第26話 大町発9時50分①
新しい謎解き話のスタートです。
「それでね、相談したいことなんだけど。」
大町駅の駅ビルにあるミセスドーナツ(略してミセド)で久々のドーナツを頬張っていると、向かいに座る星 夏子がサラサラの黒髪を耳に掛けながら話を切り出した。彼女の耳には金色の小さなピアスが光っている。
夏子は、夏に生まれたから夏子と名付けられたらしい。だけど、見た感じは雪の女王って感じのクールな美人。しかし、関西出身の母親の影響なのか喋り出すとガラッとイメージが変わる。
昨日、夏子から相談したいことがあると連絡を受け、ここ大町駅のミセドで一緒にお茶をしている。
「バイト先の本屋の向かいにクリニックが出来たんだけど、そこの院長先生のことなんだよ。」
「え、まさかのコイバナ?」
「コイバナじゃないと思う。いや、その部類かもしれない。兎に角、人の事だから私が首を突っ込むことじゃないんだけど…」
てっきりその院長先生のことが好きになったとか言い出すのかと思ったけど、そうではなさそう。
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バイト終わりにいつもより一本早い九時五十分発の上り電車に乗れた日があって、本を読みながら電車の発車を待っていると、窓越しに並ぶ隣の下り電車に寺内内科クリニックの院長先生と朱色のワンピースの女性が乗り込んで来たのが見えた。
寺内内科クリニックは、大町駅前のビルの中にあるバイト先の本屋の向いに出来た新しいクリニックで、院長先生は四十代前半くらいの穏やかで優しそうな人。名前は寺内 誠。時々本屋にやって来ることもあった。
一緒に乗り込んで来た女性は、三十代前半くらいのショートカットで凛々しい美人と言った感じ。
二人はつり革につかまって和やかに談笑していた。左手でつり革を掴む寺内院長の薬指には金色のリングが、女性が笑う時に口に当てる左手の薬指にも同じ様な指輪が見えた。だから、この女性が院長先生の奥さんなのだなとその時は思った。
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「その時は思ったってどういう事?」
「まあ、話の続きを聞いてよ。」
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次のバイト日に、パートの人から、向かいのクリニックで毎週火木だけ皮膚科の先生が来ていて、シミ取りとかもしてくれるんだよという話を聞いた。
その皮膚科の先生がクリニックの院長先生の奥さんで、奥さんのお父さんは県北で一番大きな総合病院「長谷病院」の院長。奥さんはいつもは長谷病院に勤めているという話も一緒に教えてくれた。
そのすぐ後くらいに、山口県に住む、母の妹で叔母の南 玉枝が母と温泉旅行に行くためにこっちの方に遊びに来ていて、夏子のバイト姿を見ると言って本屋にやって来た。その時に叔母が不思議なことを言った。
「なあ、夏子ちゃん、向かいのクリニックの先生、寺内 誠 先生でしょう?」
「そうだよ。玉枝ちゃん、先生のこと知ってるの?」
「お義母さんが山口の病院でお世話になった先生でね、奥さんが作業療法士で、今でも奥さんにはお世話になってるのよ。」
「え?先生の奥さん、作業療法士とやらじゃないと思うよ。」
「え?奥さん作業療法士よ。寺内 正美さんっていうんだけど、凄く良い人でね、本当にお世話になってるから、さっき先生にもお礼言おうと思って話し掛けたんだけど、人違いじゃないですか?って言われて、先生私のこと覚えてないみたいだった。患者の付き添いなんてそんなもんなのかな…」
「多分、人違いだよ、だって…」
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「そう言いかけた時にお客さんに呼ばれて、玉枝ちゃんには、それ以上のことは言ってないんだけどね、その数日後、山口に帰った玉枝ちゃんから電話があってね。」
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「正美さんに聞いたんだけど、やっぱり、寺内先生は大町市で働いているんだって、でも大学病院で働いてるって言っててね、正美さんはクリニック開業のこと知らなそうだったのよ。そんなことってあると思う?」
「へえ、そうなんだ。」
「もし旦那さんがクリニック開業したのに、正美さんのことを呼び寄せないなんてあり得ないと思うのね。それが本当だったら大問題よ。正美さんはちゃんと先生に抗議すべきだと思うのよね。」
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「玉枝ちゃん熱くなってて…正直、よそ様の家庭の事情だから、他人が首突っ込むことじゃないと思うんだけど、玉枝ちゃん、絶対、寺内先生が大町市でクリニック開業してる話を正美さんとかいう人にしちゃうと思うんだよね。」
「もう、してるかもしれないね…」
「そこは、一応、口止めしてるからまだ大丈夫なはず。」
「そうか。」
「でね、私、本当に皮膚科の先生が、院長先生の奥さんなのかを調べるために、皮膚科にかかったの。」
そう言って、夏子はピアスを見せた。
「可愛いね、ずっと、気になってた。私もピアス開けたいなぁ。」
話題を変えてみようとしたけど…まあ、無駄な抵抗かな。
「それでね、皮膚科の先生も、結婚して半年くらいになるって言ってたのよ。やっぱり奥さんだったわ…で、明どう思う?」
え?どう思うって聞かれても、見ず知らずの人の家庭の事情なんて分かりませんよ。
「…重婚ってこと?そんなこと日本で可能なのかな?」
答えに詰まる質問には取り敢えず質問で返そう。
「だよね、そう思うよね。で、どう思う?」
だから、どう思うって言われても…
「…夏子は、どうしたいの?」
「玉枝ちゃんに黙っててもらう代わりに、出来る範囲で事情調べるからって言っちゃったんだよね…だから皮膚科にピアス開けにいったんだけど…後、どうやって何を調べたらいいのか分からなくて。」
「ええ! そんな安請け合い夏子らしくないよ…」
「だよね、でも、玉枝ちゃんの熱意が凄すぎて…それに、隣のクリニックで修羅場が始まるの想像したら、時間稼ぎに安請け合いしちゃったのよ。まあ、出来る範囲でって約束だから、ダメな時は、その山口の正美さんがクリニックに乗り込んできて修羅場かな、それもそれで仕方ないよね。」
「仕方ないね…」
そう言いながらも、つい悪い癖で何か方法がないかを考えてしまう。そして、頭には、ジョシュアさんちのお手伝いさん花沢さんの顔が浮かんでしまった。
「仕方ないけど…知り合いに元探偵さんがいてね、その人に重婚の可能性について聞くことは出来るかも。もしかしたら、浮気調査とかでそう言う事情にも詳しいかもしれないから…」
「え、凄いじゃん、その人に会いに行こうよ。」
「あ、今週の土曜日ならば会えるかも、バイオリンのリサイタル付きだけど・・・」
「ヴァイオリン?面白そうじゃん。」
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