エピローグ1
エピローグです。
次話、明日の朝に投稿して完結となります。
最後までどうぞヴィオラたちをよろしくお願いします!
王城に戻って来てから一週間が経った。
襲撃を受けた街もすっかり元の生活を取り戻し、人々の心も安定しているとの報告を聞いている。
そして私は。
「今日の夕食も美味ですね。このたるたるそーす、でしたか?がたまりません! それにしても襲撃された街に出向いていた三日間は、本当にヴィオラの食事が恋しかったです」
「そういえば聞いたぜ。陛下、ヴィオラがいない間の食事は全く野菜を食わなかったんだって? 食堂の料理人が俺達の実力不足で……って泣いてたぜ」
「ぷっ。なんだいシルヴェスター、まだ野菜嫌い治ってなかったのかい?」
「……ヴィオラの作ったものなら野菜だろうがなんでも食べられる」
相も変わらず陛下達の食事を作っている。
……帰城してからは、ノア王子の分も。
本日の夕食はチキン南蛮定食。
カロリーのことを考え鶏肉を揚げない代わりに、自家製タルタルソースをたっぷりかけてある。
「鶏肉はビタミンB6が豊富で筋力を高めてくれますし、お酢のクエン酸は疲労回復にも効きます。さっぱりしているけど食べ応えもあって、ついつい食べ過ぎちゃうのが難点ですけどね」
分かるわー!とガイさんがご飯と一緒にチキン南蛮を掻き込む。
体力勝負のガイさんには最適なメニューね。
「……ところでノア、おまえ結局帰国するまでヴィオラのメシを食うのが当たり前になったな」
「良いじゃないか。三日間あんなに美味しいご飯を食べさせられたんだ。この味を知ってしまったら、こちらに滞在する間くらい堪能したいと思うのは当然のことだと思うけど?」
けろりと答えるノア王子に、陛下ははあっとため息をついた。
魔物討伐に駆り出されるなど色々あったけれど、この国での仕事を無事に終え、明日の朝帰国することになっている。
「あーあ、明日からはヴィオラのご飯が食べられなくなっちゃうんだよね。ね、友好の証に、ヴィオラを連れて帰っちゃダメかな?」
「「「駄目に決まっている」」でしょう」
ノア王子の冗談に三人は即答した。
当事者の私はといえば、あはは……と苦笑することしかできなかった。
「ちぇ、まぁそーだよね」
冗談だと思っていたのに、ノア王子の残念そうな様子を見ると、半分くらいは本気だったらしい。
「……ね、ヴィオラ。君、ここにいて、幸せ?」
やれやれとみなさんのお皿におかわりのチキン南蛮を配っていると、突然ノア王子がそんなことを尋ねてきた。
その問いにきょとんとしたが、一見軽い表情の奥に真剣さが見えた気がして、ゆっくりと口を開いた。
「……幸せ、ですよ。みなさんにとても良くして頂いていますし」
そっかと短く呟くノア王子の目を見つめて、続けて答える。
「大好きな料理を好きなようにさせて頂いて、みなさんに喜んでもらえて。私の力を認めてもらえて、誰かの助けや励ましになって。それに、ここの人達は私のことを、〝ヴィオラ〟というひとりの人間として接してくれています」
赤ちゃんの時に捨てられて、疎まれながら生きてきて。
ヴァルがいたし、前世の記憶があったからそこまで絶望することはなかったけれど。
それでも私はやっぱり、〝寂しかった〟。
「……そう。捨てた両親を、憎んでいるのかい?」
「いいえ。なにか事情があったのかもしれませんし、一概には言えませんから。でも、今この時の幸せを感じることができるのはそのおかげだと思えば、憎む気持ちはありません」
〝ヴァイオレット・クラッセン〟
あの時、鑑定の水晶で見た、私の本当の名前。
私の髪と瞳の色から名付けられたのであろう、美しい紫色の名前。
そして、細かい刺繡で愛称を縫った上質な布のおくるみ。
探そうと思えば、陛下達に頼んで両親を探すことができるかもしれない。
けれど、それが良い結果となるのかは誰にも分からない。
だから、私はこのままで良い。
素敵な名前をつけてくれた人がいる、その事実だけで。
「私は私、〝ヴィオラ〟です。ちょっと珍しいご飯が作れる料理好きな女の子。それ以外の何者でもありません」
ふわりと微笑めば、ノア王子は目を細めて頷いた。
「……そう。変なこと聞いてごめんね。君が作ったご飯はすごく美味しかったし、今回は本当に助かったよ、ありがとう。いつかまたこちらに来た時には、君の料理、食べさせてくれるかい?」
「いえ、お気になさらず。お料理はもちろん、いくらでも作ります。陛下がお許しになれば」
参ったなとノア王子が笑う。
そうして全員分の食器を下げ、失礼しますとワゴンを押して退室すると、どこからともなくヴァルが現れた。
「おつかれ。あの王子、なにか言ってなかった?」
「え? 今幸せか? みたいなことは聞かれたけど……。そういえば、私が捨て子だったって、誰から聞いたんだろう?」
陛下達からかな?と特に気にせず、ワゴンを押して歩き出す。
「ふーん。……お礼とか、言ってなかった?」
「あ、うん。ご飯美味しかったって、ありがとうって言ってたけど……あれ? 〝助かった〟って、なんだろう?」
思い当たることもなく、私は首を傾げる。
「……襲撃を受けた街で料理する時、〝元気になりますように〟って魔力を込めてたでしょ? なんかの変な病気でも治ったんじゃない? 痔とか」
ヴァルの想像に、ぶっ!と吹き出してしまった。
痔って!
「ま、まぁ、人には言えない悩みって誰にでもあるものよね。なににせよ、治ったのなら良かったわ」
「……ヴィオラって無欲だよねー。一国の王子だよ? 褒美をよこせ!とか言えば良いのに」
聖獣、しかもまだ子どもなのになんという発想をするんだと苦笑いする。
「私は楽しく料理が作れればそれで十分よ。あ、そういえばあの街の人達から、お礼に今度はご馳走するから遊びに来てねってお誘いがあったらしいわよ。復興祝いのお祭りをするんだって。聖獣のみんなも一緒にどうぞって」
「へえ、美味しいもの食べられるなら行こうかな」
「私がこの前教えたレシピの料理を作るって言ってたよ」
楽しみだね!とヴァルとふたり、並んで食堂へと戻るのだった。




