生徒の心
夏休み明け、私は久しぶりに小学校の教室へと足を運んだ。6年生を受け持つこの教室は、
静かな午前中の光を受け、机や椅子が整然と並んでいる。まだ始業式前で児童はいない。
私が黒板に新年度のスローガンを書き込もうとしたとき、何気なく教卓の中を点検してみると、
小さな封筒が一通差し込まれていることに気づいた。
白い封筒には私宛の名前が走り書きされている。去年の担任だった私に、誰かが残したのかもしれない。
開けてみると、中には一枚の便箋と写真があった。写真には、昨年度卒業したクラス全員が、
運動会の時に撮った笑顔の集合写真が写っている。
その裏には、ボールペンで「忘れ物を取りに来て」とだけ書かれていた。
忘れ物? 私は考えた。昨年、6年生を送り出したとき、ある児童が残したものがあっただろうか。
クラス全員分のロッカーを確認した記憶があるが、特に何もなかったはずだ。
もう一度手紙に目をやると、便箋にはこう記されていた。
「先生へ
春に卒業した私たちだけど、みんなである約束をしていたことを忘れないでほしいんです。
私たちは運動会のあと、ひとつ宝物を隠しました。それはクラス全員のサインが入ったメッセージノートです。
先生がいつか思い出してくれると思って、最後の日に教室のどこかにそっと置いていきました。
ヒントは、黒板の裏側。私たちの気持ちがそこに残っています。夏休み明け、先生が戻ってきたとき、
この手紙を読んで気づいてくれたら嬉しいです。
元6年C組みんなより」
黒板の裏側? 少し動揺しながら、私は黒板を少しずらしてみた。黒板はスライド式になっており、
裏側にはメンテナンス用の小さな空間がある。手を伸ばしてみると、そこには薄いファイルが挟まっていた。
中にはA4サイズほどのノートがあり、表紙には去年のクラス名と、全員分の名前がペンで書き連ねられている。
ノートを開くと、それぞれの児童が「将来の夢」や「先生への感謝」を書き込んでいた。
運動会の日、こっそり計画していたらしい。最後のページには「先生、いつかこのノートを見つけて、
また私たちのことを思い出してください」とメッセージが記されている。
私はノートを握りしめ、笑みがこぼれた。あの子たちは、卒業後もこうして私を楽しませようとしてくれたんだ。
この手紙と写真は、隠し場所を示す最後の鍵だったのだろう。夏休みを経て、少し静まり返ったこの教室で、
卒業生たちの優しい心遣いが、時空を超えて私に触れてくる。
写真とノート、そして手紙を大事に机にしまい、私は黒板を元に戻した。これで「忘れ物」は無事発見された。
子どもたちが残した宝物は、確かにここで私を待っていたのだ。
始業式まであと少し。私は新しく迎える子どもたちのために、黒板に鮮やかなチョークの色でメッセージを書いた。教室の中には、もう見えないはずの卒業生たちの笑顔が、静かに息づいているようだった。