って行こうとしている矢先に、夫には別の奥さんがいたなんてことになったら…

 その上、もし、他に第三の女がいたなんてことになったら…

 もし、寺内誠さんが平気でそう言うことをする冷酷な男ならば、正美さんも優香さんも彼の本性を知ってすっぱり諦めもつくかもしれない。しかし、そうじゃなかったら、どうして優しい彼がこんなことをと理由もわからないまま、苦しむかもしれない。そして、自分に非があったのではないかと悩むことになったら…


 そんなことを考えていたら、注文したビーフシチューが運ばれてきた。

 ああ、つい悪い方へ、悪い方へ、と考えてしまう。折角、美味しいもの食べるのに、気分を切り替えなくっちゃ。

 私は本当によくやっている。自分が出来る最大のことをやっている。ずっとそうだった、前の夫のことも本当に大好きだった、彼も私と一緒に暮らせて幸せだったはず。そりゃ長いに越したことはないけど、幸せの度合いと一緒に暮らした長さなんて関係ないのだ。


「美味しい。」

 心にも体にも染み渡るような美味しさだ。帰りにレシピを聞いてみよう、万が一にも教えてくれるかもしれない。


 食後のコーヒーを飲みながら自分がすべきことを考えた。

 まず、私が調べるのは寺内 誠さんの女性関係。

 現在、彼には妻と思われる女性が二人いる。

 一人は、山口県に住む寺内正美さん

 もう一人は、半年前に結婚し、現在一緒に暮らしている寺内優香さん


 そして、中島さんが言っていた様に、別の女性が存在する可能性も考慮する必要がある。本当に存在するとすれば、誠さんは今でもその女性とは何らかの形で連絡を取っているはず。

 クリニックを開業して彼の人生が順風満帆に見える今、その第三の女性は今まで泳がせていた誠さんを、彼の成功ともども回収しようとするはずだ。このまま泳がせていたら、他の女性のものになってしまう。そんなことは許さないだろう。


 時計を見ると、丁度昼休みが終わる時間だ。

 レジで支払いをしながら、長谷家で家政婦をすることになったので、ここのビーフシチューの作り方を知りたいとお願いしたら、結構あっさりと教えてくれた。

 そして、「同じ材料使って、同じ手順で作っても、同じ味は出せないけどね。」と自慢げに言われた。





今回のお話はいかがでしたでしょうか?

感想を聞かせていただけると励みになります。


毎週水、日の14:30更新予定です。

宜しくお願いします。

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