新天地は悪魔王陛下のお膝元で3
「じゃーん!完成!!」
「これが、私……?」
小一時間後。
隅から隅まで磨かれた私は、姿見の前で呆然としていた。
「ええ。とてもかわいらしいですね」
初めて自分の姿を鏡で見たのだが、まさかこんなに……。
「綺麗なすみれ色の髪、サラサラになりましたね。紺色の瞳ともよく合っています。それにこんなに愛らしい顔立ちをされていたなんて!どこかの貴族令嬢と言われても疑われませんよ!!」
興奮するメイド服のお姉さんの声に、そんなことありませんと謙遜するべきなのは分かっている。
しかしその褒め言葉のどれもが真実だった。
ぱっちりと開いた優しげな目は落ち着いた紺色。
それがすみれ色の髪ととても調和していて、落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。
シンプルだが上質な布でできたワンピースは、瞳の色に合わせた紺色を基調としたもので、上品なデザインが似合っている。
まだ幼いため、かわいらしいという表現の方が合っているが、成長したらかなりの美人になるはず。
ナルシストなの?と思われるかもしれないが、こうして姿をきちんと見たのが初めてなので、これが自分だという自覚がない。
普通に美少女を見て目を輝かせる感覚なのだ。
立ち尽くす私に、最初にお風呂を用意してくれたお姉さんが屈んで私に目線を合わせてくれた。
「あまりにかわいらしくて驚きましたか?ですが間違いなくあなたですよ。ええと……」
あ、名前。
「あの、綺麗にして下さって、ありがとうございます。私、ヴィオラといいます」
慌ててお礼を言うと、お姉さんはにっこりと微笑んでくれた。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。申し遅れました、私はカレンと申します。ここ、シュナーベル王国の王城にて東棟の侍女長を務めさせて頂いております」
「おうじょ……王城!? え、シュ……なんとかベル王国!? じ、侍女長さん!?」
予想外の単語の連発に思わず大きな声を出してしまった。
「あらあら、陛下に連れられて来たからてっきりご存知なのかと思っておりましたけれど」
「へ、陛下!?」
陛下って君主に対する敬称のことよね!?
君主、つまりこの国の国王陛下ってこと?
陛下に連れられてってカレンさんは言ってたけど、私をカレンさんのところに連れて来たのって……。
先程の、漆黒の髪をした強面美形の顔が思い浮かぶ。
「ま、まさか……」
たらりと汗を流す私に、カレンさんはおっとりと上品な笑みを浮かべた。
「はい、ヴィオラ様をお連れになったあの方が、わがシュナーベル王国国王、シルヴェスター・フォン・ライオネル陛下ですわ」
やっぱりそういうことになっちゃいますよね!?
顔を蒼くしながら、私はひくりと口元を引きつらせたのであった。
「ふん、見られるようになったじゃないか」
「おやおや、彼女がヘスティア様のお子様の恩人ですか? 随分とかわいらしい少女ですね」
「へえ、あと十年も経てばかなりの別嬪さんになりそうだな」
カレンさんに連れられて来たのは、陛下の執務室だという部屋。
びくびくしながら中に入ると、三人の男性に迎え入れられた。
中央にどっかりと座る、この国の国王陛下だという強面美形は、相変わらず不機嫌そうな顔で私をじろじろと値踏みするように見てくる。
そして向かって右側、この世界では初めて見る眼鏡をかけた、柔和な雰囲気の銀髪の男性。
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その眼鏡の奥の瞳には、得体のしれない私への警戒が滲み出ている。
最後に、向かって左側の大柄な赤褐色の短髪の男性は、騎士だろうか、大きな剣をその腰に携えている。
三者三様のイケメンに囲まれたような形ではあるが、睨まれているようでものすごく居心地が悪い。
「……こほん。恐れながら陛下、ヴィオラ様が怯えております」
びくびくと縮こまっているとうしろに控えていたカレンさんが助け舟を出してくれた。
すると大柄な騎士らしき男性がハハハッ!と豪快に笑った。
「違ぇねぇ。お嬢ちゃん、すまんな。ヘスティアの子どもを助けてくれた恩人だってのに、恐がらせるなんて俺達が悪かった」
すると彼は二、三歩歩いただけで私の側まで近付き、よっこいしょとしゃがんで私と目線を合わせた。
「俺はガイ。ガイ・エルネストだ。一応この国の騎士団長なんてものをやってる。お嬢ちゃんはヴィオラというのか?」
恐がらせないようにとの配慮なのかしら、荒っぽい雰囲気だけれど、悪い人ではないのかもしれない。
「えと、はい。ヴィオラといいます。その、お風呂に入れてもらっただけでなく、こんなに綺麗な服まで着せて下さって、ありがとうございます」
「そうか、よろしくなヴィオラ。その服、似合ってるぞ」
にかっと笑うガイさんは、先程までよりも幼く親しみやすく見えた。
「よろしく、お願いします……。あの、それで……ヴァルはどこに……」
カレンさんやガイさんのおかげで少し緊張は緩んだものの、やはり知らない人に囲まれていると落ち着かない。
ヴァルのもふもふ毛皮に癒やされたい!
そんな気持ちでおずおずとガイさんに尋ねる。
「うん? ああ、あのおチビのことか。ヘスティア親子ならほら、庭にいるぞ」
ガイさんが指差した方の窓を覗くと、ヘスティアとヴァル、そしてヴァルと同じくらいの体格の白い狼の子ども達がいた。
「本当だ……。兄弟、かな? そっか、久しぶりに会えたんだもんね」
ヴァルの気持ちを考えれば、私なんかに付き添うよりも、家族との再会を喜び合いたいだろう。
ちょっぴり寂しいけれど、私は中身が子どもではないのだ、ヴァルのために我慢しなければ。
その隣でじっと私を見つめていたガイさんの視線には気付かず、私は窓の外のヴァル達をしばらく眺めていた。