第2話 顔が気になる
「悪がらみされなくって本当に良かった。」
手を洗って鏡を見ていたら、そんな心の声が漏れた。
あの後は何も起こらなかった。
ただ、あの男が不思議なことを言った事が少し引っかかった。大したことではないが、「いつも、この前を通っているよね。」と笑顔で言われた。
私はあの男に今日初めて気が付いた。
でも、ずっとあそこに座っていたのだろうか?
思えば、この寒空の下、コートもマフラーもなしで、白いジャージだけで長時間あそこに座っていられるだろうか? 私ならば無理。
拝殿の中から扉の格子越しにでもみていたのだろうか?
あの神社に寝泊まりしているのだろうか?
いやいや、それはないだろう。
近くにアパートがあったから、そこに住んでいて、窓から見ていたのかもしれない。
そう思ったら、腑に落ちたと同時に怖くなった。
え、いつも見てたの? 見られてたの?
あ、自意識過剰だ。
まあ、いいや。一旦忘れよう。
でも、明日の朝も、何なら今日の夕方もまた神社の前を通るかもしれない。
散歩のコースを変えよう。
そうだ、そうしよう。
その後は、フリーペーパーのバイト募集の欄を眺めた。近所のスーパーの鮮魚とパン販売のパート、バイト募集に目が留まった。でも魚なんて扱えないし、パンも大変そうだな。
同じ大学に推薦で受かった友達の夏子は、大学の最寄駅の本屋さんで週末バイトを始めた。気が早い子だ。
他の大学に入学が決まっている子は、車の運転免許を取りに行っている。
私も免許はいずれとりに行かなくちゃと思っている。
まずは、学生生活に馴染んでからバイトを探す方がいいだろう。今、見つける必要なんかない。
そう思いながら、SNSで好きなミュージシャンのつぶやきを眺めた。
ふと気が付くと、既に時計はお昼を回っていた。
ああ、貴重な午前中を無駄に過ごしてしまった。でも、いいんだ、こんな贅沢な時間の使い方が出来るのは今しかないんだから。
そんなことを考えながら、冷蔵庫をのぞいた。
冷凍うどんでなべ焼き風うどんを作って食べた。
そんなこんなをしていると、また、夕方の散歩の時間だ。
早く行かないと直ぐに暗くなる。
今朝の事を忘れて、また犬まかせのいつもの散歩コースを歩いた。
神社の前に差し掛かった時に、ふと思い出した。
あの人、いるのかな?
恐る恐る、境内を覗き込んだ。
夕焼けで赤く染まった神社の拝殿の前には、黒い柴犬を連れた紺色のベンチコートを着た男の人がお参りをしていた。柴犬もその人の横で大人しくしている。
他に人影はない。
「流石に、こんな時間までいないよね。」
そう呟いて、神社を後にした。
帰り道、ちょっと残念な気分になっている自分に気づいた。
もしかしたら、私はあの人に会いたかったのかな?
思えば、あの人、かっこよかった。
全身白なのはいただけないし、あの銀髪はやり過ぎだ。しかもまつ毛まで白い。諸々センスに問題はあるけど、確実に顔は良かった。背も高くてすらっとしていた。自分もあのルックスだったコスプレイヤーになろうと思うだろう。それに限定する必要もないが。
いや、雰囲気イケメンってこともあるから、もう一回顔をちゃんと見た方が良い。
そうだ、明日の朝も来てみよう。
もう一回見てみたら、そこまで良い顔じゃないかもしれない。
ほんの少しだけど、日が暮れる時間が遅くなったなあとか思いながら、神社の脇道を歩いた。
塀の上に猫がいる。
真っ白な猫。
こういう目の色をヘーゼルって呼ぶんだって夏子が言っていた。特に珍しい色じゃないらしい。
こちらを見て、しっぽをゆらゆらさせている。
毛が長くて、耳が立っている。
少しお顔がぶちゃっとしているのに、あんまり愛嬌はなく、なぜか気品がただよっている。
人や犬を見ても逃げないんだな。
もしや、触れるかも。
そう思って塀の上に手を伸ばそうとした。
どこからか、女の人の声が聞こえた。
「ギンちゃん、ギンちゃん。」
その声を聞いた猫が伸びをして立ち上がった。そして、しっぽをゆらゆらさせながら、その声がした方向にゆっくりと歩いて行った。
「あの子、ギンちゃんていうんだね。顔に似合わず和風…」
モモ太に話し掛けた。
モモ太は興味なさそうにしゃがみ込んでこちらを見た。
「わかった、帰るよ。お腹空いたんだね。」
いかがでしたでしょうか?宜しければ、感想を聞かせてください!!
毎週水、日の14:30更新予定です。
宜しくお願いします。