幼い恋心の話
今回は飄々としているけれど意外と……な、あの方のお話です。
「いやぁ、今日もとても美味しいね!本当にヴィオラの作ったご飯はどれも美味しくて、ついつい食べすぎてしまうよ!おかわり!」
「おいノア、おまえマジで食いすぎだぞ?ちょっとは遠慮しろよなー。あ、ヴィオラおかわり!」
「ガイ、あなたもかき込むように食べるのは行儀が良くありませんよ?ああ、ヴィオラ殿、すみませんが私にもおかわりを頂けますか?」
ノア王子、ガイさん、フィルさんが揃ってご飯のお皿を差し出してきた。
どうやらメインの焼塩鮭のおかげでご飯がとても進むようだ。
それに苦笑いを零しながらも、私はちゃんと受け取っておかわりのご飯を乗せていく。
つい先月シンドラー王国に帰国したノア王子だったが、一カ月も経たないうちにまたこちらにやって来た。
話を聞くと、シュナーベル王国との仲を強固なものとするべく、どうやらノア王子は外交使節団の大使的な役職に任命されたらしい。
そのため今回も半月くらいは滞在するし、これからもこちらにちょくちょく遊び……いや、仕事に来るようだ。
「……おまえら、静かに食べられないのか?はぁ……。ヴィオラ、すまないな」
「あ、いえ。陛下もご飯のおかわり、いかがですか?」
眉間に皺を寄せる陛下にそう言うと、頂こうとお皿を差し出された。
たしかにちょっと騒がし……いや、賑やかだが、私はこういう空気も嫌いじゃない。
シーンと静まり返った食卓なんかよりも、よほど食事を楽しんでいる感じがするもんね。
おかわりのご飯を乗せた皿を陛下の前に置くと、陛下は少しだけ笑ってお礼を言ってくれた。
「なんだいシルヴェスター、ヴィオラにだけそんな顔をして」
「おまえに笑顔を向ける必要などないからな」
「ねえ、僕に対して厳しくないかい?」
バッサリと切った陛下に、ノア王子がぶーっと唇を尖らせる。
そう言われてみれば、陛下のノア王子への態度は、前回の滞在の時よりちょっと厳しいかも。
「あ、もしかしてあれかい?僕の初恋の相手がヴィオラに似――」
「ノア、もう食事は終わりか?ならば先程の橋の建設についての話し合いの続きをしよう。ヴィオラ、今日も美味かった。後片付けも頼んだぞ」
なにを思ったのか、陛下はノア王子の言葉を遮ると、矢継ぎ早にそう言ってノア王子を連れて退室して行ってしまった。
おやおやという表情のフィルさんと、やれやれと苦笑いするガイさんも立ち上がる。
「あ、おふたりもお粗末様でした。でもノア王子、一体なにを言いかけていたんでしょうね?初恋がなんとかって……」
「あーっと、俺も急用を思い出した!」
「おや。偶然ですねガイ、私もです。すみませんがヴィオラ殿、我々も失礼します」
なぜかガイさんとフィルさんまで足早に出て行ってしまった。
みんな、変なの。
それから数日後。
「おや、偶然だねヴィオラ」
「ノ、ノア王子……様」
休憩の時間になり、ヴァルと戯れて遊ぼうと庭園にやって来たのだが、なんとそこにいたのは木陰で休むノア王子だった。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、ヴァルはおろか他に誰もいない。
つまりふたりきり。
「失礼しました」
「ちょーっと待った!」
ほぼ反射的に踵を返そうとしたのだが、ノア王子に呼び止められてしまった。
それどころか隣に座ってよとまで言われてしまい……。
「君とこうしてふたりで話すのは、初めてだね?」
「はは……。ソウデスネ」
あえなく木陰にふたり仲良く並んで座る羽目になってしまった。
うう……能力のことはバレてしまっているし、警戒しなくても良い人だと分かってはいるけれど、なんとなくこの人苦手なのよね……。
ふたりで話すと言われても、一体なにを話せば良いのか分からない。
少しの間が空き、無言が気まずくなってちらりとノア王子の覗くと、そんなこと全く気にしていないかのように、空を見上げて微笑んでいた。
その横顔が、なんだか前回の訪問の時とは違う雰囲気で……なんて言うのだろう、スッキリした顔をしているというか、憑き物が落ちたようだというか……。
「ね、ヴィオラ」
「はっ、はいぃ⁉」
急に話しかけられて、変な声を上げてしまった。
「どうしたんだい、そんな変な顔をして。僕は君を食ったりなんかしないよ?」
あっはっは!と笑われてしまった。
緊張していた自分が馬鹿みたいだなと恥ずかしくなる。
ちょっぴりむうっと拗ねていると、ノア王子がごめんごめんと謝ってきた。
「君、本当にかわいいよね。シルヴェスター達が君をかわいがりたくなる気持ち、よく分かるよ」
「そうです、か?」
今のふくれっ面でなぜそんな話になるのか。
よく分からないけれどとりあえずそう返事しておくと、ノア王子が私の顔をじーっと見つめた。
「うん、やっぱり似てる」
「?私、ですか?」
「そ。君さ、僕の初恋の人に似てるんだよね」
あははとノア王子が軽く笑う。
「そ、そうなんですか?」
どう反応すれば良いものかと困っていると、またさらに笑われる。
「うん。親戚のお姉さんだったんだけど」
なんと、まさかの年上好き?
