第21話 天使なんかじゃ…あるかもしれない
横向きに体の側面から地面に衝突すると助かるかもしれない…テレビでそんな話を聞いたことがある、でもそんなこと出来る訳がない、私の人生こんな展開になるなんて、ああ、あの時、銀ちゃんとキスしておけばよかった……
そんなことを考えていたか、いなかったか覚えていないけど、落ちて行く途中で、突然、誰かに強く捕まれて、その後、体が浮いた気がした。薄っすらと目を開けると、そこには白い翼の天使がいた。気がした……
気が付くと誰かに抱えられている。
「あれ?」
見覚えのある天井…この感じはエレベーターかな?
「気が付いた?」
聞き覚えのある声だ…なんだかこの人とは縁がある気がする。
「良かった。」
「お姉ちゃん、目が覚めた?」
ん?他にも誰かいるの?子どもの声がする。
「え?」
下を見ると、小学生が三人心配そうにこちらを見上げていた。中には涙ぐんでいる子もいた。
「何が…どうしたの…?」
「お姉ちゃん、屋上から落ちたと思ったんだよ。でも、落ちてなくって、本当に良かった。」
涙ぐんだ男の子がそう言った。
いや、私の記憶では確かに屋上から転落した。
でも、こうやって無事にエレベーターに乗っているということは、落ちなかったのかもしれない。何が何だか全く分からないが、兎に角、良かった。一先ず、私の人生はまだまだ続く。
そう言えば、この人の顔ってこんな真下から見上げても整ってる、顎のラインとかむっちゃ綺麗だし。抱えてくれている腕は意外とがっちりしているし、見た目よりも胸板も厚いのかな。喉仏とか全然乙女じゃないし。そんなことを漠然と思っていたら、抱えられたままエレベーターを降りるのが気恥ずかしくなった。
「あの…、自分で立てるので下してください。」
「本当に?無理しないでね。」
そう言いながらも、ゆっくりと床に下してくれた。
ちょっとよろけたけど、立てる、自分で立てる。痛むところもないし、普通に動く。ほっと一安心した。
その後は、子どもたちと一緒にビルの警備室に行って、屋上のフェンスの鍵が開いてること、子どもの人形がフェンスの向こう側に落ちていることを説明した。
そしてその後は、子どもたちから事情を聴いて、お小言をたっぷり言った。
この子たちが屋上に行ったときには既にフェンスの鍵は開いていて、あの人工呼吸の練習に使う子どもの人形がそこに置いてあったという事だった。面白がって人形の所まで行ったが、丁度そこに私がやって来たので隅に隠れて私が帰るのを待つことにしたのだが、私がそこで人形を見て悲鳴を上げたので、驚いて飛び出してしまったという事だった。
そして、飛び出した際に私にぶつかり、その弾みで私が屋上から転落したと思い、怖くなって逃げ出したのだが、心配になり戻ってみると、このお兄さんが私を抱えてエレベーターの方に向かって来たという事だった。
「もう、危ないことはしちゃ駄目だよ。あんな高いところで何かあったら命に関わるんだからね。」
「わかった、もうしないよ。あと、この定期券もありがとう!」
そう言って、子どもたちは帰って行った。
なんだか、この男にもう一つ借りが出来てしまったような気分だ。
それにしても、私は本当にビルから落ちてなかったのだろうか?
「あ、明、夕飯なんだけど、地下で買ったものでもいい? 本間さん九時までに迎えに来られないらしくて、中島さんは九時までしかいられないって言うから、それまでに帰らなくちゃ。」
スマホを見ながら、ジョシュアが申し訳なさそうに言った。
「え、今日も来海ちゃん来てるんですか?」
「うん、まだ保育園が見つからないらしくて、もしかすると小学校に上がるまでは家で預かることになるかもしれない。」
「そういう事ならば、私は電車で帰るので大丈夫です。夕飯は家に帰って食べますので。」
一時は物凄く心配していたけど、この二人を見ていると親子にしか見えない。二人にしておいても心配するようなことは起こらないように段々思えてきた。
「え、どうせ同じ方向なんだから送るよ。」
まあ、それもそうだな。遠慮するような相手じゃない。
それに、さっきの状況ももう少し聞きたい。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
閉店間際のスーパーでお惣菜を買い込み、車に乗り込んだ。
「さっき、私、本当に落ちなかったんですか?」
我ながら変なことを聞いているなと思ったが、仕方がない。
「ああ、落ちたよ。びっくりした。」
「やっぱり…落ちたんですよね…」
え? 当然のように落ちたよって…どういうこと?
「間に合って良かったよ、間一髪だった。」
下で受け止めたのか?いや、普通の人間には無理だろう。
それに、落ちたと思ったけど屋上にいたみたいだし。
「え?どうやって助けたんですか?」
「飛んだの。」
「え?どうやって。」
「羽で、パタパタ~って。」
「羽でパタパタ……って」
相変わらず、この男は私のことをおちょくっているのか?
でも、あの時、確かに、大きな白い翼の天使が見えた、もう天国からの迎えが来てしまったのかとも思ったが、まさか、あれがこの男だったっていうことか?
「羽があるんですか?」
「あるんだよ。出し入れ自由だから、飛びたい時だけ出せばいいんだけど、誰かに見られると少し面倒なんだよね。」
「羽、見せてください。」
「え?いいけど、家に帰ったらね。ここでは無理だから。」
そんなの分かってるわ!というツッコミは心の中だけに留めた。
これで本当にこの男に羽があるならば、惑星ガーデンの話も、銀ちゃんが言っていた話も信じるしかない。そう思った。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
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