第17話 小野小町の庭を探せ④
「今日は本当に楽しみにしてたんです。素敵なお家ですね。」
「楽しみにしてたはこっちの台詞。こんなイケメンさんに来てもらえるなんて夢のようよ。」
いつもより立て巻ロール強めのポニーテールとフリル多めのエプロンの大河の母が頬を赤らめた。
白のロンTにデニム、黒のエプロン。こういうシンプルな服装をさらりと着こなす感じもいけ好かない。どうも私はこの人が好きになれないらしい。きっと銀ちゃんの方がこういう格好が似合うはず。
今日のパン教室の参加メンバーは、ジョシュアと私以外に、ご近所の主婦が三人。ジョシュアは彼女たちとも楽しそうにお喋りしている。
母親の助手として忙しく準備をしていた大河が、ひと段落して、隣にやって来た。
「すごい気さくな人だね。想像してた感じと全然違うよ。」
本当はジョシュアに話し掛けたいのに母と主婦三人に囲まれて話し掛ける隙が無く、大河は仕方なく私のメロンパン作りを手伝い始めた。やはり彼が気になって仕方がないようだ。
「思ってた以上にカッコいいよね。」
「確かにカッコいいね。」
「明、好きになっちゃったりしないの?」
「ああ?」
「何で機嫌悪いの?ジョシュアさんがモテモテだから?」
「好きになんてならないよ。全然好みじゃないから。」
「そうなんだ、僕は好きだな。」
「え?もしかしてドンピシャ?」
大河は頬を少し赤らめて頷いた。
マジか…
「でも、顔だけじゃ好きにならないよ、才能ってベースがあるからだと思う。」
ああ、そういう事か。
音楽の才能に恵まれたイケメン。彼は正に、大河のドンピシャ、ドストライクなのか…
そんなこんなでメロンパンが焼きあがった。
私のメロンパンたちはクッキー生地が割れたり噴火したり、生地が付いていない部分があったりと不格好。それに比べて、ジョシュアのパンはお店に並んでいるような感じ…
「こんなにメロンパンきれいに出来た生徒さん初めてかもしれない。」
大河の母も主婦たちも彼を持ち上げる。ジョシュアも嬉しそうに
「教え方が上手いからですよ。凄く分かりやすかった。」
長い髪を一つに束ね、賑やかにお喋する彼は主婦たちの井戸端会議に違和感なく馴染んでいる。この人は乙女なのかもしれない。そう思えば、もう少しは普通に接することが出来るかもしれない。
私のメープルクルミパンは、まあ、それなりの出来栄えだった。ジョシュアのパンは輝いて見えた。
「パン焼いたことあるんですか?」
後片付けの洗い物をしていて隣になったので声を掛けた。
「ローフブレッドみたいなシンプルなのならばあるよ。でも、こういう手の込んだものは初めて。本当に楽しいよ、誘ってくれてありがとう。」
「……来海ちゃんが、ここのパンが好きって言ったから、来たんですか?」
「うん。それもある。」
「……来海ちゃんの事、どう思ってるんですか?」
「そうだ、銀ちゃんから話の続き聞いた?」
「話はぐらかさないで下さい。何かやましいことでもあるんですか?」
「やましいことなんかないよ。来海のことは、純粋に好きなだけだよ。でも、背景も分からないまま三十近い男が六歳の女の子を好きだなんて、気味が悪いだけでしょう。明もしかして、僕のことをそういう犯罪者みたいな目で見てた?」
「……ちょっと疑ってます。」
「お茶が入りましたよ。皆さん、試食しましょう。」
大河の母の声が聞こえた。
試食の席で大河がジョシュアと話が出来るよう、私と大河の間にジョシュアを座らせた。二人は何だかんだと楽しそうに話をしている。
良かった、良かった。それに、爆発メロンパンも味はイケてる。
「車中のケースの中にある宝石をどうやって盗むかって?」
「もしジョシュアさんだったらどうやります?」
「うーん、車が止まる場所があらかじめ分かっていればそこで狙うけど、話を聞いていると、途中でどこかに寄る感じでもないよね。」
あれ?小野小町の庭の話をしている?
「それって、始めから入ってなかったのかなって。」
思わず口を挟んでしまった。
大河がスマホで撮った新聞の写しをこちらに見せた。
「それが一番あり得るよね。でも、新聞には『運送用のケースに宝石を格納した際、利根川さんと警備員が宝石を確認している。』って書いてあるんだよね。」
「そうなると、この登場人物の中では、利根川さんか警備員が疑わしいってことになるかな。」
「やっぱり、利根川さん寄贈したくなかったんだよ。」
「え、どういう事?」
ジョシュアが目をパチクリさせた。
図書館での大河との話を掻い摘んで説明すると、ジョシュアも納得して
「じゃあ、今も、利根川さんが持ってるんじゃないの?」
「それが、利根川さんは持ってないらしくって、僕のお姉ちゃんの友だちが持ってるって疑ってて困ってるんですよ。」
三人でため息をついた。
「バイオリニスト辞めちゃったんですか?」
意を決して大河が尋ねた。
「ああ、うん辞めちゃったよ。もう全然弾いてない。」
「そうなんですか。僕、ジョシュアさんの弾くヴィヴァルディの四季の冬を聴いて衝撃受けて、それからクラッシックを聴くようになったんです。だから、一度、生の演奏を聴いてみたかったなって思ってたんです。」
「そうなんだ、そう言われると嬉しいね。もしよかったら、今度、家に遊びにおいでよ。バイオリン探しておくよ。」
「ほ、ほ、本当に良いんですか?僕、行きます。絶対行きます。」
大河の頭から湯気が出ている(気がする)。これが、人が恋に落ちる瞬間なのだろうか?いや、ちょっと違うかも。
それにしても罪作りな人だ、きっとあの笑顔も優しい言葉も全部無意識にやってるんだろうな。
「じゃあ、ジョシュアさん、今は仕事って何をやってるんですか?」
「自分で小さい会社を経営してるよ。」
「へー、社長さんなんだ。道理でお金持ち。それで、具体的にはどんな仕事なんですか?」
「知りたい?」
こいつ、やっぱりムカつく。
「教えたくないならば結構です。」
今回のお話はいかがでしたでしょうか?感想を聞かせてください。
宜しくお願いします。
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