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第20話 小野小町の庭を探せ⑦

「その宝石にまつわる架空の呪い話を広めるとかはどう?」


 ジョシュアからの意外とゲスな提案。ソファーから頭だけずり落ちている来海くるみちゃんを丁寧に元の位置に戻す姿からは想像できない。嘘とは言わず架空と言うあたりが言葉を選んでいるのかも。


「例えばどんな?」

 ゲスは言い過ぎたかな、悪い案ではない気もする。一先ず話にのってみよう。


「ホープダイヤモンドって聞いたことない?」


「所持した人に次々と不幸が訪れたって言う有名な?」


「そう。あんまり恐ろしい話はやめといた方が無難だけど、持っているとなんか不幸になるくらいの話を広めるの。そうしたら利根川さんも気味悪がって諦めるかもよ。」


 確かに、そうすれば巴菜はなさんのことを変に逆恨みすることもなく諦めてもらえるかも。宝石だってもう川の底なのだから、今更何か言われてもだろうし。


「他の宝石たちは祖母の鬼島浩美さんから北条みちこさんに引き継がれたのに、『小野小町の庭』だけは、オークションに出回ってたんだから、もしかしたら本当に何かいわくがあるかもしれないですよね。」


 大河たいがも乗り気になっているようだ。


「そうなんだ、じゃあ、僕がロサンゼルスで聞いた話ってことで広めるよ。北条みちこさんはロサンゼルスで暮らしていた画家だし、僕はここに引っ越して来てまだ日も浅いから、利根川さんや良田よしだ巴菜はなさんと何か関連付けられることもないだろうし。」


 見ず知らずの巴菜さんのために、そこまでやろうと言うのか?やっぱりこの男は良い奴なのか?


「じゃあ、どんなストーリーにします?」

 大河たいががノリノリで身を乗り出した。


「鬼島浩美さんってどんな生い立ちなの?少しは事実も含んでた方が真実味あるから。」


 流石はプロのホラ吹き、真実味のあるほら話の作り方を心得ている。あの惑星ガーデン話にはそんなテクニックは使われてなかったけど……ってことは逆にあれは本当の話なの?いや、今はそのことを考えている場合じゃない。


「私、北条みちこ記念館で鬼島浩美さんの話を聞いた記憶がある。鬼島浩美さんって華族の出身で今のお茶の水女子大学を卒業して、その後、こっちの方に嫁いできたんだけど数年で離婚して、その後、尋常中学校の美術講師と再婚して、お子さんも何人かいたと思うんだけど、また離縁して、そのうちの一人だけを連れて実家に戻ってるんだよね。三度目の結婚はお医者さんだったと思うけど、それも上手く行かなくて三回離婚してるんだって。」


「へえ、流石さすがは史学科。」

 いや、この話は歴史とかそんなに関係ないし。


あかりは歴史好きなんだ。」

 これは、褒めている訳ではなさそうだけどなんか嬉しい。


「うん、まあね。」

 照れる所でもないだろうに、どうした私。

 お膝の上のギンちゃんも目を細めてこちらを見上げている。褒めてくれているみたいだ。


「じゃあ、本当に離婚の呪いが掛った宝石なのかもしれないね。手にした人は何度も離婚を繰り返すっていう。人によっては呪いってとらない人もいそうで微妙だけど。それで、利根川真理子さんは結婚してるの?」


「確か、今の旦那さんは二人目だったと思います。再婚したのは数年前じゃなかったかな。結構前からダブル不倫してたのに、その事実をもみ消してお互いに離婚してからの付き合いだったって言い張って、一時は陰口を叩かれていましたね。」


 大河たいがは、こういう噂話にやたら詳しい。正直、私なんて、利根川さんに旦那さんがいるのかどうかも知らないレベル。


「利根川さんは離婚の呪いくらいじゃひるまなそうだね……もうすこし尾びれ背びれをつけないとダメかな。」




 そして、『小野小町の庭』を手にした人は幸せな結婚生活が続かず離婚を繰り返し、孤独な晩年を迎える、そのため、手にしても直ぐに手放す人が多かった。

 実際に所持者だった鬼島浩美さんもそういう人生を辿ったし、その事を知っていた北条みちこさんはこの宝石だけ手放したという話が出来上がった。


 何とも小野小町の名を冠する宝石にふさわしいわくだ。正良親王(後の仁明天皇)との仲を引き裂かれた話や、深草少将との「百夜通い」の伝説は有名で、小野小町は生涯独身だったと言われているが、多くの求婚者もいて恋多き女と言う話もある。そして、孤独な晩年を迎えたとされている。




「じゃあ、早速。」

 そう言ってジョシュアは立ち上がり、花沢さんを呼び寄せた。


「花沢さん、この話を僕がロサンゼルスで聞いたってことで、触れ回ってもらってもいいですか?あと、中島さんにも同じようにお願いして下さい。」


「お安い御用ですよ。でも、今度は何の企みですか?」


「実は、」

 そう言って、花沢さんにことの経緯を説明すると、花沢さんは、「分かりました。」と笑顔で答えて去って行った。


「数日もすれば、利根川さんの所まで噂が届くと思うよ。あの二人はプロだから。」


 中島さんはもう一人のお手伝いさんで、いつもは花沢さんと中島さんが交代で勤務していて、花沢さんは元探偵、中島さんは元雑誌記者という異色の経歴をもっているらしい。


 翌日の夕方までには、この話はうちの母親の耳にまで及んでいた。

 そして、その後、利根川真理子から巴菜はなさんへの連絡はぱったりと途絶えた。




「離婚繰り返して孤独な老後を迎えるって話が効いたんだね、私もそんな人生嫌だもん。」


 学校で久しぶりに夏子、大河たいがと一緒になったので、大河のレッスンの時間までお茶をしていた。


あかり、やっぱりジョシュアさんって良い人だと思うんだよ。あかりはいろいろと思う所があるみたいだけど。」


「それは、あの男が大河たいがの好みのタイプだからそう思うんだよ。」


 余計なお世話かもしれないが、大河たいがは男を見る目がない気がする。前に付き合っていた男は、友人からすると「やめておきなよ。」と言いたくなるタイプだった。上京してバンドマン目指してるって時点でどうかと思っていた。


