第16話 小野小町の庭を探せ③
謎解きに戻ってきました。
こういう地方のちょっとした騒ぎは、ネットでさがすよりも地元新聞の方が正しい情報を得ることが出来る気がする。まあ、入手できる情報は少ないけど。
「これじゃない?」
大河がパソコンの画面を指さした。
午後のパン教室にジョシュア・エバンズが来ることになったため、大河は、早く新聞記事を見つけて早く家に帰るために、異様に張り切って事件に関連する記事を検索していた。
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2014年1月15日
利根川真理子さん寄贈の宝石『小野小町の庭』を北条みちこ記念館(宿木公園美術館併設)に搬送中、宝石が無くなっていたことが判明。警察は盗難事件も視野に入れて捜査をしている。
運送用のケースに宝石を格納した際、利根川さんと警備員が宝石を確認している。記念館に到着後、ケースを開封した際に宝石が無くなっていること気づいた。搬送中の盗難の可能性があり、関係者に詳しい事情を確認している。
『小野小町の庭』は画家の北条みちこ氏の祖母である鬼島浩美氏のコレクションの一つで、北条みちこ氏の絵画の愛好家である利根川真理子さんがオークションで購入したものであったが、歴史的価値を鑑みて記念館に寄贈することになっていた。
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「搬送って多分車だよね? 車に乗っているケースの中のものを誰にも気づかれずに、どうやって取り出したんだろう?」
二人で首を傾げた。
他にも事件に関する記事を探したが、事件が解決したような記事は見当たらなかった。ただ、宝石の寄贈が決まった時の記事を一つ見つけた。そこには利根川 真理子の父である利根川 治の顔写真が載っていて、
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2013年11月22日
県議会議員の利根川治さんが、画家の北条みちこ氏にゆかりの深い、貴重な宝石を北条みちこ記念館に寄贈することを発表。既に、記念館には同じシリーズの宝石が展示されており、利根川さん所属の『小野小町の庭』が揃うことでコレクションの全てが揃うことになる。『歴史的に価値のあるものなので、市民の皆様にその素晴らしさを感じてもらえるよう寄贈をさせていただくことにしました。(利根川さんのコメント)』
来年二月の記念館開館十五周年に合わせて展示を開始する予定。
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「宝石の持ち主は娘の真理子さんなのに、まるで自分のものを寄贈するみたいなコメントしてるね、この人。」
「真理子さんは本当は宝石を手放したくなかったのかもね。」
「どうして、そう思ったの?」
「えーと…今も返してって巴菜さんにしつこくお願いしてるところを見ると、もう寄贈しようって感じじゃないよね。それに、寄贈を決めた時の記事に治さんのコメントしか載ってないのも、治さんの意向で寄贈を決めた感じがするし…ただ、何となくそう思っただけだから、分からないけど。」
言葉にしてみると、確かに、寄贈に関しては真理子さんの意思が感じられない。
「そうだね、僕もそんな気がしてきた。」
そう言いながら、大河は新聞記事の打出しをカバンに仕舞った。
「さあ、家に帰って午後の教室の準備を手伝わなくっちゃ。明、本当にありがとうね!本当に誘ってくれたんだね! しかも、本当に家に来るなんて、夢の様だよ!」
大河は、図書館のエントランスでクルクルと踊るように二周回った。
「大河が喜んでくれて嬉しいよ。でもさあ、私にはあの人の凄さがわからないんだよね。」
すると、大河は自分のカバンからイヤフォンとスマホを取り出し
「これ聴いてみて。」
イヤフォンを耳につけると、バイオリンの物悲しい曲が流れてきた。
「バッハ『無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番』第5楽章 シャコンヌだよ。」
え?何それ?バッハ以外の言葉が聞き取れなかった。そもそも日本語だった?
「凄いね、きれいな曲。これをあのジョシュアさんが弾いてるの?」
「そうだよ。十七歳でこの伴奏なしの長いヴァイオリンソロを正確に弾きこなすことだけでも凄いんだけど、彼の素晴らしさは何と言っても表現力と説得力なんだ。孤高の鷲が大きな大きな翼を広げて高く広い大空を雄大に飛び回るような世界観だよ。まるで彼には翼があって、その大きな翼をを広げて今にも大空に飛び立つっていくんじゃないかって思えてくるんだよ。」
「はあ……でもさあ、バイオリニストって十二歳とかで華々しくデビューとかしてない?この世界で十七歳ならば結構、経験も積んでるんじゃないの?」
「流石は明、良いところに気づくね。彼は国際コンクールで優勝して十六歳でデビューしたんだけど、それまではこの世界では無名というか誰も知らない状態で、ある日突然、難関国際コンクールに優勝し彗星のごとく現れた謎のヴァイオリニストなんだ。彼は音楽を専攻してないし、音楽漬けの生活も送らずに世界でも屈指のヴァイオリニストになった異例中の異例。だから、彼のことを前世が偉大なヴァイオリニストでその技術と感性を持ったまま生まれて来たなんて言う人もいるよ。」
大河の目が輝いている。このまま話しを続けさせると長くなる、話題を変えよう。
「凄いね。でさあ、今日のパン教室だけど、メープルクルミパンもチョコチップメロンパンもどっちも美味しそうだね。メロンパン作ったことないから楽しみだな。」
「今日は、どっちも大当たりの日だよ。作るの楽しいし、美味しいから、本当に楽しみにしててね。僕、急いで帰って準備を手伝わなくっちゃ! また午後ね。」
そして、大河は自転車で猛スピードで帰って行った。
一人になると、どうしても日曜日のことを思い出してしまう。
銀ちゃんのあの表情を思い出すと、顔が赤くなる。
また、何度も頭を振った。ダメ、ダメダメダメ。と自分に言い聞かせた。
突っ込みどころしかない状況だったけど、あの二人のキスでそんなこと上の空になっていた。
よく考えなくても変だ。変過ぎる。
でも、ジョシュアさんが言っていたガーデンとかエデンの話を裏付けるようなことばかり起こる。
銀ちゃんだって、エデンのオーラがって言っていた。そもそも、オーラって何?
ジョシュアさんのあの変わりよも変だ。どう見てもあの時は十代後半くらいに見えたのに、オーラを銀ちゃんに渡した後はいつもの感じに戻っていた。
人に見られたくないのに、どうしてあそこでオーラの受け渡しをしたんだろう?あの神社じゃないと出来ない理由でもあるのかな?
そう言えば、離脱した神様が一人いるって言っていた………
銀ちゃんって神様だったのかな?何かあってエデンから出てきちゃったのかな?
出てきちゃっても大丈夫なのかな?
あと、あの時は聞きそびれたけど、ジョシュアさんは本当に来海ちゃんが好きなのかな?だからパン教室に誘ったら、即答で「行く」って言ったのかな?
まあ、これは本人に聞いてもいいだろう。
考えてもわからない疑問がどんどん湧いて来た。
このまま家に一人でいたら、ずっと悶々してしまう。
午後にパン教室があってよかったな。巴菜さんの方も考えなくっちゃ。
そんなことを考えながら、トボトボ歩いた。
今回のお話はいかがでしたか?感想を聞かせてください。
毎週水曜、日曜の14:30更新予定です。




