第11話 バレンタインの君(きみ)を探せ②
お立ち寄りいただきありがとうございます。
「明は凄いね。そんな少しの情報から仮説を立てちゃうんだもんね。」
銀ちゃんに今日の計画を話すと、銀ちゃんが褒めてくれた。
「でも、まだ本当に柏木病院の入院患者と決まった訳じゃないから。私の想像の範囲内の話だし。」
まだそうと決まった訳じゃない、他の可能性だってたくさんある。
今日は、モモ太の散歩と朝ごはんを済ませてから神社にやって来た。この後、柏木病院の前でバレンタインの君を探す。
バレンタインの君とは、大河と私が勝手に名付けたものだ。その子の名前が分からないのでそう呼んでいる。
バレンタインの君がどんな子かも楽しみだけど、大河が大声で歌いながら自転車をこぐ姿が拝めるのも楽しみだ。
「そろそろ行かなくっちゃ。」
もっと銀ちゃんと話をしていたい、名残惜しい。でも十時前には柏木病院の前に着いておきたい。昨日、たこ焼きを食べた後、大河と現場の下見と打ち合わせは済ませてあるが、やっぱり少し早めに着いておきたい。
9時55分、スマホで時間を確認する。
大河が通学に使う道は川沿いの人通りが少ない道だ。病室の窓から見えないと思う場所で待つことにした。すると大河からラインが届いた。
[着いちゃった。]
え?
振り返ると、自転車を押して大河がこちらに向かってくるのが見えた。
「おはよう。緊張しちゃって、早く来すぎちゃった。」
「早すぎだろう。まだ、二十分くらいあるよ、ここで待っていよう。」
二人で並んで、病室の窓の方に目をやった。
川沿いの窓は病室に面していて、二階の窓からはパジャマを着たおじいちゃんが外を覗いているのが、四階の窓からは看護師さんの後ろ姿が見えた。
「今日は、何を歌うの?」
「最近はオンブラ・マイ・フかな。」
「え? 誰の曲よ?」
「ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデルが作曲した有名なアリアだよ。」
やっぱりそっち系ね、誰だか分らんと思いつつも、大河がするこの手の話には慣れていたので、何となく返事をした。
「へー、そうなんだ。じゃあ、そろそろ準備したほうがいいよ。」
大河は、自転車を押して律儀に手前の橋まで戻り、そこから、意を決したように自転車をこぎ出し、それと同時に思いもよらない大音量で歌いだした。
背後からオペラ歌手が迫って来る。
これならば、病院の三階以上にも聞こえてしまうはずだ。
病院の窓を見ると、数名が窓辺に立ってこちらを見ている。
どれだ?黒髪の真面目そうな女の子。目を凝らして探した。
いた!
四階の窓辺で、窓に手をついて、じっと大河を見送っている女の子。薄いピンクのパジャマ姿で、黒髪を一つに束ねている様に見える。
四階の右から二つ目の窓。
大河の自転車は止まらずに、そのまま大声で気持ちよさそうに歌いながら遠ざかって行った。
数分後、物凄い勢いで大河が自転車をこいで後ろから戻って来た。
「見つかった?」
私は右手の親指を上げてから、病室の窓を指さした。
「四階の右から二番目の窓。あの子?」
まだ、そこには女の子が大河が去って行った方向を見て立っていた。
「多分、あの子だと思う。」
大河はその子から見える場所に走って行って、窓に向かって大きく手を振った。歌といい、こういう咄嗟の行動といい、大河は肝が据わっている。
女の子は手を振る大河に気づいて驚いた表情を見せたが、直ぐに小さく手を振り返した。
大河は、女の子に下においでよと手招きをした。女の子が小さく頷き姿が見えなくなった。
「明も一緒に行こうよ。」
「私は、止めておくよ。」
「ありがとう。明、また後でね。」
そう言うと、大河は病院の入口に向かって行った。
真っすぐ家に帰る気分じゃなかったので、病院の近くの本屋に併設しているカフェべロールに入ってホットのはちみつラテを飲んだ。
まだ銀ちゃんは神社にいるのかな?帰りに覗いて行こうかな。
銀ちゃんはどこに住んでるんだろう?
バレンタインにチョコ上げてもいいかな?迷惑じゃないかな?
などと考えていたら、大河からラインが入った。
[家に帰った?]
[べロールでお茶している]
[行く]
暫くすると大河がやって来た。
「どうだった?」
「いろいろ話が出来たよ。」
「よかったじゃない。それで?」
「来週、大きな手術をするから九州の病院に移るんだって。もうこっちには戻ってこないかもって言ってた。」
「それで、自分の連絡先を書かずにチョコレートを渡したのか。」
「そうみたい。」
大河はコーヒーを一口飲んだ。大河は見かけによらずブラックコーヒー派だ。でも甘い物は大好きだ。
「それで、例の話はしたの?」
「うん、話したよ。僕の恋愛対象は女性じゃないってこと。」
「驚いてた?」
「うん、驚いてたけど、友達にはなれそうだって言ってくれた。連絡先も交換した。」
大河の恋愛対象は男性である。
そのことを知っているのは、ごく一部の親友、そして大河のお姉ちゃんとおばあちゃんくらいである。まだ、両親には話せてないらしい。
「そうか、それでどうするの?」
「今週の土曜に面会に行く約束したの。その時お返しを渡そうと思う。今週の金曜はレッスンがないから、明も一緒に家でマカロン作らない?」
マカロンかぁ、自分一人じゃ作るなんて発想すら起こらない。
「いいね。作ろう。夏子も誘ってみよう!でもあいつバイトかな?」
「声かけてみるね。」
大河が夏子に連絡を入れると、直ぐに返事が来た。
[午前中なら行ける]
「じゃあ、九時くらいに集まろう。」
「了解!」
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