新天地は悪魔王陛下のお膝元で5
ひとり戸惑う私のことなどお構いなしに、三人はカトラリーを手にして食事を始めた。
美味しいとか味が好みだとか特に感想もなく、ただ淡々と。
「ん? どうしたヴィオラ。遠慮せず食べろ」
「あ、はいっ! い、いただきます!」
呆然とする私に気付いたガイさんがそう声をかけてくれたので、慌ててスプーンを手にする。
とりあえずスープから食べてみよう。
そっとスプーンで人参をすくってスープと共にひと口。
口に入れた瞬間、私は先程感じていた違和感の正体に気付いた。
「………………素材の味がとても感じられるスープですね」
つまり、野菜以外の味がほとんど、いや全くしなかった。
スープはうっすらと野菜の色が溶けただけ、そして湯気が立っているのに香りがほとんどしなかった。
だから私は違和感を感じたのだ。
「ふん。おまえの口には合ったのだな」
私の当たり障りのない感想に、陛下が興味なさげにそう返してきた。
あれ? おまえの口には?
よく見ると陛下の皿は、肉とパンしか減っていない。
スープはほとんど手つかず。
まさか。
「陛下……。いつも言いますが、少しは野菜類も食べて下さい」
「俺には必要ない」
眼鏡の男性がそう窘めたが、陛下はきっぱりと言い切った。
「ははは! 陛下は食の好みが偏っているからな! 巷では“悪魔王陛下”と呼ばれているらしいが、その正体が偏食大魔王だとは誰も知るまい」
続けてガイさんもそう笑い飛ばす。
間違いない。
「ふん。野菜など食わなくても支障などないからな」
この人、野菜嫌いの子どもと一緒だ。
『必要ない』とか言ってるし、なんか小さい頃の弟達の姿とダブるんですけど……。
前世の双子達の幼い頃を思い浮かべる。
彼らも野菜が嫌いな子達だった。
でも必ずひと口は食べようねって約束して、少しでも食べやすいようにってお母さんが色々考えて料理を作ってた。
そうやって、大きくなっていくうちに少しずつ食べられるようになったんだよね。
お母さんが亡くなってからは、私もふたりが食べてくれるように試行錯誤してたっけ。
高校生になってからはもうほとんど好き嫌いしなくなったけれど……。
この人、子どもの時のまま大きくなっちゃったのかしら?
もったいない……。
私が胡乱な目をして手付かずのスープをじっと見つめていたのに、ガイさんが気付いた。
「ほら陛下、ヴィオラも見てるぜ? こんな小さい子どもでも食べているのに、陛下のそれはどうなんですかねぇ?」
にやにやとガイさんが笑う。
いえ、別に私のことなど引き合いに出してもらわなくても……!
「ふん。こんな不味いものを無理して食べる必要がないと言っているだけだ。塩を振った肉が一番美味い。ただそれだけのことだ」
「まあそうだけどよ」
「それを言っては元も子もありませんね」
陛下の主張に、ガイさんと眼鏡の男性が同意する。
なんだ、ふたりともあまり美味しくはないなと思ってはいたのか。
「えっと、皆さんのお食事はいつもこんな感じなのですか?」
勇気を出してそう聞いてみると、三人ともからそうだと返ってきた。
「食事など、ただ空腹を満たすだけのものだ」
「陛下、栄養補給の意味もありますよ」
「まあ肉はうめぇけどな! 俺も正直野菜類は仕方なしに食べてるって感じだな」
なんてことだ、食事に全く楽しみを感じていない。
これが異世界の食事事情……!!
愕然とした気持ちで目の前の料理を見つめる。
『どうだ、美味いだろう!?』
『うん! おとうさんのつくったごはん、だーいすき!』
『ふふ。定食屋さんのお客さんも、お父さんの料理が大好きで食べに来るのよ。とっても素敵なことよね』
『『『『おとうさん、すごーい!!』』』』
前世での家族の会話を思い出す。
食事って、ただ空腹を満たしたり栄養を取ったりするだけの、そういうものじゃない。
大切な人達と机を囲んで、美味しいねって言い合って食べる楽しさ。
ひとりでだって、好きなものや食べたいものをたくさん並べてゆっくり楽しんだり。
食べ歩きして美味しいお店を見つけたり、色々試して自分に合った味付けを見つけたり。
大好きな人に喜んでもらいたくて、頑張って作った手料理を振る舞ったり。
食事って、そういう楽しいもの。
「……あのう」
たまらず、私は小さく声を上げた。
「それならば、私に料理を作らせてもらえませんか?」
私の控えめな申し出に、三人は目を見開いてぽかんと口を開けたのだった。
「こ、これは……」
私は今、ガイさんに伴われて厨房へと足を踏み入れたところだ。
「おーい。すまねえがこのお嬢ちゃんに調理場を貸してやってくれねぇか? まあ陛下の命令だから、断るという選択肢はねぇが」
ガイさんが料理人達にそう説明してくれる。
そう、あの後意外にも陛下はすんなりと許可を出してくれた。
自分は執務に戻るから好きにしろという、なんともぶっきらぼうな許可ではあったが。
そうしてガイさんと共にやって来たのだが、はっきり言ってものすごく驚いた。
「ガ、ガイさん……」
「うん? どうしたヴィオラ、見たことねぇモンばっかで不安になったか?」
「いえ、その反対です! な、なんて素敵なところなんですかここは‼」
平民育ちの私を気遣ってくれるガイさんに向かって、ハキハキとそう答える。
そう、さすが王城と言うべきでろうか、調理用具も材料もとても豊富で揃っている。
もう一度言おう、材料がとても揃っている。
「パンだけじゃなくてお米もあるわ! 野菜もお肉もこんなにたくさん……。」
そしてそれは食材に限らず、調味料もだった。
「しょ、醤油がある……! 味噌も! 村にいた時と同じ、塩と砂糖だけだったらどうしようって思ってたのに……! あっ、鰹節まであるわ! それにこれはお酢かしら? ああ、なんて素敵なの……!」
じぃんと胸が熱くなり涙目になる。
なんてことだ、食材と調味料、用具はしっかり揃っていたのだ。
つまり、それを上手く組み合わせて料理を作るということが、この世界には浸透していなかっただけだということ。
「これなら、美味しいご飯が作れる……!」
「おい、ヴィオラ大丈夫か……?」
目をキラキラさせて意気込む私を、ガイさんが心配そうに覗き込んできた。
「こ、ここにあるものって、全部使っても良いんですかっ!?」
「お? おお、使って良いぞ? なあ、良いだろ?」
それはまあ……、陛下のご命令だし……と料理人達から戸惑いの声が漏れ出る。
よし、許可はもらえた。
「では、これから私の得意料理を作りますね! 楽しみに待っていて下さい!」
首を傾げるガイさんと料理人達に向かって、私はにっこりと微笑んだ。