「恐れ多すぎるってのもあるけど、なんかちょっと違うんだよね。優しすぎるって言うか、もっと俺様気質の人が好きだから。」


「根っからの不幸体質だよね、大河たいがは。」


 からかい気味に言ってるけど、夏子は微妙だろうなあ。夏子は大河たいがのことが好きだ、多分今も好きだ。だから夏子は高校一年の時に一生懸命話しかけて大河たいがと友だちになった。でも、大河たいがから好きな男の話をされて、その時、夏子はどんな気持ちだったんだろう、「応援するよ。」って笑って言ってたけど。


 もうすぐ大河たいがは東京に行ってしまう。こんな風に三人で話が出来るのって後どのくらいなんだろう。




 お茶の後、大河たいがはレッスンに、夏子はバイトに向かった。

 一人で電車に乗って家に帰る気分になれずに、久しぶりに大町駅の駅ビルやその周辺をプラプラしていた。新しくなった駅のコンコースを目的もなく歩いていると、向こうから見慣れた顔がやって来る。

 どうしてこんなところで会うんだろう。でも、前ほど嫌な気分にはならない。


あかり、今日は学校だったの?」


「ジョシュアさんこそ、こんな所でどうしたんですか?」


「この中にある会社に用事があるんだ。そうだ、一時間くらいで終わるからその後、夕ご飯でもどう?」

 そう言って、最近できた大きなビルを指さした。


「お仕事ですか?」


「うん。」


 いつもプラプラしているように見えるけど、この人も仕事してるんだな。

 そう言えば、巴菜はなさんの件を解決に導いてくれたのはこの人だった、ご馳走は出来ないけど、お礼くらいはちゃんと言っておかないとな。


「夕ご飯良いですね。待ってます。」




 一時間って時間を潰すにはちょっと長いけど、何かするには短い。そう言えば、新しく出来たビルの屋上に屋上庭園があるって書いてあった気がする。


 ビルに入ってエレベーターの案内板を見ると、四階までは商業施設、その上は会社とか住居が入っていて、最上階がレストランで、屋上がルーフトップガーデンと書いてある、そして夏にはビアガーデンになるらしい。でも、今の時期はやっぱり寒いんだろうな。


 どうしようか悩んでいたら、後ろから走って来た小学生の集団に体当たりをされ、怒る間もなく全員が今開いたエレベーターに駆け込んで行ってしまった。


「痛いなあ。」


 やり場のない怒りを抑え、そう呟きながらエレベーターを後にしようとしたとき、床に何か落ちているのが見えた。手に取ると定期券で、まだ数か月分残っている。『ホリエ マサフミ 10才』多分、さっきの小学生だろう。記名式の定期だから再発行できるだろうし、このビルの受付にでも渡しておけばいいかな、なんて思ったが、エレベーターの表示を見ると屋上階で止まった。若しかして、あの小学生集団は屋上に行ったのだろうか?


 ダメだ、おせっかいの血が騒ぐ。とりあえず屋上まで行ってみて、もしホリエ君がいなかったら戻って来て受付に渡そう。



 屋上のエレベーターホールを出ると予想通り凍える寒さ。そして、十三階建てのビルの屋上だけあって、少し風も強い気がする。


 来るんじゃなかった。


 辺りを見回すと、思っていたよりもしっかり目のイルミネーション。


 期待してなかった分きれいだ。

 結構いい感じのデートスポットの様な気がするが、この寒さのせいか人っ子一人いない。ホリエ君もいなそうだな。


 そんなことを考えながら、少し辺りをウロウロした。


 寒いけど、見晴らしが良い。流石は県庁所在地の大町市、夜景もそれなりだ。


 フェンスのそばに近寄ると、フェンスの向こう側に黄色い帽子が見えた。小学生がかぶっているあの黄色い帽子だ。まさかと暗がりに目を凝らすと、フェンスの向こう側に子どもが倒れている。

 え!どういうこと?


「君、大丈夫?危ないからこっちにおいで。」


 大きな声で呼びかけたが、その子はぴくりとも動かない。


 フェンスの外に出られる場所がないか探すと、外に出る扉があり、その鍵が開いていた。さっきの子はここから入ったのかもしれない。屋上を開放しているのに管理が雑過ぎる。そんなことよりも今はあの子の所に行かなくちゃ。


 扉を開けて外に出る、その子の近くにゆっくり近づいた。やっぱり怖い。

 男の子の横に膝をつき、声を掛けながら揺さぶる、何だかぐにゃっとしている気がする。男の子がこちらを振り返った......

 その顔は、のっぺらぼう。


「きゃー。」


 悲鳴を上げると同時に、何かが陰から飛び出して来て、私の体にぶつかった。そして、私は十三階建てのビルの屋上から足を踏み外して落ちてしまった。

 




小野小町の庭はこれにて一件落着です。

今回のお話はいかがでしたでしょうか?

感想を聞かせてください。


毎週水曜、日曜の14:30更新予定です。

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