第13話 小野小町の庭を探せ②
次の日曜日に大河の姉・千隼の友だちの良田 巴菜さんから話を聞くことになった。夏子はバイトで同席出来ず残念がっていた。
巴菜さんは、これから明たちが通う大学を昨年卒業して市役所で働いている。
「わざわざ、集まってもらって、何だか申し訳ないなあ。」
「良いのよ、大河と私はどうせ暇だし、明ちゃんも時間あるって言ってくれてるし、遠慮しないでよ。」
そう言って千隼は、巴菜と明にテーブルの上の母親手作りのクッキーと温かい紅茶を勧めた。
「それで、早速なんだけど、巴菜が困ってることを具体的に教えてちょうだい。」
「具体的にと言われても……利根川さんに『小野小町の庭』を返してくれって言われてるんだけど、そもそもそんなもの見たことも聞いたこともなくて、でも、どんなに説明しても、絶対貴方が持っているはずだから、返してくれって、返してくれたら大事にはしないって言われて……もう、どうしていいのか分からなくって。」
そう言って、ティーカップを片手に深いため息をついた。
「それは、いつ頃から言われてるんですか?」
「うーん、一カ月くらい前からかな。今年に入ってからだと思う。」
「その前に何かありました?年末年始あたりですかね。」
明尋ねられて巴菜は困った表情になった。
その横で、千隼は何かを思い出したらしく、指をはじいた。
「そう言えば、今年の年始にタイムカプセルの開封会やった時、利根川さんがテープカットしてたよ。巴菜は来られなかったから知らないと思うけど。本当に何処にでも顔出す人だなって思った。」
「そうだったんだ。開封会の後だと思う、利根川さんが市役所に来た時に言われたの。その後は、会うたびに言われるようになったし、電話もかかって来るようになって。」
巴菜さんは暗い表情だった。
「もしかすると、そのタイムカプセルの中に『小野小町の庭』が入ってるって思ってたのかもしれないですね。利根川さん。」
「じゃあ、利根川さんは『小野小町の庭』を巴菜さんがタイムカプセルに入れたと思っていたけど、開封した時にそれが入ってなくて、今でも巴菜さんが持ってるって思ってるのか。」
そう言って大河は一口お茶を飲んだ。
「えー、そもそもそんなもの知らないし、知らないものをタイムカプセルに入れるなんてありえない。」
巴菜が暗い表情のまま答えた。
「きっと、利根川さんが何か誤解をしてるんでしょうね。ところで、巴菜さんはタイムカプセルに何を入れたんですか?」
「手紙を入れていたみたい。流石に十年前のことで何を入れたかは覚えてなかったんだけど、開封会の後、私の分だと言って、手紙の入った銀色の小さなお菓子の缶を渡されたから。」
「手紙には何が書かれていたんですか?」
「『お母さんとお父さんがずっと仲良くしてくれましように。』って書いてあった。でもその後、うちの両親離婚しちゃったんだけどね。」
今度は、少し悲しそうな表情で小さなため息をついた。
「そうだったんですか……タイムカプセルを十年前に埋めたってことは、小学校六年生の時に埋めたんですね。」
ちょっと申し訳ない気分なってしまった。
「そうだと思う。でも、あんまり覚えてなくって。」
巴菜が自信なさそうに答えた。
横にいる千隼は、またもや何かを思い出したようだった。
「そう、小六の冬休みだったよ。うちらの代だけやたら盛大にタイムカプセル埋めようってなって、カプセルの素材も凄いやつで、百年耐久可能とかいう何万円もするのを市の予算で買ってくれたんだよ。埋める場所も将来分からなくならないようにって、図書館の花壇の一部をわざわざ準備してくれたの。」
「へえ、うちらの時はタイムカプセルなんてなかったけどな。明の小学校は?」
大河と私は同じ市内だが、小学校は別だった。
「うちもなかった。もしかすると、十年前のタイムカプセルに何かありそうですね。」
「利根川さんに直接確かめてみたら?」
千隼の提案に巴菜は難色を示し、
「え、あの人、勢いと圧が物凄くって…私の話ちゃんと聞いてくれないし。タイムカプセルの話なんかし出したら、余計に話がややこしくなりそう。」
そう言って、深い、深いため息を漏らした。
「『小野小町の庭』ってエメラルドのブローチだって聞いたんですけど、どういったものなんですか?」
明が巴菜に尋ねた。
「私もわからないの、写真もないらしくて。大ぶりのエメラルドで古い物らしいのよ。画家の北条みちこさんのお婆さまが大事にしていた物だったって。そのお婆さまは古典が好きで、自分の持っていた宝石に女流作家の名前を付けていたらしいの。」
「北条みちこって、あの宿木公園に記念館がある画家の?」
地元が排出した世界的な画家と言うことで、公園の中に彼女の記念館がある事を思い出した。小中学生のころに遠足や課外学習などで何度か訪れたことがあった。彼女はロサンゼルスで画家として成功して、ずっとそっちに住んでいた人らしい。
「そう。その方のお婆さまの宝石コレクションの一つらしくて、でも、そんな貴重なもの小学生の私が持っている訳ないんだから、迷惑な勘違いよね。」
巴菜は、途方に暮れたような表情になった。
巴菜の話を聞いたあと、明と大河は宿木公園にある北条みちこ記念館に向かった。
「本当は、利根川さんに聞いて確かめるのが一番だと思うけど、巴菜さんは利根川さんが苦手みたいだね。」
「うん、あの人、性格も激しそうだけど、地元の名士っていうの? 家は利根川交通で、この辺のタクシーやバスを牛耳ってて、利根川モータースクールも運営してるし、父親は県議会議員だったもんね。」
「お金持ちなんだ。」
「それに、駅前の七階建てのマンションも利根川家の持ち物だよ。」
「じゃあ、市役所勤めの巴菜さんからしたら、絶対に目を付けられちゃダメな人だね。」
「そうなんだよ。相当気を使ってると思うよ。」
北条みちこ記念館は、宿木公園美術館に併設されており、入口を入って右が記念館、左が美術館になっていた。
北条みちこの生い立ち、作品、ビデオメッセージのほか、祖母から受け継いだコレクションも展示されていた。
コレクションにはビーズ刺繍のタペストリーやバッグのほか、動物や昆虫がモチーフの宝石が展示されていた。ルビーと天道虫、サファイアと蜻蛉、イエロートルマリンと蝶、真珠と亀、オパールと海老などどれも品があって、かわいい。
誰の胸元を飾ることもなくこんなところでひっそりとしているなんて少し残念な気がする。
「この中にエメラルドはないね。このコレクションの一つなのかな?」
「そうかもね。それと、返してってことは、もともと利根川さんが持ってたってことだよね。」
帰り際に、受付の人に宝石コレクションのことを尋ねると、面白い話を聞くことが出来た。
確かにエメラルドは利根川家が所持していて、十年程前にそのエメラルドの宝石をこの記念館に寄贈してくれることになっていた。しかし、宝石搬送後に、宝石が無くなっていることに気づき、搬送途中の盗難ということで、その時はちょっとした騒ぎになったそうだ。また、エメラルドは鳥のモチーフになっているとのことだった。
「新聞で事件の事調べてみよう。図書館で地方新聞の閲覧が出来たと思う。」
今日は時間も遅いので、火曜日の十時に図書館に集合することにした。
今回の話はいかがでしたか?
感想を教えてもらえると嬉しいです。
毎週水曜、日曜の14:30更新予定です。




