第12話 小野小町の庭を探せ①
免許取りたての大河の運転で駅まで夏子を迎えに行った。思いの外、大河の運転が安全運転でホッとした。
「凄いね、もう運転してるんだ。」
夏子が車に乗り込んで来た。
「東京に引っ越したら乗らなくなっちゃうからね。ペーパーにならないように今のうちに乗っておかなきゃ。」
「じゃあ、帰りはバイト先まで車で送ってよ。丁度いい練習になるだろう。」
「親が車を使わなかったら、送って行けるよ。」
大河も乗り気だ。
大河の母親はクッキングスクールで講師をしている。
ケーキ、天然酵母パンを教えているそうだが、最近は和菓子も教えられるようになったと、スーパーで会った時に自慢していた。話すと面白い人だが、ぱっと見は品のいいきれいな人って感じである。
その母親の影響で大河は子どものころからお菓子作りをしている。
初めて大河に手作りの焼き菓子を貰った時は、どこかで買って来たのかと思うくらい手が込んでいて、美味しかった。
また、大河の家にはお菓子作り専用の部屋があって、母親はここでパン教室をしている。私も何回か教えてもらったことがあった。
五月には庭にたくさんのバラが咲き誇り、パン作りを教えてもらった時は丁度バラが満開で、窓から見える庭の景色が絵画の様でとても綺麗だったことを思い出した。
「バレンタインのお返しに手作りのマカロンなんて、大河らしいよ。」
夏子は、大河に言われるがまま、ボールの中のものを泡だて器で混ぜている。私も同感だ。今までチョコのお返しに手作りのお菓子をくれたのは大河だけだった。
そう言えば、私は人生で一度も本命チョコというものを渡したことがない…なんてことを考えていたら、銀ちゃんの顔が頭に浮かんだ。
いやいや、彼はただの友だち……渡すとしたら友チョコだ。
「そう言えば、母さんがスーパーでジョシュア・エバンズさんに会ったんだって、あの人、本当にこの辺に住んでるんだね。僕も会いたいな。」
「ジョシュア・エバンズって?あの大河が送ってくれた写真のイケメン?でさあ、結局そのジョシュアって人が銀ちゃんなの?」
折角、この話は煙に巻いたつもりだったのに、再燃してしまう。
「違うよ。もう銀ちゃんの話はやめよう……そうだ、そのジョシュアさんだったら、梅枝小学校の近くの大富豪の家に住んでるよ。」
「え!本当。やっぱり、明知り合いなの?だったら、僕のことを紹介してよ。」
大河が身を乗り出した。
「なに?銀ちゃんじゃなくて、そっちの男に乗り換えたの?」
夏子がちょっと意地悪な笑いをした。
「はあ?あんな変な人好きになる訳ないよ。知り合い程度で、紹介出来るような仲じゃないよ。」
「変な人なの?母さんは、凄く良い人だって言ってたよ。」
「良い人?スーパーで会っただけで分かるの?」
わかる訳がない。
「白菜売り場の前に凄いカッコいい人がいて、母さん声かけたくって、その人に白菜の選び方を聞かれてもいないのに一方的に教えたんだって。そしたら、喜んでくれえて、どういう食べ方がおいしいのかって尋ねられて、お勧めの食べ方を教えたんだって。また別の日に、中華料理屋で友達とランチしてたら、たまたま、その人が入って来て、母さんのこと覚えていてくれて、あっちから近づいて来て、教えてくれた白菜料理が美味しかったって、わざわざ伝えに来てくれたんだって。
どんな人か特徴を聞いたら、ジョシュア・エバンズさんぽかったから、あの写真を見せたの、そしたら、この写真は怖そうな顔してるけど、この人だって言ってた。明ちゃんの彼氏なの?って聞かれた。」
え、あの写真を夏子にも母親にも見せたんかい。心の中で思わず突っ込んだ。
「はあ、彼氏な訳ないでしょう。あんな空想癖持ちの、ロリコン野郎。」
思わず、言わなくていいことまで口走ってしまった。
「え!そうなの?」
二人が同時に驚いた表情でこちらを向いた。
