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第27話 大町発9時50分②

「なんだか緊張するなあ。」


 アップライトのピアノがある部屋で、応接室から運んできたソファーに座り、バイオリンを持ったジョシュアをみんなで見つめている。大河、夏子、来海ちゃん、花沢さん、中島さん、そして私の六人、あとギンちゃんのためだけのバイオリン演奏会が始まった。


 ジョシュア・エバンズはそう言いつつも、いつも通りの人好きのするにこやかな表情をしている。私から言わせれば、ちょっとヘラヘラしてる感じ。


 それに比べて大河は自分が演奏するかのような真剣な表情。いくら憧れの人の生演奏とはいえ、ちょっと緊張し過ぎでないの?


「あ、大河、先にやっちゃう?」


「…その方が、有難いです。」


 そう答えると、大河はジョシュアの裏にあるピアノに向かった。


「何曲か一緒にやろうって話になって、さっきちょっと打ち合わせしたんだよね。大河、準備はいい?」

 ピアノの前に座った大河が小さく頷いた。


「じゃあ、始めようか。まず、一曲目は、カミーユ・サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ」

 聞いたこともない曲名だ。

 演奏前から大河の緊張が伝わって来る、こっちまで緊張しちゃう。大河がピアノを弾き出すと、続いてジョシュアのバイオリンも追いかけるように始まった。

 あ、これ聴いたことあるかも。

 しばらくすると大河の緊張が解けたのか、二人ともすごく楽しそうに演奏している。


「やっぱり、楽しいね。次は?」

 演奏が終わると、ジョシュアが満面の笑みを大河に向ける。

「僕も楽しいです。次は、ヴィットーリオ・モンティのチャルダッシュです。」

 そういうと、大河は意気揚々とピアノを弾き出した。さっきまでの緊張が嘘の様に、一曲目よりも二人の世界に没頭したかのように演奏している。聴いている方も楽しくなる。


 どうしてこの人は、こんなに楽しそうにバイオリンを弾くんだろう?だのになぜバイオリニストを止めちゃったんだろう。ふとそんな疑問がよぎった。

 横に座る、夏子は真剣な表情で大河を見ている。大河はいつも楽しそうに、生き生きとピアノを弾いている気がするが、いつもにも増して生き生きしてるように見える。

 花沢さんと中島さんの間に挟まれた来海ちゃんも意外と真剣に聴いているけど、どちらかと言うと呆気に取られてる感じ。

 ギンちゃんは私の膝の上で、目を細めてうっとりした表情をしている。


「じゃあ、次の曲が大河と一緒に演奏する最後の曲だね。なんだか名残惜しいよ。」

「はい、僕もです。次は、ニコロ・パガニーニのカンタービレです。」

 そう言う大河は涙ぐんでるようにも見える。感動し過ぎてんのか?


 ピアノもバイオリンもほぼ同時に演奏が始まり、只々美しいメロディーが流れた。正直、クラッシックはよくわからないけど、この曲が只々美しいことだけは分かる、そして、不思議な世界に引き込まれていく感じがした。

 来海ちゃんが、手にしていた大好物の無印のイカの燻製の袋を落とした。でも、そのまま、演奏を見つめている。こんな小さな子どもでも何か感じるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、あっという間に演奏が終了した。


 その後は大河もソファーに戻り、今度は聴く側として残りの二曲を聴いていた。ヴィヴァルディ四季から冬、そして、図書館で大河が聴かせてくれたバッハのシャコンヌの二曲である。


 クラッシック音楽なんて寝るだろうと思っていたが、計五曲、あっという間に終わってしまった感じがした。これは、選曲が素人でも楽しめるものだったからなのか、彼の演奏のお陰なのか? その辺は分からないけど、ただ、見かけよりも情熱的な人なのかもしれないと思った。


 来海ちゃんはヴィヴァルディの辺りから寝落ちしていた。

 大河は感動のあまりずっと目を潤ませていた。そして、演奏が終わるとポツリと「僕、もう思い残すことないよ。」と呟いた。おいおい、これから東京の音大に行って彼氏作って同棲するって言ってただろう、思い残すこと有るだろうと突っ込みたくなったが、止めておいた。


 その後は、大河の熱い語りが止まらず、皆でそれを微笑ましく聴講する会となった。ジョシュアも「良い音楽家になってね。応援してるよ。」なんて言って、大河の感動を助長した。




 そのうち、お茶をしながら、銘々に好き勝手なことを始めたので、夏子と私は花沢さんに例のことを尋ねた。


「花沢さん、日本にいて重婚って可能ですか?」

 夏子が寺内内科クリニックの院長の重婚疑い説について説明すると、花沢さんは少し考えて、

「普通に考えたら、どちらかが既に他の誰かと婚姻関係にあったら、役所が気づいて受理しないはずよ。海外で外国人と婚姻関係があった場合は、役所がそこまで調べきれなくてってこともあるかもしれないけど。」


