第22話 嘘のような本当の話
中島さんの話では、来海ちゃんは、アジの南蛮漬けとなめこ汁でたらふく飯を食い、その後は好きなアニメを見ながら寝落ちして、泥の様に眠っていたが、ジョシュアが帰って来る五分前くらいにムクリと起き出し、玄関で地蔵さまのように座り込んでいたという。
「ワンちゃんみたいね~。ジョシュア君が帰ってくるのを待ってたのかな。」
なんて言って笑っていた。
そして今、来海ちゃん、ジョシュア、私の三人で食卓を囲み夕飯を食べている。
何か変な構図だな…来海ちゃんまた食べるんだ。
キッシュ、酢豚、春巻き、シュウマイ、マーボ豆腐、ポテトサラダと食べたいものを頼んでいたらこんなになった。どうやらどれも来海ちゃんも好きなもののようで、自分の分を皿に取り分けてもらってご満悦だ。
「本当に食べられるの?お腹痛くない?」
「食べれる。お腹痛くない。」
完全に親子だな…
「そう言えば、明の家って門限ないの?」
「今日は、学校帰りに友達と遊ぶって言ってあるので、終電の時間までならば大丈夫です。」
終電で帰ると十一時過ぎくらい、あと二時間はある。流石に、来海ちゃんの前で羽を見せてくださいとは言えない。でも、どうしても今日中に確かめたい、確かめないまま家帰ったら悶々として眠れなくなってしまう。
そんなことを思いながら中島さんが作ったなめこ汁を飲んだ。美味しい。
ご飯を食べ終わると、来海ちゃんは、何とかと言うネットゲームをすると言い出し、コモモを傍らにテレビの前に陣取り一人で黙々とゲームを始めた。
来海ちゃん、もう寝ないかも。
父親が迎えに来るまで待つしかないか。
「来海。電車が止まっちゃって、お父さん、今日は帰って来られないんだって。明日、帰って来るって。今日はうちにお泊りだよ。」
ゲームに夢中の来海ちゃんからは返事がない。
今の二人の様子を見ていると、何も心配することない気がした。彼へのロリコン疑惑は消えていないが、どうやら、私は彼のことを危害を加えないロリコンと判定したようだ。
それよりも、この男に羽があるのかどうかを確かめられないってことか…ああ、今夜は考え過ぎて眠れなくなっちゃう。まあ、いいか…明日何か用事ある訳でもないし。そう思いながら、傍らにいるギンちゃんの頭を撫でた。
「じゃあ、私、そろそろ帰ります。今日は無理そうですもんね。」
「ああ、来海はゲームに夢中だから、今のうちにあっちの部屋で確かめる?」
通された部屋は二間がぶち抜きになっていて、多分二十畳くらいある。電気をつけなくても外の月明かりが入って来て薄っすらと明るい。
「なんか気恥しいね。」
閉まりかけた障子の間をすり抜け、部屋に入って来たギンちゃんにそう声を掛けている。
何を言ってるんだこの男は、裸を見せろと言ってる訳でもないのに…そんなこと言われたら、こっちまで気恥しくなる。
ギンちゃんは私の横に座って、私と同じくジョシュアを見上げている。
顔の左側を月明かりに照らされて、薄青く浮かび上がる彼の姿は既に神々しく見えた。そして彼は天井に届くほど大きな白い翼を広げた。
「ジョシュア、明お姉ちゃん、どこ?」
廊下から来海ちゃんの声が聞こえた。
「来海、こっちだよ。」
そう言っている彼の背中には既に翼は無くなっていた。畳の上に落ちた白い羽が、その時ふわりと消えてなくなった。
結局、家の近くまで車で送ってもらった。助手席に来海ちゃん、後ろにギンちゃんと私で、車で五分くらいの道のり。来海ちゃんは途中で眠ってしまった。
「今日はご馳走様でした。」
他にもいろいろ言いたいこと、聞きたいことはあったが、言葉にならない。
「こちらこそ、楽しかったよ。じゃあ、また明日。」
「はい、また明日。」
走り去る車を見ながら、明日? 明日会う予定なんかないのにな。そう思った。
ああ、結局ダメだ。考えがまとまらない、思考が停止している。私は彼の背中に大きな白い翼を見た。彼の言っていることは嘘じゃなかった。どれもこれも嘘にしか聞こえない話ばかり…やっぱり、まだ彼の話も、銀ちゃんの話も信じることが出来ない。
結局、悶々と考え事をしながら眠ってしまったようだ。