「いや、そんな片鱗を感じたってだけで、まだ確証はないけど……」
そのまま口籠り、黙って作業を黙々と続けていると、大河がやっぱりどうしても尋ねずにはいられないと言った感じで、
「まあ、空想癖は僕にもあるから気にならないけど、ロリコンってどうしてそう思ったの?」
その疑問はごもっとも。
「一度見ただけだから確証ないんだけどね…来海ちゃんって言う女の子がいて、モモ太を見ると寄って来る子なんだけど、その子に対する態度って言うか表情に違和感があったんだよね。知人の娘さんにあんな表情しないよなって……それだけなんだけどね。」
「ふ~ん、明がそう思うなら、何かあったんだろうね。」
夏子が言った。
「くるみちゃんって、苗字は?」
そう、大河に尋ねられて先日のことを思い返した。
「確か、本間さんって、ジョシュアさんが来海ちゃんのお父さんをそう呼んでた。お父さんの仲介で今の家を購入したっぽいし。」
「本間来海ちゃん、多分、来海ちゃんのお母さんはうちの母さんのパン教室の生徒だよ。結構頻繁に来るし、来海ちゃんも家に来たことあるし、ここで教わったパンが一番おいしいって言ってくれた。」
「じゃあ、明そのジョシュアって人をパン教室にさそってみたら?来海ちゃんが一番好きなパンを作れるパン教室だよ、もし、本当にその子に邪な気持ちがあれば喜んで来るんじゃない?」
夏子の提案はごもっともだが、嫌だ。
「えー、嫌だよ。何で私が誘わなきゃならないの?」
「もんの凄くナイスアイディアだよ。ジョシュア・エバンズが家にくるなんて、嬉しすぎて眠れなくなるよ。明、声かけてみてよ。僕が引っ越す前にお願いね。」
そう言って、2月、3月のパン教室の予定が書かれた紙を渡してきた。
「まだ枠があるし、ジョシュアさんならば母さん無理にでも枠作るよ。」
マジか…でも確かに、あのジョシュアって人が来海ちゃんをどう思っているかを探るには丁度いい機会かもしれない。
「わかったよ、一応聞いてみるよ。」
大河の指示の元、丸くコロンとした、輝かしく、香しいマカロンがたくさん出来上がった。
紫ちゃんに上げる分をきれいに箱に詰めて、残りを三等分した。
一つ味見と思ったが美味しくて四個食べてしまった。
野分 紫、これがバレンタインの君の名前である。
来週には長崎の病院に転院して手術を受けるらしい。年は私たちの一つ上で十九歳だそうだ。
まだ夏子のバイトまで時間があったので、大河の家でたこ焼きを作って昼ご飯にした。
たこ焼きづくりとなれば、夏子の得意分野だ。
こちらも丸くコロンとしている。
「ねえ、市議会議員の利根川真理子さんって知ってる?」
突然、大河がそんなことを聞いて来た。
利根川?ああ、選挙になるとやって来る、化粧厚めで、ちょっとパーマ強めのおばさん。
「あの、パーマ強めのお姉さま?」
母親より歳上な気がするけど、女性に対してはお姉さまと言う方が無難だ。
「確かに、あの人、パーマ強めだよね。でね、姉ちゃんの友だちがそのパーマ強めの利根川さんに言いがかりをつけられて困ってるんだって。」
「言いがかり?」
「なんでもね、『小野小町の庭』を返してくれってしつこく言われて困ってるんだって。全く心当たりがないみたいなんだよね。」
「小野小町の庭?」
「エメラルドのブローチみたいだよ。」
クレオパトラの瞳とか涙ならありそうだが、小野小町の庭とは…なんとも変なネーミング。
「それ、美術品かなにか?宝石に名前付いてるなんて。」
夏子は興味ありげだ。
「詳しくは知らない。でも、明に相談したら、何か分かるんじゃないかと思って。」
「確かに。」
二人の視線が刺さる。
「え、何よ。」
そんな目で見られても、宝石探しなんて無理だよ。
今回の話はいかがでしたでしょうか?
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