「そうですよね。」


「うーん、もしくは、どちらかの奥さんが内縁の妻ってことかもしれないわね。でも、話を聞く限りでは、どちらの奥さんも内縁って感じでもなさそうね。」


「じゃあ、クリニックの院長と、叔母が言っている寺内先生は別人ってことですかね。」


「何とも言えないけど、話を聞く限りだと、その可能性は低そううね。」



「じゅうこんってなに?」

 大河に、イカの燻製ばかり食べていると顔がアンパンマンなるよと言われ、仏頂面をした来海ちゃんが、ジョシュアに尋ねた。

「重婚は、同時にたくさんの人と結婚することだよ。」

「ふーん、くるみは三人と結婚する約束してる。たけし君、もとお君、けんちゃん、あと…」

「僕もその中にいれてくれる?」

「いいよ。じゃあ、ジョシュアが四人目ね。大河お兄ちゃんも入れてあげる。」

「ありがとう。でも、僕は男の人が好きだから、来海ちゃんのことは大好きで、とっても嬉しいけど、結婚の約束は出来ないかなー。」

「へー、大河は男の人が好きなんだ。男の人だけ?」

「今の所はそうですね。女の人を好きになったことないですね。」

 そんな会話が横で続いていた。こいつらなんの話をしてんだ…



「後は、奥さんは婚姻届けが受理されていると思っているけど、実は受理されてなくて、それを旦那さんが隠している。もしくは、旦那さんが奥さんに内緒で協議離婚届を提出して、それが受理されてしまっている。前者は、そんな手違いあまりないと思うし、後者は、離婚届出す際は本人確認されるはずだから……奥さんに似た人が、奥さんの身分証明書を勝手に使って、奥さんの振りをすれば不可能じゃないかもだけど…いずれにせよ、どちらの奥さんも自分の戸籍謄本を見れば、婚姻や離婚の記録が載っているはずだから、直ぐにわかる事だけどね。」


 そう言って花沢さんは中島さんに目を向けた。

 中島さんは、ぱっつん前髪に丸眼鏡の四十代後半くらいの女性で、兎に角明るい性格だ。


「その寺内誠さんって人、私の友人の前の旦那さんを思い出させるわ。」

 中島さんが話を続けた。

「友人の鏑木日向子の家はお金持ちでね、彼女の前の旦那の宮園さんの家も裕福で、彼自身も自分で始めた事業が順調で、はたから見たらお似合いのカップルって感じだったの。でも蓋を開けたら、宮園さんは父親とそりが合わずに勘当同然で、父親は遺産を宮園さんには相続させたくなかったようだし、彼の事業も実は順調ではなく、結構火の車だったらしいのよ。

 しかも、彼は、事業を始めるにあたり他の女性から、将来結婚することを前提にお金を借りていたらしくて、新婚早々にその女性が日向子の所にやって来て、まあ、修羅場よね。」


 来海ちゃんがピアノを弾きながら歌う『とんとんとんとんひげじいさん』が聞こえて来る。この話にミスマッチで、申し訳ないが吹き出してしまいそうになる。


「それでね、話はこれだけじゃ終わらなかったの。

 宮園さんには、その二人よりも前から付き合っていた女性がいてね。この二人と付き合っている間もずっとこの女性との関係は続いていたらしいのよ。結局、宮園さんは日向子とは別れて、その前から関係が続いていた女性の元に行ったらしいの。宮園さんって真面目で大人しそうな人だなって思ってたから、その女性にずっと裏で操られてたんじゃないかって考えたけど、今は、日向子も別の人と結婚して幸せに暮らしているから、どうでも良いことなんだよね。

 本当に真面目な男の人がそう言う大胆なことをする場合、裏で糸を引く女性がいることが多いのかなーなんて思ったんだよね。」


 確かに、寺内先生のことは全く知らないが、真面目な良い人ならば、そんな二重生活を続けるのは心の負担が大きすぎる気がする。本当は自分勝手な冷酷な人なのか、それとも、宮園さんの様に裏で糸を引く別の女性がいるのか…


 来海ちゃんが歌う『ぼよよん行進曲』が聞こえてくる、~どんな大変なことが起きたって~♪

 そうだよね、どんな大変なことが起きたって、ぼよよよ~んと空に飛びあがらないとね。




今回のお話はいかがでしたでしょうか?

感想を聞かせていただけると励みになります。


毎週水、日14:30更新予定です。


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