いやでも、このタイプはかわいい〜とか言われてお姉様方を誑かす感じかも。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「はっ!いえ、全く、これっぽっちも!」
「あはは!君、嘘がつけないタイプだねぇ」
……あっさりバレてしまった。
でもたしかに隣国の王子様相手に失礼だったわねと、今更ながらに焦る。
「ああ、良いよ別に。今は王子とかそんなの気にしなくて。幼い頃の初恋の人に似てる君を眺めて、感傷に浸ってるだけだからさ」
私を気遣いながらそう言うノア王子の視線は、懐かしい人の姿を思い出しているかのようだ。
ノア王子はまだ結婚も婚約もしてないって聞いたし、初恋は実らなかった、のかな?
でも、こんな穏やかな表情をしているのだから、きっと良い思い出で、その人のことを大切に思っているのだろう。
「……どんな方だったんですか?似ているといわれると、ちょっと気になります」
「え?あー、そうだなぁ。優しくて、笑顔が似合う、ちょっと抜けたところもあったけど、みんなから好かれる人だったよ。当時はまだ五歳くらいだったかな?僕の幼い恋心にも気付いていたんだろうけど、彼女には他に好きな人がいたし、迷惑だっただろうね。困らせちゃったかも」
そう答えてくれたノア王子が、また空を見上げた。
そんな仕草をするってことは……ひょっとして。
「……いえ。きっとその人も、王子様の気持ち、嬉しかったと思いますよ」
ええ?とノア王子がへらりと笑う。
「幼い頃の純粋な心で、自分のことを好きだと思ってもらえるなんて、すごく嬉しいことだと思います。ほら、小さい子ってそういうの見抜くっていうじゃないですか」
大人になると色々と余計なことを考えてしまうけれど、子どもはなんのしがらみもなく、ただその人自身を見ているから。
「私だったら、こんな自分でも良いんだって、好きだって言ってくれる人がいるんだって、嬉しくなります。だから、そういう色恋には結びつかなくても、王子様の気持ちは嬉しかったと思います」
もう、その人から当時の気持ちを聞くことができないのなら、なおさら。
「私のことを好きになるなんて、見る目あるじゃない?くらいに思っているかもしれませんよ?そんな顔をしないで、俺は見る目があるんだ!って自信持ったら良いじゃないですか」
努めて明るく笑い、私も空を見上げる。
「大切な思い出はそのまま、大切に覚えておけば良いと思います。きっとどこかで、その人も王子様のことを思い出して、幸せを願っていますよ」
私を好きになってくれて、ありがとう。
そんな気持ちで、きっと見守ってくれている。
「……ヴィオラ」
それまでずっと黙っていたノア王子が上げた声が、少しかすれていて。
初恋の人を思い出して泣きそうになっちゃったのかな?と、ちらりとその顔を覗く。すると。
「き、君……子どものくせに、いっぱしのこと、言うじゃないか……ぷっ!“小さい子”って、僕から見たら十分君も小さい子だし……くくっ。全く、おませさんだね、あははははっ!」
なんと、大爆笑されてしまった。
し、しまった。
たしかに今の私は“小さい子ども”だ。
こんなちびっこにそんなこと言われても、全く説得力がない話だっただろう。
けど!
「そ、そんなに笑わなくても!せっかく元気になってほしいと思ったのに!」
「そ、そうなのかい?くくっ、あ、ありがとう?」
駄目だ、全く笑いが収まっていない。
「もうっ!私もう行きますからね!」
「ああ、笑ってしまって、ご、ごめんね。でも、君の気持ちは嬉しかったよ、ありがとう」
私が立ち上がると、まだ少し笑いながらも、ノア王子はそうお礼を言ってくれた。
それにむうっとした顔を返す。
まだちょっと腹は立つけど、仕方がない。
「……今日も遅くまで会議されるんですよね?夜食に、パニーニを作っておきますから、陛下たちと召し上がって下さい」
そう言うと、ノア王子は目を見開いた。
「疲れてるの、知ってますよ。私の料理で少しは回復するかもしれませんけど、やっぱりちゃんと休むのも大切ですからね?頑張りすぎてはいけません、無理は禁物です」
なんの病気かは知らないし、私の料理を食べて治ったってヴァルが言ってたけど、ノア王子は病み上がりのはず。
無理をするとまた体を壊してしまうかもしれない。
「今みたいに、時々ちゃんと休んで下さいね?ではまた夕食の時に」
そう言い残して、私は厨房へと戻った。
ノア王子もだけど、陛下たちも。
みんな無理するタイプだから、心配だ。
「またカレンさんに手伝ってもらおうかしら。それで、ミーナさんとソフィアさんにもあげようかな」
いつも頑張ってるみんなに。
今日も心を込めて、美味しいものを作ろう。
* * *
ヴィオラが去っていくうしろ姿を見送り、ノアはふっと小さく笑った。
「……本当によく似てる。『頑張りすぎてはいけません』か……」
『あなたは努力家だけれど、頑張りすぎちゃ駄目よ?』
遠い日の、優しい笑顔を思い出して頬が緩む。
「……さ、そろそろ戻ろうかな。空の上から見られてるかもしれないしね、程々に頑張るとしようか」
あの人の記憶は、今も大切なままで。
そう心の中で呟き、ノアは執務室へと戻るのだった。




