第18話 小野小町の庭を探せ⑤
純粋に好きなだけ……どういう意味だろう?
結局、ジョシュアと来海ちゃんのこともうやむやなままだし、巴菜さんのこともこの先どうやって調べたらいいんだろう?
そして結局、バレンタインには銀ちゃんにチョコを渡せなかった。そして私は十八歳になった。……車の免許でも取りに行こうかな。
そんなことを考えながら、お茶をポットに入れて犬の散歩に出た。
「ああ、あの二人はパートナーだよ。」
「……?」
はて?ジョシュアと来海ちゃんがパートナーとは何ぞや?
「ヒオスとこんなに話すようになったのは、ここに来てからだから、正直二人のことはよく知らないんだけど、仲が良いって話は聞いてた。」
ヒオス?それも何ぞや??
「ああ、ごめん。ヒオスはジョシュアのことだよ。来海ちゃんはエシャって言う名前なんだ。」
「え?」
いや、来海ちゃんは本間来海って名前だ。
「ガーデンではそう言う名前で呼ばれてる。」
「え?ガーデン…、ガーデンって本当にあるの?」
最近すっかりそのことを忘れていたのに、突然の再来。
「あるよ。僕もそこから来たんだ。」
「…そうなんだ。」
騙されてるのかな?それとも、銀ちゃん…心の病気なのかな?
湯気の立つ紅茶の表面を見つめた。
「銀ちゃんは、神様なの?」
「違うよ。僕は神の使い、神使だった。」
彼のヘーゼルカラーの瞳が真っすぐこちらを見ている。嘘つきの瞳じゃない。
「…そうなんだ。」
もう何も言い返せない、尋ねるのも怖い。
「来海ちゃんは、まだエシャの記憶が戻ってないから、この話を来海ちゃんにはしないでね。」
「うん、わかった。」
帰り道、モモ太に引かれるがままトボトボ歩いた。
ふと見上げた先のポスターに『利根川モータースクール 合宿最短二週間!』の文字が。
そうだ、この教習所ってあの利根川一家が経営してるんだった。
事務所の扉を開いて中の人に声を掛けた。
「すみません、教習所のパンフレット頂きたいんですけど、犬が一緒で…」
「どうぞ、ワンちゃんも一緒に中に入ってください。」
受付で感じのいい女性が返事をした。年齢は母と同じくらいか、ちょっと上かな。
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて。」
流石に、ニ十キロのモモ太を抱きかかえるわけにも行かず、そのまま中に連れて入った。
「普通免許のオートマ?」
そう言いながら、パンフレットを渡してくれた。
「はい。学校が始まる前に免許取れますかね?」
「まだ一カ月以上あるから、頑張れば大丈夫よ。」
名札を見ると『良田』と書かれている。巴菜さんと同じ苗字だ。巴菜さんは両親の離婚後母親と暮らしているが、苗字はお父さんの苗字を名乗っていると言っていた。『良田』なんて結構珍しい苗字だよな。
「私の知り合いに同じ字の『よしだ』さんがいるんです、珍しいですよね。」
何気ない世間話のつもりで言ってみたが、良田さんの表情がみるみる暗くなった。何か悪いことを言ってしまったか?
「そうね、この字珍しいわよね。こっちが料金表です。よかったら、是非、教習所通ってね。駅との間に送迎バスも走ってるから便利よ。」
またもや、歯切れの悪い感じだったな。
こんな日もある。そう自分に言い聞かせて家路を急いだ。モモ太が腹を空かせている。
銀ちゃんもジョシュアもガーデンはあると言っている。
そして、銀ちゃんは自分は神の使いだったと言った。
ジョシュアはヒオスで、来海ちゃんはエシャって名前で、そして二人はパートナーだと。
二人で小説でも書いていて、そのお話と現実の境が分からなくなってしまったのだろうか?
このまま家にいてもモヤモヤしてしまう。学校に行こう。今日ならば大河も学校かもしれない、急げば十時半の電車に間に合うかも。
十時半の電車にぎりぎり間に合った。一番前の車両の扉の前に大河を見つけた。
「それ、巴菜さんのお父さんの今の奥さんだよ。」
今朝、利根川モータースクールの事務所で会った良田さんのことを話すと、大河はそう答えた。
「巴菜さん、近くにお父さんとその新しい家族が住んでるんだね。複雑だよね。」
「巴菜さんが中学一年の時に両親が離婚して、その後、直ぐにお父さんは今の奥さんと結婚したんだって。」
「じゃあ、もしかするとタイムカプセル埋めた時には、二人は付き合ってたってことかなあ。」
「不倫とタイムカプセルって何か関係あるの?」
「いや、分からないけど、千隼さん、その年だけタイムカプセルの予算を市が出してくれたって言ってたじゃない。何か不自然だなって。」
「巴菜さんがタイムカプセルに入れた手紙のこと覚えてる?もしかして、巴菜さんお父さんの不倫に気づいてたのかな?」
確かに、何もなければわざわざ『お母さんとお父さんがずっと仲良くしてくれましように。』なんて書いてタイムカプセルに入れたりしない。
「きっとそうだよ、巴菜さん、お父さんの不倫に気づいてたんだよ…もう一度、巴菜さんに話を聞いてみよう。その時、何かなかったかって。」
「そうだね、明日、市役所に行ってみよう。姉ちゃんに言っておくよ。」
「うん、そうしよう…その頃のことは思い出したくないだろうけど。」
市役所のお昼休みに近所のお蕎麦屋さんで巴菜さんと一緒にお昼を食べることになった。ここの日替わりランチに付いてるわらび餅が美味しいのだ。
「うん、気づいてた。お父さんとお母さんが夜中に喧嘩してるの聞いてたから。その時、特に特別なことなんて……」
巴菜さんの箸が止まった。
「何か思い出しましたか?」
嫌なことを思い出させてしまったのかもしれない。申し訳ない気持ちになった。
「うん…お父さんが不倫相手へのプレゼントに高価な宝石を買ったって、お母さんがカンカンに怒ってるのを聞いちゃって、お父さんはそんなものは買ってないって言い訳をしてたけど、私、その数日後に台所の引き出しに大きな宝石が入ってるのを見つけてしまったのよ。」
「どんな宝石でした?」
「確か…緑色の石で鳥のモチーフが付いていたと思う。」
大河と私は顔を見合わせた。
「それで、その宝石をどうしたんですか?」
「……その時、何故かお母さんの友だちが後ろに立っていて『それが無くなっちゃえば、お父さんとお母さん仲直りするかもしれないね。タイムカプセルに隠しちゃおうよ。』って……」
「え!」
大河と私は同時に声を上げた。
「……でも、私それを川に捨てちゃったの。こんなものがあるからお母さん怒ってばかりで、お父さんも帰って来なくなっちゃったんだって思って。」
巴菜さんは箸を置いて俯いてしまった。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
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