ガクンと何かから落ちる感覚で目を覚ました、暑くもないのに汗をかいている。そりゃそうだよな…あれはトラウマ級の恐怖体験だった…
時計を見ると七時、モモ太の散歩に行かなくちゃ。そう思いながらベッドから出た。
寒空を仰ぎ見ると、塀の上にギンちゃんがいた。
「ギンちゃんおはよう。一人でお散歩?」
ギンちゃんはこちらを見つめて、しっぽをゆらゆらと振った。一緒に行こうと言ってるみたいだ。今日はギンちゃんについて行こう、モモ太もそのつもりらしい。
右に曲がって、左に曲がる、暫くまっすぐ歩くと葵町公園が見えて来て…角を曲がった。いつもの神社が視界に入る。
ああ、今日は行きたくない…何を話したらいいのか分からない…銀ちゃんに会うのが怖い。そう思って立ち止まると、ギンちゃんは塀から飛び降りて、こちらを見上げ、また一緒に行こうと言わんばかりにしっぽを振った。
「わかったよ、一緒に行くよ。」
神社に近づくと、いつものベンチが見えた。誰もいない。ちょっとだけホッとして、そしてすごく残念な気持ちになった。
ギンちゃんは私がついて来ているのを確認するかのように、何度も振り向きながら前に進んだ。
モモ太もついて行く。ギンちゃんは三段しかない石段を軽やかに登り、右前足を境内に入れた。次の瞬間、鳥居の下には白いジャージを着た銀髪の銀ちゃんが立っていた。
「銀ちゃん…」
銀ちゃんは振り返り、石段の下で呆然と立ち尽くす私に声を掛けた。
「明、おはよう。」
二人でベンチに腰を掛けた。何て話し掛ければ良いのか分からず黙っていると銀ちゃんが、
「どうやら、僕はこの境内の中だけでしか自分の姿を維持できないようなんだ。ここを出ると猫のギンちゃんの体を借りて過ごしている。」
私の頭が拒否反応を起こしている、彼の言っていることを理解しようとしてくれない。
「僕の名前はユーリー、でも銀ちゃんも気に入ってるから、もしよかったらこのまま銀ちゃんって呼んで欲しいな。」
銀ちゃんの名前…ユーリー…やっと私の脳みそが動き出した気がした。
「銀ちゃんの本当の名前はユーリーなんだ。苗字とかはないの?」
「無いよ。僕の周りに苗字がある人はいなかった。」
「銀ちゃんは、本当に全然違う世界からやって来たんだね…」
モンゴルとかミャンマーって苗字がない人が多いって聞いたことがある…でも、そういう事では気がした。
苗字がなくて、翼を持った人間がいて、神様がいて、神様の使いの神使がいる惑星ガーデン。そして、そこからやって来た神社の中だけで姿を維持できて、それ以外は猫の体を借りているユーリー君。
「そうだね、全然違う世界だね。僕はエデン以外の世界を殆ど知らないから、地球がこんな所だなんて思ってもいなかった。まあ、猫になって、町を歩いたり、テレビを見たり、その程度の情報しかないから、本当は、地球がどんなところか未だに良く分かってないけど。」
そうだよね、猫の行動範囲で分かる世界なんてとても小さいもんね。それと、情報源がテレビだったとは、ちょっと笑っちゃう。
「エデンってどんなところなの?地球のことは私が分かることを教えるよ。」
もう、受け入れてしまおう。そう思ったら気持ちが楽になった。
ギンちゃんに体を借りている間は、一つの体に猫のギンちゃんと神使の銀ちゃんが同居している感じで、いつもは猫のギンちゃんに主導権があり、彼の意思で行動しているそうだ。しかし、銀ちゃんがギンちゃんにお願いすると、主導権を譲ってくれるらしい。
猫のギンちゃんは穏やかで、とてものんびりした性格なので、銀ちゃんは一緒にいて心地いいけど、意志の疎通が完全に取れている訳ではないと言っていた。最近では、ギンちゃんは何も考えてないことが多いんじゃないかと、銀ちゃんは思ってるそうだ。
今まで、体調不良というものを殆ど経験したことがない神使の銀ちゃんからすると、時々、胸の辺りに熱いものを感じたり、体が重く感じたり、首のあたりに強張りを感じたりと、猫のギンちゃんの体には驚くことばかりらしい。また、お腹がすく感覚も最近やっと慣れてきたと話していた。
猫→ギンちゃん
神社にいる方→銀ちゃん
の使い分けです。
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